第一章 フラッシュモブ 十話

 気付けば、小春たち四人は駅前の広場まで押し流されていた。十二月の日暮れは早く、空は人工の光で満ち満ちていた。


 しばらく、誰も口を開かなかった。


 恵津子は、柳のような力ない顔をし、真也は居心地の悪そうに、しかし油断なく周囲に目を光らせている。佐和は瞼を伏せていた。


 スクランブル交差点の前で、三人の青年がチェロやバイオリンを弾いている。聞き覚えのあるクラシックで、小春はその名前を思い出せなかった。


 小春の視線に倣って、演奏を眺めていた真也が、何かを口にしようとした。恵津子はきっ、と小春を一睨みし、大きな口を開けて、

「地獄に落ちろ!」

 と、きびすを返して半ば駆け足で、去っていった。


 真也はため息をつき、その後を追おうとして、その途中、小春と佐和を見、もう一度ため息をついた。

「じゃあ……」

 それだけ言い残して、真也は恵津子の後を追っていった。

 後には、小春と佐和の二人が残された。


 小春の全身に緊張が走った。今日一日、いったいどれほどこの状況を待ち望んだろう。

 いったい何から話すべきか、まるでまとまっていなかったけれど、ともかく何か話をしたかった。佐和は顔を上げ、小春の後ろの方を見ていた。

「佐和……」

 しかし、小春の言葉を佐和は遮った。

「ごめん、小春!」

 佐和は勢いよく小春の後ろに向かって駆け出した。思わず、小春は佐和の細い腕を掴もうとした。

「行かなきゃなの!」

 佐和は強引に小春の腕を振りほどき、駆けていった。

 後には、小春ひとりが残された。


 もはや追いかける気概さえ、沸かなかった。

 佐和に、完全に拒絶された。小春はそう思って哀しみに打ちひしがれた。

 

 呆然と佐和の後ろ姿を見送っていると、佐和が駆け寄っていく交差点の木の陰に、どこかで見かけた姿が薄らと立っていた。黒く、つま先まで届くコートに身を包んで、長い黒髪、乱暴な髭……けれど、最早いちいち思い出すだけの余裕はなかった。


 小春はくるっと回って、家路に足を向けた。あの騒動の後で、電車が動いているわけはなし、なにより今の小春には、歩く以外に頭が回らなかった。


 演奏者たちは、いつの間にか十人に増えていた。その演奏に相の手を入れるように、銃声が高く、暗く、明るい空にこだました。

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