闇夜の錦

三鹿ショート

闇夜の錦

 何故、彼女はそこまで必死に生きようとするのだろうか。

 生命活動を終えながらも動き回り、生きている人々を襲う存在の頭部を念入りに破壊する姿を眺めながら、私はそのようなことを考えた。

 相手の動きが完全に停止したことを確認し、大きく息を吐いた彼女に対して、私はその疑問を投げかける。

 私の問いに、彼女は迷う素振りも見せることなく、

「あなたと、少しでも多くの時間を過ごしたいと考えているからです」

 血まみれの角材を片手に笑顔を浮かべているが、それでも彼女は美しいと、私は思った。


***


 鞄に詰め込んでいた食糧が減ってきたことを考えると、そろそろ新たな場所へと移動し、飲食物を入手しなければならないだろう。

 私の言葉に同意すると、彼女は物陰から前方の様子を窺いながら、私よりも先に道を進んでいく。

 彼女に守ってもらっているような状況を情けないと思っているが、彼女の身体能力の方が優れていることを思えば、当然の結果だろう。

 彼女が首肯を返すと、私がその後を急いで追っていくということを繰り返していたところ、不意に彼女が立ち止まった。

 何事かと視線で問うと、彼女は前方の一軒家の二階を指差した。

 見れば、二階の窓から、少女が我々を見つめていた。

 彼女は私に近付くと、周囲に響くことがないように声量を抑えながら、

「あの子を助けるべきではないでしょうか」

 その言葉に、私は大きく息を吐いた。

「何度言えば分かるのか。二人だけでも苦労しているというにも関わらず、荷物と化すような人間を救えば、さらに生きることが困難と化すではないか」

 私がそのように告げると、彼女は口を尖らせた。

「私が、責任を持って守れば良いでしょう」

 それに対して反論するよりも先に、彼女は駆け出していた。

 周囲に目を向けながら一軒家に入っていったが、数分も経過していないうちに、戻ってきた。

 彼女の浮かない表情と、手にしていた角材に新たな血液が付着していたことから、何が起きたのかなど、想像に難くない。

 私は無言で、彼女の肩を叩いた。


***


 眠っている彼女の横顔を眺めながら、彼女との時間をどのように終了させるべきかを考えていた。

 彼女は私と少しでも多くの時間を過ごすことを望んでいるが、私は一刻も早く彼女との時間を終わりにしたかったのだ。

 それは、私が腕に負った怪我が原因である。

 衣服で隠すことができているものの、その痛みは段々と酷くなっていた。

 だが、最近はそれを感ずることがなくなっていた。

 彼女の目が無いところで確認したところ、私の腕は、見たことがないような色に変化していた。

 怪我の部分だけではなく、変色が腕全体に広がっていることを思えば、私が意識を持つことなく彼女を襲うことは、時間の問題だった。

 ゆえに、私は一秒でも早く、彼女から離れるべきなのである。

 彼女は私と二人で生きるために行動しているが、彼女一人だけならば、今よりも行動が楽になり、容易に生きることができるだろう。

 つまり、彼女の願望は、余計な荷物なのである。

 そのために行動を続ける彼女のことを見続けることは、辛いものがあった。

 だからこそ、私は去らなければならなかった。

 私は彼女を起こし、用を足しに行くと告げると、そのまま姿を消すことにした。


***


 私が仲間として近付いているためなのだろう、死してなお動き回る存在たちは、私に目もくれなかった。

 いっそのこと、彼らに襲われ、肉体のあらゆる箇所を噛みちぎられて生命活動を終えた方が、諦めもつくのだが、どうやらそのようにはいかないらしい。

 日に日に空腹を感ずることが無くなる一方で、意識が途切れ途切れと化していた。

 私が仲間に加わる時間も近いと考えていると、背後から声をかけられた。

 振り返ると、彼女が立っていた。

 荒い呼吸を続けている彼女が近付こうとしたために、私は手で制した。

 このまま行動を共にしていては、何時の日か彼女のことを襲ってしまう。

 しかし、彼女は生前の私のことを憶えているために、反撃を躊躇ってしまうことだろう。

 それは、彼女の生命が危うくなるということを意味している。

 私は、そのような事態を避けたかったのだ。

 私の言葉に対して、彼女は口元を緩めながら首を左右に振ると、

「私もまた、同じです」

 示したその腕には、何者かに噛まれたような痕が存在していた。

 それが何を意味しているのか、阿呆でも理解することができる。

 その場で崩れ落ちた私を抱きしめると、彼女は他者を安心させるような声色で、

「たとえ意識を失い、肉体が朽ち果てるまで延々と徘徊を続けることになろうとも、あなたと共に生き続けられるのならば、それで良いのです」

 そのことの、何が愉しいのか、私には全く分からなかった。

 だが、そのような無駄なことにも喜びを見出すような姿に、私は心を奪われていたのである。

 共に行動できるようにと、彼女が手錠を取り出したため、我々はそれを嵌めると、その場に寝転んだ。

 そして、幼少の時分からの思い出を語り合っていく。

 我々は、互いの意識が途絶えるまでその行為を続けようと決めた。

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闇夜の錦 三鹿ショート @mijikashort

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