綾人

「漢気じゃんけん、じゃんけんほい!」

 焼肉屋の前で、四人の声がそろう。四人中三人はパー。一人はグー。鮮やかに負けた。俺が。

「まっじか! 本当に負けた!」

「本当に、だとー!」

「このやろ! このやろ!」

 俺の些細な一言を聞き洩らさず、綾人と大吾が飛びついてくる。俺の頭は二人の手でもみくちゃにされた。

「やめろって! 髪の毛のセットが!」

「どうせ寝癖そのままだろぉ」

 さらにひどくなる手の動きに、笑いまじりに悲鳴を上げた。あっという間に夜になる空に、騒ぐ声が響いていく。

「ほらほら、千春くんに早くおごってもらわんと」

 見えの前で騒ぐ俺らに見かねてか、拓海が年嵩のような口調になって言う。背中を押されつつ、四人で店に入る。

 店に入った途端、肉の焼けるいい音と、香ばしい匂いが耳と鼻をくすぐる。これで腹が鳴らぬのなら、健全な男子高校生とは言えないだろう。

 席に案内され、座ると同時に、我先にとメニューを取る。

「ここは食べ放題っしょ!」

「ありよりのありー!」

 大吾の言葉に賛同の声が上がる。

「だとしたら一番安いコースな」

「ええー、特上カルビ食べたーい」

「勘弁してくれよ」

 綾人がメニューの中の一番いいコースを指している。一人の値段がかろうじて樋口一葉を超えない程度だ。それを一人で払うと考えれば……恐怖しかない。少なくともしばらくはこいつらに付き合って遊べなくなるかもしれない。

「カルビーカルビーカルビが食べたーい」

「じゃあ次、漢気で綾人が負けたらいっちばん高いのみんなで食べようぜ」

 変な歌を歌い始めた綾人に、拓海が言う。いやらしい笑みを浮かべた様を見て、綾人がふるりと体を震わす。

「いや、一番安いコースでいいです」

 従順な子犬のような綾人に拓海は頷く。そして店員を呼ぶベルを鳴らした。

 そんな拓海の顔を、メニューを見るふりをしながら盗み見る。なんだか普段よりふざけていないような、優しいような、そんな気がする。

 けれど、その理由は決して嬉しくないものの予感がして、俺は黙ったままでいた。

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