美晴姉ちゃん
忘れられない記憶がある。でも、一部思い出せない記憶だった。
幼い頃の俺は、美晴姉ちゃんと一緒に歩いていた。宴会から抜け出していたときのことか、ただの散歩だったのか、そこは曖昧だ。
俺は美晴姉ちゃんと手を繋ぎながら、にこにこと笑っていた。
「あのね、ね、みはるねぇはさ、おおきくなったら、なにになりたい?」
そして、幼子らしい問いを口にした。美晴姉ちゃんは目を細め、いつものように笑った。
「うーん、そうだねぇ。なりたい、なりたいってわけじゃなくてさ」
「うん」
「まあ、小さい頃からの夢ではあるんだけど」
「うん」
俺は律儀に頷く。美晴姉ちゃんは危ないと言わんばかりに、開いた手で前を示した。俺は素直に前を向いて歩く。
「三十代で死にたいんだよね」
その後に続いた言葉に、また美晴姉ちゃんの顔を見たのだとは思う。だが、この時の美晴姉ちゃんの顔がどうしても思い出せない。
その頃の俺でも、死というものがなんなのか、わかっていた。病院で母がこの病気で死ぬことはないんですよねって取り乱していたり、夜中に起きてトイレに行くときにあの子が死んじゃわないか心配でって母が父に泣きついていたり。
死ぬ病気ではないけれど、両親には心配をかけていて、普通の子よりは死という概念が身近だった。
美晴姉ちゃんは俺の病気を知っていたかはわからないけれど、幼い子に言うにしては、あまりに酷い夢ではないか。いや、話し相手が幼いからこそ、言えたのかもしれない。
当時の俺には、俺が絶対美晴姉ちゃんを幸せにするから、そんなこと言わないで、なんて言える勇気もなく、黙ってしまったような気がする。
今の俺なら、あの時に、もっと違う選択をできていたかもしれない。そうしたらあの時の美晴姉ちゃんの表情も、今でも覚えていられたかもしれない。
そうであれば、あの日の、あの時の美晴姉ちゃんの表情だって――
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