田村

       + * +




 小さな頃の思い出に浸っているうちに、病院についていた。駐車場に向かうと、一台だけ車が停まっている。

「よく来たな、偉いぞ」

「きも」

 助手席に座ると、田村はすぐに車を発進させた。

 最初は街中を走っていた車も、徐々に山間部に向かっているようだ。カーブの続く坂道を、田村は滑らかに運転する。

 随分長い距離を走っていたが、二人とも無言だった。

 少し開けられた窓から入ってくる風を、目を閉じて享受する。

 どこかで鳥が鳴いた。この前、授業中に聞いた声と似ていた。鳥になんて興味はないから、似てるだけで全然違う種類かもしれない。

 美晴姉ちゃんだったら、この前の鳥はトカイ鳥で、今日のはヤマノナカ鳥なり! なんて言うかもしれない。それで俺が『そのまますぎる』などと突っ込むと、小さい頃の可愛げはどこへやらと嘆くのだ。

 へその少し上を無意識に撫でながら、口角が上がっていく。

「よし、そろそろ目的地だぞ」

 田村が運転開始から初めて喋った。センターラインすらない道の途中で右ウィンカーを出し、対面の軽トラックが通り過ぎるのを待ってから、右折する。すれ違うのも大変なくらいの狭い坂道を、田村の車は登って行った。右手にはフェンスが張り巡らされ、太陽に照り映える墓石が見えた。

「霊園?」

「そそ」

 田村は駐車場に車を停める。運転席から降りて、後部座席に置いてあったらしい花束と、色々入っていそうなビニール袋を取り出した。

「持っといて」

「あ、うん」

 さも当然のように花束を渡され、反射で受け取る。そのまま田村のあとに続く。田村は霊園共用の手桶と柄杓を取り、ほうきを顎でしゃくった。

「千春はそれ持ってって。片手空いてんだろ」

「……わかった」

 わざわざ荷物持ちに、かつての患者を選んだのだろうか、この小児科医は。

 普段だったら少しは悪態をついているかもしれないが、場所が場所なので大人しく従った。田村の表情が普段より硬かったのもある。

 田村は掃除用具置きから右手に曲がり、墓の間を抜けていく。迷いない足取りの男に、少し駆け足でついていく。

 田村は奥の方まで行って、やっと足を止めた。手桶を地面に置き、俺に手を差し出す。俺はほうきを渡す。

 墓石には田村家と書かれていた。ご両親だろうか。

 なんとなく聞けなくて、手馴れた様子で掃除をする田村を、黙って見ていた。少しは手伝ったらどうだ、と言いそうなものだが、今日の田村は黙っていた。だから俺も黙っていた。

 砂利の隙間から生えた雑草を引き抜き、墓石に積もった落ち葉と共に、持ち込んだ袋に詰める。借りてきた柄杓で墓に水をかけ、スポンジで擦る。

 墓を見る田村の表情は硬いけれど、瞳は凪いでいて、どこか優しそうで、見ていられなくなった。視線をずらして、黒い墓石を見る。俺の顔がぼんやり映っていて、田村家の文字で分断されていた。

「俺の奥さんの墓」

 掃除を終えた田村が、そう言った。差し出された手に、今度は花束を渡す。花を供えてから、俺の持つビニール袋に手を入れ、線香を取り出した。

 俺の口からは何の言葉も出てこなかった。

 田村の様子からして、亡くなってから結構経っているようだし、そもそも慰めてほしいのではない気がした。

「命日以外にも、こうやって時々来るんだよね。気持ちの切り替えとか、会いたかったとか、まあ、理由は色々」

 田村は線香を香炉に入れた。隙間から煙が細くたなびいていく。俺はその行く先を視線で辿った。

 田村の表情の訳とか、田村の傍が気楽な理由とか、なんとなく察する。

「俺も」

 短い言葉に田村は頷いて、線香を差し出してくれた。


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