親戚の爺さん
+ * +
「千春、あれが日本酒一升瓶座だよ」
「え? どれ?」
「ほら、あのひときわ輝いている星! そこから、あれとあれとあれをー」
「えー」
美晴姉ちゃんが指さす夜空の星々を、幼い頃の俺は夢中で追っていた。
いとこという関係性ではあったけれど、そんな頻繁に会っていたわけではない。住んでいる県も離れており、年齢も十個以上違った。俺が小学生になるかならないかって時に、もう大学生だった美晴姉ちゃんは随分大人に見えていた。しかも、悪い大人だ。
「千春はおバカちゃんだからわっかんないか」
「おばかじゃないよう!」
怒った俺は、美晴姉ちゃんを小さな拳で叩く。ひょいひょいと避けられて、俺はむきになって、しゃにむに腕を振る。
「あ!」
急に声を上げた美晴姉ちゃん。一瞬拳が本当に当たってしまったのかと心配したが、視界が動いてそうではなかったと知る。気づけば俺は美晴姉ちゃんの平たい胸の中にいた。
美晴姉ちゃんは俺を抱えたまま、草むらに突っ伏す。
「美晴! どこでぇ! 話につきあえぇ!」
若干呂律の回っていない声が、ほど近い場所から聞こえた。親戚のおじさんの声だった。
正月に親戚一同が集まって、飲み食い騒ぎ、孫やら姪やらにちょっかいを出す。田舎らしいイベントが、俺の家はまだ残っていた。
美晴姉ちゃんは息を殺して、微動だにしない。その雰囲気に気圧されて、俺の息も自然と止まっていた。
乱暴な足取りがあたりを動き回るが、程なくして諦めたのか離れていった。
「ふぅ、セーフ」
美晴姉ちゃんは息を吐き、俺を抱えたまま体を起こした。
「あんなおっさんの話に付き合うとかありえんよね」
俺の頭を胸元から離し、葉でもついていたのか、頭を軽く撫でてくる。
「ありえんねぇ」
美晴姉ちゃんの言葉に合わせて返事をすると、暗闇の中で、姉ちゃんは目を細めたような気がした。
「千春といるのが一番よ」
そんな何でもないセリフに、幼い俺の心はきっと高鳴っていた。
美晴姉ちゃんが毎度毎度俺を連れて逃げたのは、その方が何かと言い訳ができるとか、一人よりは多少ましだとか、そんな小さな理由だと思う。幼ければ誰でもよかった。
でも、毎年毎年、そうやって宴会から抜け出して過ごすうちに、少しは特別ないとこになれたと、今でも信じていたりする。
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