3-5 アルマンの願い

 鉄扉を入ってすぐの扉を開ければ、そこは小部屋だった。

 白を中心とした小さな空間。窓はなく簡素なベッドが一つだけ。それ以外は何もないただ寝るだけの部屋。


 デュラハンが佇む傍ら、ベッドに寝ていたアルマンを見とめてプラチナは慌てて駆け出した。


「アルマン!」

「……おかえりなさい、プラチナ様。間に合って良かった」

 

 目を開けてホッとしたように微笑むその顔は、記憶にある頑健な姿とはまるで違った。

 頬は痩せこけ目はくぼみ、身体も痩せ衰えている。瞳の光はほんの僅かで濁っていた。

 誰がどう見ても死期が近いのは分かる。本当にアルマンは死んでしまうのだ。


「そして、ありがとうございます。怪我もなく無事に連れ戻してくださって」


 アルマンは部屋に入った太陽の騎士団二人に顔だけを向けて礼を述べた。

 その声は耳を傾けないと聞こえないくらい小さく遅い。息切れをしている。声を出すだけで苦しいのだ。


 エネルが近寄って言った。


「それは別にいいけど、信用確認のためにデュラハンをぶつけてくるのはやり過ぎだと思うんだよね」

「ははは……申し訳ありません。やはり裏方に長年所属していれば疑い深くなってしまうのです」


 スターもエネルの隣に立った。アルマンの濁った両目を見とめて口を開いた。


「喋れる内に用件を済ませた方がいい。太陽の騎士団がプラチナを保護する。それで問題は……」

「ありません。私はもう、プラチナ様のお側にいられない」


 その言葉を聞いて胸がズキンと痛んだ。

 アルマンはプラチナに目を向けて、安心させるように優しく微笑んだ。


「プラチナ様。一応お聞きします。このお二方は信頼できますか?」

「うん……」


 呪文教の教主から助けてもらってコミタバから守ってもらってイビスまで送り届けてくれた。信頼できない理由はない。


「保護にあたって、プラチナ様の身の上を話さなければなりません。よろしいでしょうか……?」


 それは、自分がゾルダンディーの王女で、王である父に幽閉されていた話を伝えるという事だ。

 話して問題はない。むしろ今は、アルマンの死を受け入れられずに困惑してる自分をどうにかしたかった。


 ついさっき死期が近いと聞かされて、でもそれは嘘をついてないと確信できて、今実際に変わり果てたアルマンを目にしている。

 唐突に知った祖父の死に対して、驚きと困惑ばかりの感情が先行していた。落ち着いて飲み込む時間が欲しかった。だから頷いた。


「大丈夫……」

「それでは、お聞きください……」


 プラチナの了承を得て、途切れ途切れアルマンは語り出した。


 自分がゾルダンディーの王、レスティア・アリエールの娘である事。その王である父に幽閉されていた事。王の命令でイビスまで連れ出した事。

 一度アルマンは気を失ったが、少し経って目を覚ましてまた続けた。意識が途切れる事がよくあるらしい。


 プラチナはさらに困惑した。自分を連れ出したのはアルマンの意志ではなく、父の命令だった。

 何故父は幽閉していたのに、急に国外に遠ざけるように決めたのか、疑問は深まるばかりだった。


 聞き終えてエネルが腕を組んで言った。


「箱入り娘じゃなくて幽閉娘だったのか」

「……そうなります。イビスに到着後、王からの次の命令を待っていたのですが、一向に追加はありませんでした」

「ゾルダンディーに出向いて、レスティア王にどうするか聞いたりは考えなかったの?」

「無論考えました。しかし三年ほど前から身体の調子が悪くなる一方で、遠出するのは困難でしたから……」


 当時は戦争の戦火で各地に争いが起こっていた。田舎イビスまでそれは拡大するかもしれない。そう思うとプラチナを残して遠いゾルダンディーには出向くのは躊躇したとの事だった。


 またズキンと胸が痛んだ。

 自分は何も知らないで無神経に暮らしていたのだ。驚愕と困惑に罪悪感が追加される。

 しかし悲しい感情もあるのに涙は出ない。母の時と同じで大好きな家族がまた死ぬ。悲しみで涙が出るものじゃないのか。


 アルマンが続けた。


「プラチナ様もレスティア王を嫌悪してましたし、どうしたものかと考えていた所……太陽の騎士団の存在を知りました」


 太陽の騎士団はハゲが治る洞窟で戦争からの復興を成し遂げた組織。

 その後も洞窟を復興のシンボルとして平和の輪を広げていって、安寧をもたらした。

 世界が平和になったのは太陽の騎士団のおかげと言ってもいいくらいだった。


「しかし裏方に身を置いていた私からすれば、大切なプラチナ様を知らない組織に託すのは即決できませんでした。ですが王からの指令も来ない。身体が持つギリギリまで待っていましが、やはり太陽の騎士団に頼ろうと決断しました。しかしその翌日に……」

「私がタミヤの街に出掛けた……」

「その通りです。ははは……流石にあの時は本当に焦りましたよ」


 その後に何とか発現した分身とデュラハンを駆使してスターとエネルを何とか探し出した、とアルマンはそう言って笑った。

 そして真剣な顔になりプラチナに語りかけた。


「プラチナ様。私が死ぬ前にしっかりと伝えなければならない事柄があります。レスティア王と私の事です」

「お父さんとアルマンの……?」


 アルマンは辛くて苦しいはずなのに、ほんの少し首を縦に動かして頷いた。


「私は長年、裏方として国に尽くしてきました。レスティア王から直々に命令を受け遂行し……彼の人となりをよく知っています。だから分かるのです。王はプラチナ様を疎んで幽閉したのではない。何かしらの事情があったのです。その後の国外に連れ出せという命令も同様に」

「事情……」

「そして私は幸せでした。王からの命令だとしても、裏方を引退し、ただ余生を過ごすだけの人生に……孫ができたような感覚でしたから。家族なんてものはとうの昔に諦めていましたし」


 本当に楽しい時間だった、と口にして乱れた呼吸を整えてアルマンは言った。


「あなたは優しい子だ。イビスに来て、もっと色んな所に行きたいのを我慢して私の側にいてくれた。……これから、多くの困難が待ち受ける……かと思い、ますが、私は、プラチナ様の……幸せを願って、おりま……す」


 そう言ってアルマンは寿命尽きたように目を閉じた。プラチナは思わず大声で呼びかけた。


「アルマン!」

「……いえ、まだ去りませんよ。生きています」


 数秒、間を置いてアルマンは目を閉じたまま悪戯っぽく微笑んだ。

 プラチナは気が抜けて膝を折ってしゃがみ込んでしまった。大きく息を吐く。

 成り行きを見守っていたスターが口を挟んだ。


「死後の遺体についてだが……」

「勿論、火葬でお願いします。すぐに骨にしてください。手筈はデュラハンがすでに整えておりますので」

「えっ?」


 反応したプラチナにエネルが説明した。


「モノリスっていうのをコミタバが所持してるの。死んだ人間の肉体をモノリスの兵隊にして使役する。倫理観無視のオーバーパーツ」

「そ、そんなのがあるなんて……」


 同一体発現の呪文と同様に倫理観を無視している。エネルの言う通り、コミタバは社会のゴミだとプラチナは改めて認識した。


 エネルがアルマンに質問した。


「ちなみにこの家は何なの? 答えられるなら答えて欲しいんだけれど」

「あなたと同じオーバーパーツですよ。どうやらこの家には意志が備わっていて、変な機能が多々あるみたいなのです。そして私とデュラハンは好かれている。試しに私を罵倒してみれば分かります」

「え、じゃあこのアホタレ。……ごおっ!?」


 不意にエネルの無防備な頭に小さな金属製のタライが落とされた。その衝撃を受けエネルは床に背中を丸めている。


 プラチナはさっきまでのシリアスさが、何処かにいったような感じがした。


 デュラハンは赤黒い長剣をスターに返してもらうよう両手を伸ばしてお辞儀をしたが、その仕草を警戒したスターが拒んだ。デュラハンは床に四つん這いになって落ち込んでいる。

 その近くでエネルが「のおおおあおお!!!」とうめき声を出して頭を抑えて転がっている。何だか白い部屋の中が騒がしくなってきた。


 アルマンがプラチナに言った。


「プラチナ様。別れを惜しむ必要はありません。むしろ賑やかで明るい別れの方がいいと思うのです」

「アルマン……」

「それに、私は安心して逝く事ができる。あなたが信頼できる人たちと一緒なのだから。……改めてプラチナ様の幸せを願っていますよ」

「……うん、わかった」


 視線を、いつの間にか取り出した竹馬に乗り始めたデュラハンから戻してプラチナは頷いた。


 アルマンはもう死ぬ。でも悲しみは望んでいない。

 父レスティアの事情は気にはなるが、今は明るく賑やかに見送ろうと思った。

 それが私の幸せを願っている、従者だが祖父のように慕っている大切な家族の望みなのだから。



○○○



 結論から言ってそれは無理だった。次第に悲しみが驚愕や困惑より上回ってきて、目から涙が溢れ出してきた。

 楽しく見送ろうと会話すればするほど、一緒に過ごした思い出が頭に浮かび出して離れなくなる。


 それでもプラチナは話続けた。アルマンと過ごした日々。タミヤの街まで遠出した時の見聞きした風景に食べた食べ物。呪文教とコミタバの出来事。スターとエネル。

 意識を失う時もあったがアルマンは優しい微笑んで聞いてくれた。


 そして気付いたら、アルマンは安心した顔で眠るように死んでいた。エネルは老衰だよ、と言った。


 プラチナはもう涙を流さなかった。悲しくて惜しむ気持ちがあるが泣く事はしなかった。

 アルマンは二、三日中の死期だというのに、一週間以上も苦しい思いをして身体を持たせ、私を待ってくれていたのだ。

 だから我慢した。


 デュラハンの手筈で、少し遠い家の外でアルマンは火葬された。もう日は跨ぎ朝方だった。


 火葬は滞りなく終了した。

 アルマンの骨が収納された壺を見ると、プラチナは切なさで胸が張り詰める思いをした。

 アルマンがあんなに小さくなってしまった。

 でも再度我慢した。アルマンは自分が悲しむ姿なんて望んでない。


 帰り道。壺を両手で大事に持つデュラハンにエネルが尋ねた。


「ところでデュラハンはどうするの? プラチナと一緒にハゲが治る洞窟がある街に来るの?」


 デュラハンは壺を左手に持ち替えて、右手を横に振った。拒否の仕草だ。


 オーバーパーツ、意思がある家に辿り着いた。デュラハンが一足先に家の中に入る。

 すると木造二階建て住宅の左端と右端の壁から真っ白な、横に長い大きな翼が生え出した。


「「「えっ?」」」


 三人が呆気に取られている間にも、意思がある家は大きな翼二枚を羽ばたかせ、風を巻き起こし空高く飛び上がっていく。

 そして黒い点が空にあるように思うや、東の方角に意思がある家は飛んでいった。もう見えなくなった。


「「「…………」」」


 三人は首を伸ばして空を見上げていた。やがてプラチナが言った。


「数年間住んでた家なのに翼が生えるのは知らなかった……」


 エネルが言った。


「わらわもそれなりにオーバーパーツ知っているけど、あれは初めて見たよ……」


 スターが少し首を傾げて考えた後、口を開いた。


「プラチナ」

「はい?」

「今、家が飛んでいったけど……」

「そうですね」

「あの家にはプラチナの部屋があって、私物があって、プラチナの旅行鞄も置いてあって……」

「……あっ!?」


 プラチナも気付いた。今の自分は着の身着のままの状態だ。無一文である。

 エネルとスターを見る。しっかりと自分の鞄を持っていた。


 エネルがプラチナを見て言った。


「住所不定無職・アリエールさん……」

「がっ!?」


 住所不定無職の元王女、プラチナ・アリエールが誕生した瞬間だった。


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