4-1 ドバードの秘密都市に向かう前の話

 海沿いの線路を蒸気機関車が白い煙を吐きながら西に走行していた。

 太陽の光は強く、海一面にキラキラと反射している。

 海岸から離れた地点で、海の水が盛り上がったと思ったら、何やら大きくて幅がある魚が水飛沫を上げジャンプした。


 それを列車の高級コンパートメントの窓から目撃したプラチナは、目を丸くして驚いた。

 遠くからでもかなりの巨体を誇るのに、近くで見た場合どれほどの大きさなのか。

 もうその巨大魚は海の中に潜り込んでいた。


「水陸両用メガロドンじゃん。こんな近くで珍しい」

「水陸両用メガロドン?」


 同じく窓の景色を眺めていたエネルの声にプラチナは復唱した。


「あれも召喚生物だよ。デュラハンやコモドドラゴン原種と同じ、人間が呪文を唱えて発現した生物」

「あれも……そうなんだ」


 まだまだ知らない事が沢山あるな、と思うプラチナであった。


 あの後、意思がある家が空へと飛び立ってエネルがツッコミを入れた後、急いで駅に向かって汽車に乗った。

 日に数本しか運行がない田舎の駅だったが、タイミングよく乗車し一日かけて目的地に向かう。

 スターとエネル曰く、ハゲが治る洞窟がある街に行く前に寄り道をするとの事だった。


 港町レッサブレッグ。海に面したドバードの海洋都市。

 しかしドバードという国自体は五年前の戦争で滅んでしまったので、元ドバードの都市になる。

 そこが二人が寄り道をする場所で、アルマンに依頼される前は、そこを拠点にして調べ物をしていたらしい。


 ずっと幽閉された後、田舎のイビスにいたプラチナにとって、海を見るのは初めての体験である。汽車が海沿いを走るようになってからは、エネルの講義を一時中断して外の景色を眺めてばかりでいた。


 スターは目を閉じて静かに座って寝息を立てている。その隣に同じく座っているエネルが言った。


「プラチナ、そろそろいい? おさらいするけど」

「あ、うん。お願い」


 窓際から離れて、向かいのエネルを見た。エネルはスケッチブックを持っていた。


「それじゃあ、プラチナに問題です。呪文という超常現象を起こす不思議な言葉。今の科学じゃ解明は不可能だけど、便宜上五つに分類されています。それを答えてください」

「召喚呪文、条件呪文、アノマリーの呪文、共唱(きょうしょう)呪文、それ以外は普通に唱えて発現する呪文」

「はい、正解です!」


 エネルは真っ白なスケッチブックに大きな花丸を描いて掲げた。学校に行ってなかったプラチナにとって、授業を受けているみたいで楽しかった。


 エネルが続けた。


「アノマリーの呪文以外は改めて説明しないけど……いいよね?」

「生物を発現する呪文、一定の条件を達成して発現する呪文、二人以上で一緒に唱えたら発現する呪文」

「大丈夫そうだね」

「でも条件呪文と共唱呪文は同じだと思うよ」

「まあ、それはあくまで便宜上の分類だから……」


 そう言ってエネルは目を細めて、コンパートメントの外を気配を伺った。次のアノマリー呪文の話は他人には聞かれたくない事柄だからだ。


「それじゃ、アノマリーの呪文を説明してみて」


 エネルは小声で質問した。プラチナも頷いて小声で返した。


「数ある呪文の中でも特に強力な呪文の分類。そして"アノマリー"って文言が必ず付いてる呪文。アノマリー・○○とか」

「そうそう、その認識でいいよ。もうこの呪文だけでいいんじゃないのって、思うくらい強力なのがアノマリーの呪文。だからこそ……」

「アノマリーの呪文という情報を無闇に口にしてはいけない」

「そうそう、そういう事」


 エネルはうんうん、と声を落として頷いた。


 今なら分かる。呪文教の教主がヤバイ呪文使いだったのだと。

 自分がアノマリーの呪文を発現できる事を発覚させないために、教主カーネは人気の無い地下に誘導し待ち構えていたのだ。

 人の頭を覗いて、何を考えているか分かる呪文だなんて反則級なのだから。


 呪文は才能さえあれば誰にでも発現できる不思議な言葉。仮にコミタバとかの、悪事を働く組織や人間にアノマリーの呪文が知れたら大変だ。発現できた場合、その悪事がもっと酷くなる。


 さらに死者君見てる〜、のように大切な誰かを人質にとって情報を引き出す人間もいるとエネルは言っていた。

 だから自分が使える呪文や、知ってる呪文の管理は厳重にしなくてはならない。知らない第三者とか初対面の人間に教えるとか、信用できない人間から聞き出されないように注意するのだ。


「そもそもの話、社会のクソゴミはコミタバだけじゃないんだよ」


 エネルはため息混じりに言った。


「コミタバの他に、ペロイセンとかケンセイとか、ニール・リオニコフとかいるからさ、頭に入れといてね」

「エネルちゃん。それはコミタバと同等の……?」

「同等の社会のクソゴミだよ。もしその名前を耳にしたら即回れ右して逃げた方がいいくらいにね」

「……うん、わかった」


 もう一度、プラチナは自分が知らない事は沢山あるなと思った。


 アルマンの死後、手持ちがない着の身着のまま状態になって狼狽したが、スターとエネルが旅行鞄など必要な物を買い揃えてくれたおかげで大事には至らなかった。


 そして汽車の中や宿で冷静になって考えた。アルマンの願い、自分が幸せになるにはどうしたらいいのかを。

 しかし考え付かなかった。

 父に幽閉されていたし、アルマンの死はあまりにも唐突だった。幸せの意味は知っているが、自分の幸せというのが頭に思い浮かばない。


 だがアルマンの願いは絶対に叶えてやりたかった。

 考えた結果、その一歩として知らない事を知ろうとした。


 自分はあまりにも知らない事が多すぎる。呪文にしてもコミタバにしても、アルマンが分身に変身呪文を発現させて頑健な姿で接していた事も、この世界に関しても、本や新聞で読んで得た知識以上の事は何も知らない。


 これから色んな事を知って自分なりに解釈して、自身の幸せとは何なのか考えていきたい。プラチナはそう思い至った。


 スターとエネルにその話を打ち明けたら、快く協力すると承諾してくれた。

 プラチナは本当に嬉しかった。しかし同時に貰ってばかりで恩を返せていないと感じた。呪文教の時もコミタバやアルマンの時も。

 いつの日か、この二人の力になりたい。役に立ちたい。足手まといにはなりたくない。そのための呪文の講義でもあった。


 少し経って汽車がガタンと揺れた。その衝撃でスターは目を覚ました。エネルが外の景色を見て言った。


「もうそろ到着すると思うよ、スター」

「ああ。了解した」


 そう言って掛けていた汽車の毛布を畳んでスターは水筒の水を飲んだ。


 プラチナも窓から流れる海洋都市レッサブレッグの街並みを眺めた。

 タミヤの街やドミスボのような、煉瓦やコンクリートではなく、白亜の壁を中心とした建物が数多く点在している。

 海沿いの街のため当然海が近く、青々とした海面と白の建物が、太陽の光を受けてキラキラと美しい景観を作り出していた。


 段々と汽車が徐行して窓の眺めがゆっくりと流れていく。三人は下車の準備を始めた。

 ふと、プラチナは気になった事を口にした。


「そう言えば調べ物って一体……?」


 そもそも海沿いの都市で何を調べてだのだろう。船に乗って海にでも出るのだろうか。

 プラチナの何気ない質問にエネルが答えた。


「秘密都市だよ。……いや閉鎖都市?」

「エネル、どっちでもいいと思う」

「じゃあ秘密都市で。到着する街の近くにドバードが放棄した無人の秘密都市を見つけてね。そこを調べに行くの」

「秘密都市……?」


 知らない言葉にプラチナは首を傾げた。


「簡単に説明すると……地図にも掲載されない存在自体が秘匿され建設された秘密の軍事都市、かな」

「軍事都市、なんだ……」


 何だかコミタバと同様、倫理観が無視されてる予感がして、プラチナは思わず息を呑んだ。


 おそらくだが、五年前の戦争以前から建設された都市だという。

 住人は軍の人間やその家族で構成され、秘匿された場所で兵器の開発や研究、呪文使いの育成に力を入れる。


 太陽の騎士団は戦争からの復興を成し遂げ平和を継続させる組織だ。その活動の一環として、戦後の不要な武器や兵器の破棄を目的としている。

 スターとエネルは、その都市の場所を約二週間前に発見したとの事だった。


 エネルが続けた。


「でも都市だからね。流石に全体を調べ切るのはわらわとスターだけじゃ効率が悪い。だから秘密都市のさわりの部分、何処にどんな建物があるかだけの地図を作成して後日、太陽の騎士団で詳しく調査するって形にしようとしたら……」

「アルマンが依頼してきた……?」

「その通り。翌日やる予定だったけれどプラチナの連れ戻しを優先しました」


 エネルの言葉に、横に座るスターも頷いた。

 プラチナは呪文教で助けてくれたのは、割とギリギリのタイミングだったのか、と今更ヒヤッとした。

 仮に二人が秘密都市の調査を優先していたら教主カーネに殺されていたのだ。


「まあ、今日一日で都市の大体の地図を作って、それからハゲが治る洞窟がある街に向かう予定だから。そんな感じでよろしく」

「うん、わかった」


 汽車は既に低速で走行していた。下車の準備を終えたので三人はコンパートメントから通路に出た。

 すると何だか隣の車両からの喧騒が激しいような気がする。押し合いへし合いの声が前と後ろの一般車両から聞こえて来る。


 スターが疑問を口にした。


「何か騒がしいような……」

「わらわもそう思います」


 そして汽車は海洋都市レッサブレッグの駅に停車した。三人の車両は高級車両で乗客は少なくゆっくりとプラットホームに降りられた。

 しかし前後の車両から多くの乗客が、ドアが開くや勢いよく下車してきた。そのまま走って改札に向かい駅を出て行く。

 三人は目を丸くしてその様子を眺めていた。


 ふと、駅員と乗客の話し声が聞こえてきた。それは次のような会話だった。


「何だね、何故彼らはあんなにも急いでたんだね?」

「あー、なんか昨日から街の近くで無人の都市が発見されたそうですよ」

「無人の都市が……? それを見つけたからってどうして?」

「何かお宝とか金目の物がないか探しているらしいです」

「いやそれ泥棒でしょ」


 その会話を聞いてスターとエネルは顔を歪めた。


「マジか。このタイミングで秘密都市が周知されてんのかい。スター」

「昨日か……都市の武器や兵器、機密文書を奪われて悪用されるわけにはいかない。行こうエネル、プラチナ」

「あ、はいっ!」


 どうやら太陽の騎士団にとって予想外の出来事が起こったようだ。

 三人は駆け足で改札を抜けて駅の外に出た。


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