3-4 デュラハンとの戦闘

 家に入って早速、引き返す理由ができてしまったかもしれない。さっきまで存在してなかったのに、両開きの鉄扉が居間に現れ出ていた。


 何の装飾もされていない取手と鍵穴が付いただけの無骨な作り。しかし重厚そうで、他者を寄せ付けない威圧感を醸し出している。


 居間の空気も何だか変だった。三人とデュラハン以外誰もいないのに見られているような感覚がする。

 ソファに冷蔵庫、テーブルに椅子などの家具。暖炉や照明、壁や天井。それらに目でも付いているかのように視線が注がれる。


 ゾルダンディーから国外に出て、四年間暮らしていた家なのに、不気味な知らない気配にプラチナは背筋が凍る心持ちになった。


 デュラハンは首元の空いてる穴から胴体の鎧に手を突っ込むと、鍵を取り出してそれで鉄扉を開けた。扉の先は石でできた地下へと続く階段。

 デュラハンはまた、振り向いて右手で手招きすると階段を降りていった。


 エネルがプラチナを見た。


「確認だけどあのデュラハン、アルマンの部屋にあったんだよね?」

「飾ってあったよ。アルマンはたまに磨いて綺麗にしてた」

「そっか。相棒って言ってたんだっけ」

「うん……その時は意味が分からなかったけれど」


 エネルは今後は注意を払っているスターに聞いた。


「スターはどう思う。戦闘目線的に」

「……あの後ろ姿に隙は全くない。そしてあの赤黒さは、おそらく返り血で染まったものだ。鎧の傷から考えても戦闘経験は豊富なはずだ」


 鉄扉奥の階段から漏れる、カンテラの灯りに動きはない。多分階段の途中でデュラハンは立ち止まって入って来るのを待っている。


 エネルがこめかみに指をやって嘆息した。


「アルマンは裏方。あのデュラハンは今まで共に活動して来たアルマンの相棒と考えて、家の中は不気味だけど進行続行って事でいい?」

「ああ」

「う、うん」


 スターとプラチナは同意した。


 三人固まって鉄扉から階段を降りていく。螺旋階段だったため、右斜めにぐるぐると階段が伸びていた。

 石でできた壁に等間隔に燭台が備え付けられており、進むごとに真横の小さな蝋燭に火が灯り、逆に階段を上り戻ると火が消える。

 流石にこれには三人全員どうなっているか分からず仕舞いだった。


 ゆっくりと降りていって、やがて木の扉が見えてきた。既にデュラハンが通過しているため扉は半開きだ。

 螺旋階段四段目の上からでは中の様子は確認できない。盾手裏剣を構えたスターを先頭に、慎重に足を踏み入れた。


「これは……」


 何やら少し広い空間に出た。正方形の、物が何も存在しない空間だ。

 床も壁もコンクリートで固められくすんでいた。天井は少し高く、無数の白亜の四角が整然と並べられて、そこから発する白い光で空間全体を明るく照らしている。

 

 デュラハンは空間の真ん中奥に佇んでいた。いつの間にか両手に持った赤黒い長剣の切っ先を、まるで時計の針のように真上に向けて微動だにしない。

 しかしスターたち三人に向けられた闘気は重苦しく鋭かった。先程の手招きしていた時の敵意がない雰囲気はとうに消え去っている。

 プラチナはデイパーマーの時に感じたようなビリビリとした張り詰めた空気に思わずエネルの手を握った。


 即応できるよう慎重にデュラハンに注意を向けながら、スターは盾手裏剣を多数発現してプラチナの陣地を構築する。

 その背中にエネルが伝えた。


「スター、昔わらわが会った個体は徒手空拳タイプだった。そしてくそ強かった。あのデュラハンは剣みたいだけど一応警戒して」

「ああ。了解した」

「スター、その……」


 プラチナは声を掛けて、言い淀んでしまった。

 アルマンに会いたい気持ちは勿論あるが、もしスターがデュラハンに殺されてしまったらと頭に浮かぶ。


 よくよく考えなくても、アルマンの問題は太陽の騎士団は無関係だ。それでも助けてくれる二人には感謝しているが、申し訳ない気持ちになる。

 そして無力な自分が嫌になっていた。今もドミスボでもスターとエネルの負担となっている。足手まとい。もっと……。


「力があれば……」


 戦闘が始まる前にスターに呼びかけて、言い淀んでから力があればとプラチナは口にした。それは緊迫した場面で文脈がない頓珍漢な発言だった。


 数秒間沈黙が流れた。

 三人どころかデュラハンまでも構えを解いて、何言ってんだコイツでもいうように長剣を脇に挟んで腕を組んでいた。

 首を傾げ呆れているようにも見える。首はないが。


 エネルがプラチナにツッコミを入れた。


「大丈夫、プラチナ? 新手の呪文攻撃でもくらった?」


 エネルは割と本気で心配した顔をしていた。プラチナはあたふたと慌てて訂正した。


「いや、その……いつの間にか心の声が無意識に出ちゃって」

「プラチナ」


 スターは首だけ振り返って落ち着かせるように言った。


「ここは任せてく……」


 直後に戦闘は開始された。スターが言い終わる前に全速力で肉薄してきたデュラハンの剣が叩き込まれる。

 しかしスターも予期していたのか、すぐさま反応して盾手裏剣で上からの剣閃を防いだ。


 空間内に鈍い金属音が幾多にも響き渡る。エネルとプラチナは急いで盾手裏剣の後ろに回った。


 デュラハンの剣技は苛烈で重かった。一撃一撃に必殺の念を込めて放たれる。その猛攻にスターは守勢に回らざるを得なかった。もう盾手裏剣は二つ割られていた。


(そこだ!)


 凌ぎ合いの最中、ほんの僅かな隙を狙い爆裂剣を発現してスターは袈裟がけに斬り掛かった。デュラハンは防御の姿勢でそれをガードする。

 剣と剣のインパクト。衝撃音が響き始めた瞬間にスターは剣を手放しその場を離脱した。同時に爆発。デュラハンは熱波と破裂した剣の破片に巻き込まれた。


「やったか!?」


 と後方でエネルが声を上げた。

 爆煙が晴れてデュラハンの状態が露わになる。しっかりとマントの裾を持って爆裂剣の爆発を防御していた。

 紫色のマントに焦げ目が付いていたが、まだまだ継続使用可能そうだ。


(隙がなければ油断もない。マントも硬く防御に使う。ポイントは同じ剣で闘い、デイパーマーと違い俺の呪文を知っているかどうか……)


 スターが戦略を組み立てている間に、デュラハンは長剣を両手持って、切っ先を再度真上に向けて停止した。この空間に足を踏み入れた時に見た同じ構えだ。


 そして剣を時計の長針のようにゆっくりと下に回していき、コンクリートの床に剣を落とした。ガシャンとした音が響く。


「何を……?」


 突拍子な行動にスターは目を細めた。デュラハンは続けてスターに向けてお辞儀をした。

 腰を九十度に曲げて、両手両足をしっかりと閉じて、首元の鎧胴体への空洞が見えるように。


「……」


 少しの間スターにお辞儀していたデュラハンは、すすすと今度はエネルとプラチナの方へ姿勢そのままで身体を動かした。

 その行動でスターは全身に悪寒が走った。全力で地面を蹴り間に割り込む。

 デュラハンの胴体空洞の暗闇がキラリと光ったと思うや、無数の超小型ナイフが射出され、一斉に二人に向かっていく。

 それをスターが両手の盾手裏剣で間一髪凌ぐ。


「っ、無理か!」


 しかし二つの盾手裏剣は小型ナイフの攻撃で割られてしまった。瞬く間に姿勢を戻したデュラハンがスターに接近し長剣を振るう。


 切り裂くのが目的ではなく、あくまで体勢を崩させる斬撃。意図的に隙を作り出されたスターは、足を払われて無防備な状態で地面に寝転ばされてしまった。


「ぐっ!?」


 真上からデュラハンが突き刺そうと長剣を振り上げた。切っ先が天井の光を反射する。

 しかしエネルがお返しとばかりに身体全体を駆使した盾手裏剣の投擲でそれを防ぐ。直撃したデュラハンは盾手裏剣と一緒に吹っ飛ばされていった。


「今しかない……っ」


 状況を好機と見てスターは即座に跳ね起き、剣を発現してデュラハンとの距離を詰めた。狙いは向かって右側付近。


 デュラハンは体勢を直す過程で盾手裏剣を左手で拾い防御に回そうとした。しかしそれは突如として消滅した。

 その盾手裏剣はスターが発現した呪文のため、任意のタイミングで発現を止める事ができたのだ。


 突然の消滅にたまらずデュラハンは長剣を防御に回す。その隙を逃さずスターは呪文を唱えた。


「アイシオ・ブレイド!」


 それは任意の剣を自分の元に引き寄せる呪文だった。

 デュラハンの赤黒い長剣はスターの元へ引き寄せられようとする。

 必死に手放さないと抵抗を試みるが、無理だと判断したらしくデュラハンは長剣を諦めた。

 スターの手元に赤黒の長剣が引き寄せられて収まった。


(どうする?)


 スターは足を止めた。勝負はまだ決していないがここまでだと思った。

 敵がコミタバならば息の根を止めるまで戦闘を続行するが、あのデュラハンはアルマンの知り合いのはずだ。殺し合いまで発展する理由はない。


(体勢を崩してからの突き刺し。ワンテンポ遅かったしな……)


 足を払われて地面に寝転ばされた場面を思い出す。デュラハンは確かに動きを僅かに止めていた。


 スターとデュラハンの睨み合いが続く。両者とも戦闘体勢を解除していない。

 スターは自身の長剣を右手に、デュラハンの長剣を左手に佇んでいた。

 デュラハンはすぐ反応できるように両膝を曲げて身構えている。

 エネルとプラチナは盾手裏剣の後ろでどうしたらいいのか分からなかった。


 不意にデュラハンが構えを解いて踵を返した。

 そして空間の隅に置いてあったカンテラを手に持って、左に歩きながら手招きしてきた。もう纏っていた闘気は霧散している。


 エネルとプラチナが駆けてきた。


「スター! これって……?」

「多分、戦闘終了だ」

「じゃ、じゃあアルマンの元へ……」

「案内してくれると思う」


 それを聞いてプラチナは心臓が激しく鼓動するのを感じた。


 左に歩いていたデュラハンが立ち止まり、三人に背を向けた。そうしてコンクリートの壁を手で押した。

 するとデュラハンの近くの壁に、居間にあった鉄扉が現れて出した。相変わらず重厚そうで威圧感がある。


 デュラハンは手招きすると、鉄扉を開けて中に入っていった。

 その姿が見えなくなって、エネルが言った。


「ようやく、なのかな?」

「一応まだ警戒した方がいいとは思うが……まあ」


 二人はプラチナを見た。プラチナは息を呑んでいた。エネルが言った。


「プラチナ、大丈夫? 進むけど……」

「……うん」


 深呼吸してプラチナは静かに頷いた。

 そうして三人はデュラハンの後を追って、鉄扉の奥へと進んでいった。


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