3-3 デュラハン登場

 暗い居間の中でプラチナは前にスター、後ろにエネルといった具合で二人に挟まれ息を殺していた。

 スターはいつもの盾手裏剣を発現して周囲に神経を張り巡らせている。エネルも盾手裏剣を手に持って同様だ。

 緊張と警戒の空気が漂っていた。しかし五分ほど経過したはずだが、特に何かが起こる気配はなさそうだった。


 プラチナは窓から外の景色を見てみた。

 家から少しだけ離れた位置に黒紫の壁のようなものが見える。だが単なる壁ではなく横に縦に斜めに、窓から見える範囲外にも全体的に広がっているはずだ。

 多分ドーム状。レストランの料理にかぶせる半球の覆いが、この家にすっぽりと収められたような、そんな感じがした。


 スターが慎重な声音で提案した。


「エネル、外に出て確かめた方がいいかもしれない」


 少し黙考したエネルが返した。


「そうだね。この結界呪文はアルマンが発現した可能性もなくはないし」

「えっ、アルマンが?」


 プラチナはその返答に素早く反応した。


 スターを先頭に隊伍を組み、ゆっくりと歩き玄関扉を開けて外に出た。

 家の周りの少し先の地面に、黒紫の壁の根本が突き刺さり上に伸びて、ドームのように家の反対側まで続いている。

 光源はスターの盾手裏剣の淡い光と結界呪文の黒紫の光だけで薄暗い。だが何とか目視できる。まるで別世界に来てしまったのかとプラチナは思った。


 スターは剣を発現して刀身を伸ばし壁をコツコツと叩く。そして罠や違和感を探りながら、少し離れた位置から壁に沿って横に歩き始めた。このまま家の周辺を一周するという。

 プラチナとエネルも連れ立ってスターの後ろに続いた。


「ねえエネルちゃん。バルガライってどんな呪文なの?」


 アルマンが発現したかもしれないこの黒紫のドーム。どんな呪文なのかプラチナは気になって質問した。


 メラギラが炎、ボルトティアが電撃、ブレイドが剣を発現する。それは今までの体験からそういう系統の呪文だと分かった。

 しかしバルガライは一体どういう系統の呪文なのか。テッカやデイパーマーが唱えていたが、考えても黒紫の何かとしか見当がつかなかった。


 超常現象だから一概には言えないけれど、と前置きしたエネルが言った。


「バルガライ系統の呪文は命中させたい相手を選べる呪文、という認識でいいよ。それ以外はヒットせずにすり抜ける」

「すり抜ける……?」

「影響が及ばないって言い換えてもいいかも」


 家の外周半分を歩いた。スターが剣で叩き続けているが特に変化はない。


「例を分かりやすく出すなら……バルガライの声帯呪文かな」

「声帯呪文?」

「唱えた後に出す声は、特定の誰かにしか聞こえなくなる。プラチナがスターにだけ何かを伝えたい場合は、発現さえできればスター以外に聞かれる事なく声を届けられる」

「それがバルガライの声帯呪文……」

「そういう呪文があるからバルガライ悪口と告白とか、内緒話に使われたりもする」

「悪口に告白……それは想像通りでいいの?」

「想像通りでいいよ」


 エネルはバルガライの壁に目をやった。やはり何も変化はないようだ。


「で、この結界は閉じ込める時に唱える呪文。家をドーム状に覆っている黒紫は、特定の人間を閉じ込め、それ以外は自由に内外へ出入りできる。すり抜けるようにね」


 そう言った後、エネルは補足した。


「ちなみに呪文は別。スターの叩く剣はすり抜けてないでしょ」


 家の周りを歩き終え元いた場所、玄関扉前に戻ってきた。相変わらず少し先は結界呪文で遮られ黒紫で、ここが田舎のイビスとは思えない場所になっていた。


 スターが言った。


「どうする? アルマンの意図に反するかもしれないが、爆裂剣を無数に設置して爆破すれば破壊は可能だ」

「正直それは微妙。十分以上時間が経過してるのに、結界の外からのアクションが全くない。裏方らしく秘匿性を重視してる。壊さない方がいいと思う」

「え……もうアルマンが発現したって決めつけたような」


 プラチナの疑問にスターが答えた。


「おそらくだが、アルマンは太陽の騎士団を試したいのだと思う」

「試す? 何を……」


 エネルがスターの言葉を継いだ。


「これから大事な箱入り娘を託される太陽の騎士団が、信用に足る組織かどうか。アルマン視点だと、ただプラチナを連れ戻しただけで、呪文教とかコミタバとの出来事は知らないしね」


 その時だった。玄関のドアノブが捻られてゆっくりと扉が開いた。三人の視線はそこに集中する。


 現れ出たのは全身に赤黒い鎧を装着した背丈がある男。左手には手提げ式のカンテラを持ち、濃い紫色のマントを背中に羽織っている。

 しかし人間ではないのはプラチナにも分かった。首から上が存在していないのだ。それなのに普通に歩いて近寄ってくる。


「そこで止まれ」


 スターはプラチナを庇いつつ、剣を向けて静止を促した。鎧は少し離れた場所でその歩みを止めた。

 カンテラのオレンジ色の灯りで、年季の入った傷だらけの鎧が照らされる。

 エネルが目を細めて口を開いた。


「デュラハン……?」

「エネル、あれは?」

「召喚生物。でも昔見たやつとは別個体だね」

「生物でいいのか? あれ……」

「呪文は超常現象だから仕方ないね。深く考えても意味ないよ」

「確かあれって……」

「プラチナ?」


 デュラハンと呼ばれた鎧をじぃっと凝視していたプラチナにエネルは問いかけた。


「どうかしたの?」

「……スター、エネルちゃん。私あの鎧、見た事がある。アルマンの部屋に置いてあったやつ」

「置いてたってどんな感じで?」

「直立不動でずっと動かなかった。アルマンに聞いた時、相棒だって言ってた!」


 重要な探し物が見つかった時のような興奮を覚え、つい声が大きくなってしまった。

 確かにアルマンの部屋に飾ってあった鎧だ。時々飾り位置がズレていたのを思い出す。

 しかし先程の捜索でアルマンの部屋に入ったが、あの鎧はいなかった。そして扉を開けて家の中からやって来た。ならば家の何処にいたのだろうか。


 デュラハンは前方の三人を観察するように佇んでいた。首から上は存在していないが、首から下の動きでそう感じられた。

 やがでカンテラを持ってない方、右手でちょいちょいと手招きと思われる動作をした。


 スターが目線を外さずに聞いた。


「エネル、あれ」

「どう見ても手招きして誘ってる。でも警戒しないわけにはいかない」


 デュラハンは踵を返して歩き出した。鎧をガシャガシャと小さく鳴らし、そのまま玄関付近まで行って、また振り返って手招きをしてくる。


 それを見てエネルはプラチナに尋ねた。


「プラチナ、どうする? 中に入る?」

「えっ、それは……」

「敵意はないし、状況から察するにアルマンの元へ案内すると考えられるが絶対じゃない」

「勿論わらわとスターも一緒に行くし、危ないと思ったら即引き返す。プラチナが決めて」


 少し逡巡した後、大きく息を吸って吐いて覚悟を決めた。

 今はただ、アルマンに会いたい。その一心が身体を突き動かす。プラチナは二人に自分の気持ちを伝えた。


「スター、エネルちゃん。私はアルマンに会いたい」

「ああ。了解した」

「よし、じゃあ行こっか」


 スターとエネルはしっかりと頷いてくれた。プラチナは、それがとても心強く嬉しかった。


 三人はデュラハンから少し離れた後方に続き、慎重に家の中に入っていった。

 

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