3-2 裏方のアルマン・アルメイダ

 アルマンに遊びに連れて行ってもらった森。タミヤやドミスボの街と違って舗装されていない凹凸がある道路。ぽつり、ぽつりと点在する住宅があるのどかな田舎の風景。

 それらが窓から見えてくると懐かしさが溢れ出してきてプラチナは胸がきゅっ、と締まるような心持ちになった。


(まだ一週間ちょっとしか経ってないのに……)


 イビスまであと少し。汽車の一般座席に座って駅に到着するのを待っていた。


 向かいにはスターとエネルが腰を下ろして、二人同じで物珍しそうに外を眺めている。

 ハゲが治る洞窟がある街は世界の中心地、都会だ。そこが活動の拠点となっているのだから、人が少ない田舎の景色は新鮮なのかもしれない。


 スターは昨日の高級列車内で睡眠を取って体調は良好との事だ。ただ宿でまた寝ずの見張りをしてたので、プラチナは心配だった。ドミスボの理不尽な出来事もそうだ。

 せめて家に着いたらゆっくりと休んでもらいたい。何日も泊まってくれてもいい。


 汽車は段々と速度を落とし始めた。三人は下車の支度を始めた。そして木造の簡素な駅が、単線を走ってやって来た汽車を迎え入れた。


「んー、着いたーっ!!」


 エネルが駅のプラットホームに降り立ち、凝り固まった身体を伸ばした。座りっぱなしの汽車移動。気を張り詰めた警戒続きの旅。帰って来られたのは二人のおかげだ。


「スター、エネルちゃん」


 プラチナは二人に向き合って、ぺこりと頭を下げた。


「イビスまで送り届けてくれて本当にありがとうございました」


 呪文教の時もデイパーマーの時も、二人がいなかったら死んでいただろう。本当に感謝している。

 太陽の騎士団としての依頼は達成した。別れの時が近づいている。プラチナは寂しくなってきた。もっと一緒にいたいと思った。


「……あれ?」


 しかしスターとエネルは目を合わせようとはしなかった。何となく見た感じ、気まずそうな顔をしている。


「えっと、その……スター?」

「まだ送り届けてはいない。家に着くまでが依頼だ」

「……そうだね」


 スターの言葉に首肯したエネルが言った。


「家に帰るまでが遠足だよプラチナ。さ、家まで案内して」

「う、うん……」


 昨日の高級列車でエネルが言った事に関係があるのだろうか。一体アルマンは自分に何を伝えるつもりだろうか。

 さっきまでのイビスを懐かしむ気持ちは、すでに薄れていた。



 程なく、暖かい陽の光が降り注ぐ道路とも歩道ともつかない道を歩いて家に辿り着いた。アルマンと一緒に住んでいる約一週間振りの見慣れた我が家。


 二階建ての木造住宅がぽつん、と小高い丘の上に建っていて、周囲の平原には青々とした茂った草や花が風に吹かれ揺れていた。家の天辺に煙突が一本ある。間違いなく自分が住んでいた場所。


「ここがそうなの?」

「うん」


 エネルの言葉にプラチナは頷いた。やっと帰って来れた。

 胸に手を当てて二回深呼吸して、玄関扉のドアノブに触れて開ける。


「アルマン、ただいま!」


 声を大きくして中に入った。

 しかし従者だが、祖父のように慕っているアルマンからの、おかえりの声は返って来なかった。


 スターもエネルも続いて家の中に入って来た。三人以外の物音は何もなく、ひっそりと静かな沈黙が玄関内を流れていた。


「プラチナ、アルマンは?」

「私にも分かりません……一体どこに」

「ウンコかもしれないよ」


 しかしトイレや風呂場を探しても、アルマンとプラチナの自室を探しても、家の至る所を探してもアルマンは見つからなかった。

 一通り調べた後、プラチナは家の居間で息をついた。エネルが冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して、人数分コップに注いでテーブルに置いてくれた。


「プラチナ、もしかしたら外に出掛けてるかもしれないよ。何かの用事で入れ違いで」

「入れ違い……」

「電気や水道も使えるし食料もあった。このタイミングでどんな用事で外に出掛けたのか……」

「スター、まずは待ってから考えようよ。プラチナもそれでいい?」

「うん……家で待ってる」


 アルマンは何処に行ったのだろう。早く会いたかったし安心させてやりたいのに、出掛けている。

 プラチナはもどかしい気持ちでアルマンの帰りを待った。しかし一時間経っても一向に姿を現さなかった。



○○○



太陽は真上から徐々に西に移動しているが、まだ外は明るくて暖かい。相変わらず風が流れて平原の草をざあざあと揺らしている。夜まで天気が変化せずこのままだろう。


 プラチナとアルマンが住んでいる家も静まり返ったままだった。誰しもが口を閉ざしてアルマンを待っている。

 あの後、もう一度家の中を探索してみたが見つからなかった。念入りにやったが成果なしだ。

 それならば家の周辺にいるかもしれないと、外に出て探してみたが、空振りに終わってしまった。


 こうなると何か事件や事故に巻き込まれたのではないのかと、プラチナは心配になってきた。自分が知らない場所で動けずに助けを求めている。もしそうなら、探して助け出さないといけない。


(けれど……)


 まずは聞かなければならない事があった。プラチナは心を落ち着かせてスターとエネルに呼びかけた。


「スター、エネルちゃん。アルマンが私に何を伝えたかったのかを教えてほしい……」


 テーブルに突っ伏してコップに付いた水滴を眺めていたエネルが身体を起こして言った。


「うん……そうだね。本当はアルマンの口から言うのが一番だけど、この状況なら仕方がない」


 スターと顔を合わせて頷き合ってエネルは続けた。


「端的に言うと、アルマンの死期がもうすぐなんだよね」

「えっ……」

「今から一週間と少し前に依頼された時に、顔を見てそう思った。ねぇスター?」

「ああ。死の間際……二、三日中にはという感じだった」


 エネルの向かいに座っていたスターが同調した。

 予想外の説明に困惑してしまう。高齢だが頑健そうなアルマンの死期が近いなんて……。

 スターとエネルは落ち着くまで待ってくれた。プラチナは何とか飲み込んで続きをお願いした。


「プラチナは裏方って知ってる?」

「……裏方?」


 言葉通りの意味で捉えていいのだろうか。知識の引き出しを開けば、表に立たない人や小道具とかの準備の仕事が頭に浮かぶ。

 エネルが言った。


「組織のために情報収集や暗殺、又は拉致尋問、破壊工作とかの汚れ仕事をやる人や少数部隊の事を指すんだけど」

「それはコミタバと同じじゃ……」

「いやコミタバとは違う。非合法の社会のクソゴミとかじゃなくて、主に国に所属して裏の特殊任務をこなす人達ってイメージ。あくまで平和を脅かす危険分子を排除して国を存続させる。それが裏方」


 情報は時にして、強力な兵器にも勝る。

 敵対国が大規模破壊兵器を開発中という情報を手に入れたのなら、それが作られる前に攻撃して叩く。そして逆にこっちがそれを開発して抑止力に利用する。


 呪文にしても同様だ。呪文は超常現象を起こす事ができる不思議な言葉。適正があれば誰でも使える。

 敵対国の呪文使いがどんな呪文を発現できるのか。また、味方が使える呪文を敵に流出させないように工作を実行する。そうして国や組織を裏から守っていく。

 無論、太陽の騎士団にも存在する。


「で、アルマンはその裏方だって言ってた。わらわもスターもそうだなと思った」


 スターとエネルは依頼される前は調べ物をしていたらしく、その途中でアルマンが急に現れたとの事だった。


「夜の宿の一人部屋。警戒してたわけじゃないけれど、一切の気配を感知できずにいつの間にか部屋の中の暗がりで土下座してたからね」

「仮に暗殺だとしたら殺されていたな」

「ほんそれ。その時点でわらわたちはアルマンが普通じゃなく、裏の人間ってのが分かった。そしてプラチナを探して連れ戻してくれと依頼された」


 アルマンは分身を派遣して太陽の騎士団に依頼した。二人はその分身の顔を見て死期が近いと悟ったそうだ。

 プラチナは呪文教の地下通路でテッカの分身を見たのを思い出した。確かあの時はテッカとそっくりな分身体が発現した。外見も声もまさに同一人物といった感じだった。

 アルマンは本体じゃなくて分身を寄越した。それはつまり……。


 スターが言った。


「あの時、アルマン自身も死期を理解しているように見えた。そして身寄りがない箱入り娘を連れ戻してくれと依頼した。おそらく先の願いもある。それは……」

「太陽の騎士団によるプラチナの保護、だね」

「……だから、スターとエネルちゃんはドミスボであんなに警戒して」

「依頼を受けた以上、万が一にでもプラチナが殺人鬼に殺されるわけにはいかないからね。それとなるべく最速で送り届けたかったし」

 

 ドミスボで下車する予定ではない理由はこういう事だったのか。プラチナは話を聞きショックで顔を伏せた。

 今更この二人が嘘を言うわけがない。アルマンの事は真実なのだ。それなのに自分は何も知らないでタミヤの街に勝手に旅行だなんて……。

 しかし、それならアルマンは何処に行ったのだろうか。太陽の騎士団に保護をお願いする。家の中にいないで何処でお願いするのか。


 早くアルマンを見つけなければ、とプラチナは顔を上げた。その時だった。不意に外が暗くなった。

 窓から見える見慣れた田舎の風景は一変した。黒紫色の壁らしき物が見える。即座にスターとエネルが反応した。


「「バルガライの結界呪文!!」」


 太陽の光は遮られ、暗くなった居間の中でスターとエネルが同時に吠えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る