2-4 コミタバのデイパーマー

 咄嗟に展開した盾手裏剣と巨大ドリルがぶつかり合って、ガリゴリと拮抗音がフロア中に響き渡った。

 しかし相対する回転ドリルは貫通力に特化しているため、段々と盾手裏剣にヒビが入り押されている。このままでは突破されてしまう。


「スター、これでっ!!」


 するとエネルが既に発現していた盾手裏剣を手に取り、三個勢いよくドリルに投げ込んで追加してくれた。これで突破までの時間を十分に稼げる。今の内にこの場を離脱しなければならない。


「すまん、プラチナ」

「えっ、きゃあっ!?」


 スターはすぐさま行動に移った。

 全員分の荷物を手に持ったエネルと、まさかドリルが飛んで来るとは思わず呆気に取られていたプラチナを担いで窓際に向かって疾走した。

 そして窓際に設置していた盾手裏剣を消して、窓を突き割り二階から外へ飛び降りる。


 着地した衝撃で息が詰まる思いがしたプラチナだったが、何とか状況を把握しようと周囲を見渡した。

 まだ日付が変わる四時間ほど前なのに、街の様子は真夜中のようにひっそりと静まり返っていた。宿泊施設がある区画なのに出歩く人間は全くいない。


「バルガライ」


 ドリルの大きな破壊音の後、上から呪文を唱える声が聞こえた。

 エネル目掛けて黒紫の球体が向かってくる。それをスターが剣で弾いた。


「デイパーマー……コミタバ!!」


 先程いた部屋の窓際の壁はドリルで壊されていた。

 半壊した部屋から自分たちを目を細めて見下ろす人物にエネルが敵意を剥き出しに叫ぶ。スターも同様に睨みつけている。


 漏れる部屋の灯りを背景に白髪で碧眼の男、デイパーマーをプラチナは見た。長身で黒のコートを身に纏い左こめかみ付近に小さな傷跡がある。


 あれがドミスボの夜を跋扈する連続殺人鬼の正体なのか、コミタバとは何なのか、太陽の騎士団との関係は、とスターの後ろで考えているとまた呪文を唱えてきた。


「ディアニガル・キュール・バルガライ」


 デイパーマーが振り上げた右手の先にまた黒紫の球体が発現された。しかし今度はエネルに射出された球体とは段違いに巨大だ。さらにそれはどんどんと大きくなっていく。


 スターが再度、プラチナとエネルを担いで走り出した。同時に呪文を唱える。


「ソード・ブレイド・ライズン!」


 スターの走る速度が上昇した。後ろから最大限まで肥大化された球体が迫り来る。プラチナは思わず目を閉じた。だが瞼越しでも黒紫の気配は感じてしまう。

 間一髪のタイミングでスターの走りが上回った。駆け抜けた地面にコンマ数秒の差でデイパーマーの呪文が着弾する。地面は衝撃音と共に粉々に破壊され深く抉られていた。


 あれが命中したらと冷や汗が背中に流れたが、プラチナは何とか自分を保つ事ができた。スターとエネルが一緒にいるおかげだ。一人だったら呪文教の地下通路の時のように恐怖に駆られていただろう。


 高級宿屋から離れた場所まで走って、追撃はないと判断して降ろしてくれた。

 スターは盾手裏剣を数個発現して地面に突き刺し辺りを油断なく警戒している。


 エネルが言った。


「スター、プラチナ、人が多い場所に行くよ。多分そこが現状一番安全だから」

「人が多い場所? でもエネルちゃんこの街にそんな所は……」

「警察署」


 その返答でプラチナもエネルの意図を理解した。

 駅員の話によると連続殺人鬼にトップが殺された事により、今の警察署は守りが固められていて人が多い。だからそこに辿り着けばデイパーマーも容易には手出しはできないはずた。


 目指す場所は決まった。後は行動あるのみ。


「わらわが先導する。ドミスボの地図は頭に入っているから」

「急いだ方がいいな。デイパーマーはまだ諦めてはいない。気配が全く消えてない」


 エネルが舌打ちした。苛立ちが顔にありありと浮かぶ。


「わらわキレそう。コミタバとか本当嫌い。……いや、でも何の目的で殺人鬼なんてやって」

「後だエネル」

「分かってるよ。さ、行くよプラチナ」

「う、うん」


 どうやらまだ安心はできないようだった。プラチナは気を引き締めて二人と一緒に警察署を目指した。



 なるべく街灯が多い大通りの中央を警戒しながら歩を進める。

 商店街らしく両サイドには雑貨屋、喫茶店、本屋、酒場など色々な店が立ち並び、平時ならばこの時間帯でも人々の往来はそれなりにあったのだろうと感じられた。

 プラチナはエネルと手を繋いで歩いている。その後ろにスターが続く。


 スターは周囲を警戒しつつ、先程から盾手裏剣を何回も発現しては地面に突き刺しながら歩いている。いざという時に盾や障害物が近くにあった方がいいとの事だった。

 もう百個以上を発現しているのに少しも疲弊した様子はない。呪文発現時の体力消費は本当にないみたいだ。


「…………」


 黙々と目的地に向かって三人は慎重に歩く。街の雰囲気とこの状況のせいで、プラチナはテッカとの地下通路をまた連想してしまった。嫌な思い出だ。

 勿論スターとエネルが今更テッカと同じ事をするはずがないと思っている。だが会話で嫌な気持ちを振り払いたくなった。プラチナはエネルの横顔に問いかけた。


「エネルちゃん。聞いてもいい?」

「ん、どうしたの?」


 デイパーマーへの苛立ちは鳴りを潜めていた。プラチナは少しほっとした。


「コミタバって、一体……」

「ただの犯罪組織だよ。五年前の戦争よりももっと前から活動してるクソテロリスト共」


 エネルは心底嫌いの感情を隠さず説明した。


「強力で凶悪な呪文を多数発現できる呪文使いで構成された組織でね。暗殺とか工作とかハゲを治る洞窟の破壊とか仕掛けてくる社会のゴミ。それがコミタバ」

「えっ、ハゲが治る洞窟も狙うの……?」

「理由は全くもって不明だけどね」


 商店街を抜けて広場に出た。噴水にベンチに銅像。暗くてはっきりとしないが、公園だろうか。

 離れた場所に大きな建物があった。あの周辺はいやに明るい。微かに喧騒も聞こえる。警察署が見えてきた。


「で、さっきの白髪の男がデイパーマー。この五年間、戦争からの復興を目指す太陽の騎士団の邪魔を幾度もしてきたコミタバの呪文使い」

「あれが……」

「でも何で殺人鬼なんてやってんだか。無意味な事をするタイプじゃないはずで……それとも殺人鬼は別にいる?」

「二人とも止まれ」


 スターの静止の声でプラチナは前方を見た。ベンチに何者かが足を組んで座って待ち構えていた。

 丁度、街灯が照らす範囲の外に腰を下ろしていたので身体しか分からなかったが、立ち上がった事で正体が判明する。

 デイパーマーだ。そのままベンチの肘掛け部分を掴むと、持ち上げて力任せにぶん投げてきた。スターの盾手裏剣でそれをいなす。


「エネル、プラチナ。俺が前に出る。後ろにある盾に身を潜めていてくれ」


 道すがら地面に差し込んできた一番近くの盾手裏剣の後ろに二人は回り込んだ。


「スター、警察署の人間は期待しない方がいいよ。多分ビビって誰も来ないから」

「ああ分かってる」

「ソード・ブレイド・バルガライ。さてどうなるか……」


 デイパーマーも黒紫の長剣を発現してこちらへ歩み止まった。

 夜の公園に剣を持った男二人が睨み合う。

 デイパーマーは右手に長剣の仁王立ち。一見隙だらけだとプラチナには見えたが、スターが動かないのなら危険なのだろう。

 対するスターは右手に長剣、左手に盾手裏剣を持って腰を落として構えていた。デイパーマーが微かに動くたびに微妙に立ち位置を調整している。


 張り詰めた空気が辺りに漂ってくる。プラチナはビリビリとした危険な雰囲気に息を呑んだ。呼吸が浅くなる。


 その時、雲の隙間から月の光が差し込み周囲を照らした。それが合図となって二人は地面を蹴り、剣と剣が重なり金属同士を叩きつけるような音が鳴り響いた。


 激烈な斬り合いが三合続いた後、デイパーマーはスターを無視してプラチナの元に駆けてきた。標的を変えて太陽の騎士団の弱点を突くつもりだ。


「ラウンセント・ツノ……」

「させると思うか」


 右手をプラチナに向けドリルを発現しようとする。それを阻止しようと即座に背後に追いついたスターが剣を振り上げた。だが……。


「釣れたな」

「っ、ぐっ!」


 突如して反転。プラチナを囮に利用したデイパーマーがスターに対し逆袈裟に剣を振るう。

 ギリギリで回避したスターだったが無理な体勢になってしまった。その隙を突かれ腹部に強烈な鉄拳の一撃を見舞われてしまう。

 それでも何とか追撃を避け距離をとったスターはプラチナとエネルの元に戻った。


 再び相対する形になった。スターは変わらずの戦意と敵意を前方に向け、デイパーマーは長剣を肩に乗せぽんぽんと叩き目を細めている。

 エネルが心配そうにスターを見た。


「スター、大丈夫?」

「ああ、腹を殴られただけだ。だが少し厄介だな」

「あ、あの私も電撃とか発現できて」

「「それは駄目!!」」


 現状一般人のプラチナでも自分が戦いの邪魔になっているのは分かる。だから少しでも力になりたくての発言だった。しかし一蹴されてしまう。

 エネルがきっぱりと拒否した。


「プラチナは守られてて。デイパーマーは殺せたら殺すだけで、警察署に到着するのが目的なんだから」


 そう言ってエネルは前に出てスターの横に立った。


「スター、準備は?」

「既に周辺に配置済みだ。場所は……」

「それは言わなくていいよ。付き合い長いから大体分かるし」

「よし」


 エネルは振り返ってプラチナを安心させるようにウインクをした。


「ちょっとわらわも戦闘に参加するね。と言っても大した事はできないけど」

「エネルちゃん……戦えるの?」

「そりゃね。プラチナは忘れてるかもだけど、わらわ剣だし。割と特殊な戦い方ができる」


 特殊な戦い方とは一体……。

 汽車の中で一本の剣になったのは覚えているが、汽車が揺れて時、床にずり落ちてスターに拾ってもらっていた。剣の状態じゃ何もできないと思う。


 エネルは前を向いた。戦闘が再開される。

 今度はスターが剣を数本発現させてデイパーマーの前の地面に投げ刺した。同時に爆発。

 それは呪文教の地下空間でツチノコクリスタルを倒した時と同じ剣だった。


 爆煙と巻き起こった土埃の中にスターが突入する。エネルはまだその場に立ったままだ。

 剣戟の音が見えない向こうから聞こえてくる。次第にこちらに近づいてきている。


 スターとデイパーマーが煙の向こうから姿を現した。互いに鎬を削る。

 スターが距離をとった。デイパーマーが距離を詰める。また爆裂剣で爆発と土埃が巻き起こった。エネルはいつの間にか姿をくらませていた。


「プラチナ、後退する」


 戦闘場所は盾手裏剣が群生されている地帯へと切り替わっていった。プラチナはスターに守られる形で盾手裏剣に身を寄せる。

 デイパーマーの黒紫の球体や長剣は突き刺した無数の盾手裏剣で対処できた。しかしスターの刀身を伸ばした斬撃や剣の投擲も同じように防がれる。

 互いに手詰まり感があった。決め手にかける。


「ごぶっ!?」


 その時だった。戦いは一瞬で終了した。デイパーマーは口から血泡を吐き出し仰向けに崩れ落ちた。


 何が起こったのか分からずプラチナはスターの後ろからおずおずと覗いた。

 胸の中央から血が流れ出ている。おそらく刃物による攻撃を受けたのだ。身体全体が細かく痙攣している。


「流石にあっさり過ぎるんだけど」


 右斜め前方からエネルらしき声がした。プラチナが慌ててその方向を見るとエネルが姿を現した。

 直前まで何も存在してなかった地面の上に、電灯がつくようにぱっと現れ出たのだ。

 プラチナは目を剥いて聞いた。


「エネルちゃん……なの?」

「勿論わらわです。不可視の剣を発現する呪文をわらわに使ったの。こんな姿してるけど、わらわ人間じゃなくて剣だから呪文の効力をそのまま駆使できる」


 エネルは肩をすくめながらあっさりと答えた。


 剣の、ブレイド系の呪文は様々な効果を持った剣を発現する呪文である。

 攻撃を防ぐ効果を持つ盾手裏剣、剣の刀身を伸ばしたり爆裂剣など呪文の数だけそれは存在する。

 しかし普通の剣、呪文を唱えての発現ではなく、人間の技術をもって作られてた剣を手にしている場合は呪文の効果がその剣に乗る。いちいち盾手裏剣やら爆裂剣が無から発現しないのだ。


 エネルは人間ではなく剣である。少女の姿をしているが剣なのである。故に人間の姿で触れて、ブレイド系の呪文を唱えるとその効果がエネルに発現するのだ。


「まあ実際に見た方が理解は早いかな」


 エネルはスターの元に歩き手を繋いだ。スターが呪文を唱える。


「ノビタ・ブレイド」


 エネルの身体が上へぐぐぐと伸びる。胴長なった。


「バチカン・ブレイド」


 エネルの身体がすすすと元へ戻ったと思うや、徐々に小さく縮小していく。

 摩訶不思議、呪文による超常現象の発現にプラチナはまた目を丸くした。


「で、戦闘中にばら撒いていたスターが発現した不可視の剣を、同じく戦闘中に不可視状態になったわらわが拾って、背後からデイパーマーを刺し殺したってわけ」


 元の状態、プラチナより一回り小さくエネルが言った。


「だが呆気なさ過ぎる」

「わらわも同感。デイパーマーの奴何がしたいのか」


 スターとエネルはプラチナを守りつつ仰向けに倒れて既に動かなくなったデイパーマーを凝視している。まだ警戒を解いていない。

 プラチナは二人に寄り添って質問した。


「その、倒したんじゃ……?」

「いや……デイパーマーの力はこの程度じゃないんだよプラチナ。社会のゴミだけど長年コミタバにいた呪文使い。まだ何かある気がしてならない」


 果たして、その通りであった。

 突如としてデイパーマーの遺体から白い煙が濛々と吹き出してきて視界を塞いだ。三人は即座にその場を離れて距離をとった。

 やがて吹き出した煙は中空に分散されて消えていく。デイパーマーが死に絶えた場所には一つの遺体が仰向けに転がっていた。


「これは……」


 スターが困惑と共に剣を発現して、その刀身を伸ばして軽く触れる。遺体は揺れるだけで罠などはなさそうだった。


 確認しなければ、と三人はじりじりゆっくりと遺体の元へ向かう。

 そして辿り着いた。地面に仰向けに倒れた遺体はデイパーマーではなかった。

 普段着にエプロン姿の男。髪の毛は茶色。


「エネルちゃん、この人って……」

「分かってる。ちょっと待って」


 エネルは鞄をゴソゴソと漁り一枚の用紙を取り出した。ドミスボに到着した後、行方不明の夫を探していた女、アンナからもらった用紙である。それを三人で眺めた。


「これは……似てるな」

「似て、ますね……」

「……そうだね」


 用紙に印刷されている行方不明者と、デイパーマーに扮して襲撃し死んだ男の外見はそっくりであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る