2-3 襲撃直前まで

 安全面を第一に考えて、街一番の宿を選択する事にした。

 連続殺人鬼のせいでドミスボに訪れる人間が減少し、また値段が高いため部屋は余っているらしく問題なく一泊できそうだった。


 イビスからタミヤの街までの間に各街の普通の宿で寝泊まりしてきたプラチナは、高級な宿に泊まるのは初めてだった。

 その明るく豪華な内装に外で感じた恐怖は既に消えていた。


「お、おおー」


 煉瓦で造られた四階建ての大きな宿。一階のフロントに設置されてある革張りのソファーに、エネルと腰を下ろしてその沈む感触を堪能する。スターは受付で宿泊の手続きをしていた。


 いいソファーなのかこのまま横になっても、ぐっすり眠れるぐらい座り心地が良かった。しかし色々な人の尻がここに収まっていたと考えて横になるのをやめた。

 大理石の床は磨かれて光沢がある。周りの壺や絵画や観葉植物もほぼ全てが高級そうな物が置かれ豪華絢爛だ。

 一階はフロントの他にレストランや酒場も一緒に併設されており、少数だが他の宿泊客も見受けられた。


「……あれ?」


 だがそこで一つ心配事が浮かんだ。支払いはどうするのだろうか。今の手持ちは心許ない。

 普通の汽車でイビスに帰る運賃は問題ないが、この宿を三人で分割しても足りないはずだ。

 流石に自分が全額払う事になるとは思えないが、プラチナは少し不安になってきた。


「エネルちゃん……その、支払いは?」

「お金の事は気にしなくていいよ。全部こっちが持つから」


 同じソファーに座っていたエネルから、あっけからんとした答えが返ってきた。


「でもここ、結構高いと思うけど……」

「まあ高いだろうね。でも何も問題なーし」

「どうして?」

「だってわらわ太陽の騎士団で、太陽の騎士団はハゲが治る洞窟で得た利益が腐るほどあるから」

「ん? ……んんん??」


 プラチナはエネルが言った事を余り理解できなかった。


 エネル曰く、ハゲが治る洞窟の経済効果は莫大との事だった。

 その名前の通りハゲを治す効果があるため、ほぼ毎日全世界からあらゆる人間が洞窟を目指して集まってくる。

 人が多くなればなるほど、商売をしたい者や情報の収集を目的にする者など、さらに人が集まって街は発展していくのは自然だ。


 そして太陽の騎士団はハゲを治る洞窟を管理する組織。同時に「ハゲが治る洞窟がある街」を統治する組織でもある。

 五年前に見つけた洞窟から中心に新たに街を作り、街の税金で太陽の騎士団を運営してきた。

 設立当時は色々とトラブルがあったらしいが、ハゲが治る洞窟を中心に復興を成し遂げた功績は計り知れず、今では一つの街が一国と同等の力を持っているという認識が当たり前になっていた。


 エネルが言った。


「つまりハゲが治る洞窟で、直接的もしくは間接的に得た利益があるからお金には困ってない、という事なのです」


 プラチナは首を傾げた。肝心な事が分からない。


「エネルちゃん……ハゲが治る洞窟で人が大勢集まったんだよね?」

「うん。そうだよ」

「……言うほどハゲが治るからって、人がそんなに集まるものなのかな?」

「あー、そっちの話か。……どう説明したもんかねえ」


 腕を組んで唸って、エネルは聞いてきた。


「プラチナはハゲた事ある?」

「えっ……ないけど」

「だよね。じゃあ理解は頭の隅に置いといて、そういうものだと認識していれば良いよ。ハゲた事がないプラチナに説明しても理解できないかもだし」


 プラチナは正直何を言っているんだろう、と思った。エネルが続ける。


「男が女の痛みを理解できないように、女が男の痛みを理解できないように、ハゲてない奴がハゲの痛みや悲しみを理解できるわけがないしね」

「……でもエネルちゃんはハゲてないよね?」

「ハゲてないけど昔ハゲと一緒に行動を共にする事があったからね。身近にハゲがいればその苦しみが理解できるし」

「身近にハゲが……つまりスターはカツラ?」

「違う違う違う、スターはハゲでもカツラでもないよ」


 エネルが手を振って訂正していると、手続きが終わったスターが戻ってきた。

 エネルが立ち上がってスターの背中によじ登り髪を弄る。


「ほら、スターはハゲでもカツラでもないでしょ」

「あ、本当だ……」

「何で頭を触るんだエネル……」


 と言いつつ、されるがままのスターだった。




○○○




 外に出るわけにいかず夕食は宿のレストランで済ます事にした。

 普段食べた事のない何だかオシャレな料理に面を食らったが、すごく美味しくてプラチナは非常に満足した。


 部屋は二階への階段を上がってすぐ近くの場所だった。当然二部屋手続きしてプラチナとエネル、スターで別れている。

 しかしスターも女子の部屋に入ってきた。驚くプラチナを目もくれず、中を見回し窓際に歩き同じ呪文を何回も唱える。


「シュリ・ブレイド、シュリ・ブレイド、シュリ・ブレイド……」


 ドミスボの最高級宿泊施設の客室が薄緑に輝く盾手裏剣に侵食されていく。

 特に窓際はカーテンが掛かっているか分からないくらいひし形があって、天井にも数個、今入った扉付近にも数個設置された。床に突き刺さっているのもある。

 もはや高級さのカケラもないヘンテコな部屋と化していた。


「ごめんね、プラチナ」


 エネルが真面目な声色で言った。さっきまでの明るい調子ではなく真剣そのものだ。


「ちょいと殺人鬼が気になってね。部屋を簡易的に要塞化させてもらうよ」

「要塞化……? エネルちゃん、どうして?」

「万が一にでもプラチナが殺されないようにするため」


 少し前からドミスボを震え上がらせている正体不明の連続殺人鬼。街の住人だけでなく、隙を突いて警察トップをも標的にする狡猾さに太陽の騎士団の二人は警戒しているようだった。


「アルマンの元にプラチナを無事に送り届ける」


 呪文の発現を終えたスターが言った。


「すまないが、これは譲れない。室内も万全を期す」

「わらわもスターと同じ。プラチナの安全のためにね。勿論、部屋の修繕費は騎士団が払うから。……寝る時はこのアイマスク使って」


 そう言ってエネルは鞄から黒のアイマスクを取り出した。薄緑に光る部屋で眠るには必需品になるだろう。

 プラチナはエネルから受け取って質問した。


「でも呪文はずっと発現できるわけじゃないですよね? 発現時間があって……」


 アルマンから教わった事だが、呪文には発現時間というものがある。超常現象が発現している間の時間だ。

 例えば光球を発現する呪文は唱えた後、一定時間が経過すればその光球は消える。再度光球が必要ならば呪文を唱えなければならない。スターの盾手裏剣もそれは同じのはずだ。

 時間が経てば部屋に設置された盾手裏剣は消え、要塞化は解除されてしまう。その事は分かっているはずで……。


「それはノー問題。スターが発現する呪文は破壊とかスター自身が解除しない限り消えないから」

「えっ、そうなんですか?」


 半永久的に消えないという、まさかの返答だった。思わず見るとスターは頷いた。


「理由は分からないが、何故か消えないんだ。生まれてこの方」

「あと呪文発現による体力消費もないんだよね。何で?」

「いや俺に言われても」

「……えと」


 何となく釈然としないが、プラチナはそういうものだと納得する事にした。最終確認を終えたスターが言った。


「俺は戻る。どんな些細な事でも何かあったら遠慮なく壁ドンしてくれ。隣の部屋で待機しているから」


 流石に一緒の部屋で寝るわけではなかった。そう言ってスターは部屋から出ようと歩き出した。そのスターをエネルが呼び止める。


「スター、合言葉合言葉。一応ね」

「ん、ああ。何にする?」


 呪文の中には当然、変身呪文もある。殺人鬼がどんな呪文を使えるのか不明だが、一旦別れるのなら合言葉など本人確認は必須との事だった。


「じゃあスターが"ベネット"って言ったら、わらわが"自分をハゲが治る洞窟の守護者だと思っているおっさん"って言うから」

「了解した」

「エネルちゃん……そんな合言葉いいの?」

「いいのいいの。そもそもベネット本人がそう言ってるし。……あ、ベネットは太陽の騎士団初期のメンバーでね」


 その時だった。何の前触れもなく部屋の扉がゆっくりと開いた。それに反応したスターはすぐに盾手裏剣を発現してプラチナと扉の間に割って入る。

 しかし誰もいなかった。扉の向こうは勿論廊下で、廊下の壁が扉の形、縦の長方形型に縁取られたように見えるだけだった。

 三人がいる部屋に緊張が充満する。誰しもが突然の出来事に警戒していた。


 不意にスッ、と何者かの右手が開いた扉の向こうから現れ出した。同時に呪文が唱えられる。


「ラウンセント・ツノドリル」 


 巨大で回転するドリルが部屋の中に射出された。 

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