2-2 ドミスボの殺人鬼

 三人で会話している間も時間は進んでいった。

 夕焼けで赤く輝いていた外の景色も、段々と陽が西へと沈んでいき夕闇が広がり薄暗くなっていく。

 車内の灯りもそれぞれ点灯して明るくなった。少ししてからアナウンスが流れてきた。


『ご乗車のお客様方にお知らせします。当列車は次のドミスボを本日の終着駅とさせていただきます。誠に勝手ではございますがご理解のほどよろしくお願い致します』


「ん?」

「え、何で?」


 スターとエネルが顔を見合わせた。プラチナが聞くとスターが答えた。


「どうかしたんですか?」

「……いや少しでもイビスとの距離を縮めるために二つ先の駅、ナジネスまで運行ギリギリの乗車を予定していたはずが」

「ドミスボが終点ってアナウンスされたってわけ。トラブルでもあったのかな?」


 次第に汽車は速度を落とし徐行していった。窓から見れる近くの景色が徐々にゆっくりと流れていく。

 隣の車両に数人乗客がいたから覗いてみたが、皆同様に首を傾げて降りる準備をしていた。

 ガタンゴトンの音が聞こえなくなり汽車は完全に停車した。外に出ると既に陽が暮れていて夜のプラットホームが三人を出迎えた。


 冷たい空気がプラチナの頬を撫でる。身震いしながら目を細めた。


「なんか……人が少ないような」

「わらわもそう思う」


 そう言ってエネルが手を繋いできた。


 ドミスボの駅はもうすぐ営業終了間近、というような様相を呈していた。

 乗ってきた線路上にあった汽車はすぐに近くの車庫に収納されてもうない。駅構内の清掃や点検をする駅員は何やら急ぐように作業をしている。焦っているようにも見える。

 灯りも最小限しかなく少し不気味な雰囲気を醸し出しており、プラチナは呪文教の地下通路を連想してしまいエネルの手を思わず握り返した。


 三人は受付にいた駅員に事情を聞く事にした。作業を中断された大柄な駅員は迷惑そうに応対した。


「なんだよ早く帰りたいのに。用件は簡潔にしてくれ」

「これ落とし物。大昔どっかの遺跡で拾ってね。あと質問があるんだけど」


 プラチナは目を剥いた。エネルが駅員に三枚の紙幣を手渡したからだ。駅員は察したように金を懐に仕舞うと態度を軟化させた。


「ご質問は? 答えられる範囲で答えるぜ」

「早めに駅閉めちゃう理由を教えて欲しいんだけど」

「あんたら旅人か。なら事情は知らねえわな」


 質問の結果ドミスボは今、連続殺人鬼のせいで恐怖のどん底に陥っていると分かった。


「六日前の事だ。夜中に住人が一人殺された。随分と凄惨な殺しですぐにその知らせは街中に行き届いたよ」


 その日以降、真夜中になると外にいた街の住人が何者かに殺害される事件が起こり続けた。今日までで十二人の犠牲者が発見され、行方不明者は三人もいる。

 全員が多種多様な方法で無惨に殺されており、撲殺や焼殺、バラバラ死体や壁に吊られた状態で身体の一部が無くなってたりと、残虐極まりない手口だという。


「それで皆不安になって、外が暗くなってくると仕事を早めに切り上げて家に篭るようになっちまった。俺も早く帰りたい」

「調査の進捗は? それだけの事件なら警察が動いているはずじゃ……」


 スターが聞くと駅員は肩をすくめた。


「事件から二日目に警察が動き出したよ。その結果、成果なしどころか返り討ちに終わった。威信をかけた大捜査の隙を突いて警察トップとその家族がぶっ殺されてね」


 三人は驚愕の心持ちで駅員の話を受け止めた。まさかこのドミスボでそんな事件が起こっているなんて思いもしなかった。しかもかなりの狡猾さがある。


「それからは全然駄目。むしろ最悪。夜の街は閑散としちまった。警察は上がビビって警察署の守りを固めて動かねえし、自警団を結成して見回りしてた奴らも、正体を調べようとした奴も返り討ち。殺されたのもいた」

「だから暗くなる前に列車の運行を早めに切り上げるようになったわけね」

「そういう事。だって皆死にたくねえんだし」


 そう言って駅員はため息をついた。


「おかげで街の活気なくなるし早く何とかしてほしぃ……おっと」


 駅員が姿勢を正すと後方から一人の女が走ってきた。長い茶髪で衣服の上にエプロンを着ており、用紙の束を抱えている。

 駅員は女を見ると顔を少し顰めて気の毒そうに口を開いた。


「ようアンナ。来たのか」


 アンナの呼ばれた女は息を切らして質問した。


「その、今日はどうだったの……」

「駅の利用客に聞き込みはしたが……すまん成果なしだ」

「そう……」


 アンナはそれを聞いて落胆した。近くで見ると髪はボサボサで肌は荒れて、目には隈ができている。

 三人はアンナの顔見た。その顔は悲しげで痛々しかった。


「この方々は……?」

「旅人だよ。さっきこの街に来たばかりだから何も知らねえよ」

「……これを」


 エネルが用紙の束から差し出された一枚を受け取った。

 アンナと同じ茶髪のエプロン姿の男の写真が印刷されている。花屋らしき店の中で仲睦まじい様子が見てとれた。その下には「探しています」と書いてある。


「これって……」

「よろしく、お願いします」


 プラチナが言うより早く、アンナは頭を下げて駆け足でその場を後にした。駅員が心苦しそうに補足した。


「行方不明者の一人がアンナの旦那なんだよ。もう望み薄と言われてるが諦めきれねえって毎日探してる。二人は花が大好きでな。花屋を一緒に営んでいて幸せそうだったのに……」


 捜索用紙を手にしたままのエネルが聞いた。


「空気読まないで質問するけど、明日の列車は止まったまま?」


 物悲しい調子を切り替えるように駅員が首を振った。


「いや切り上げる時間が早い分、翌日の運行時間も朝早くなってる。日が昇り切る前にはもう始発が出ているよ」


 受付の机の中をごそごそと漁って、駅員は臨時の時刻表を手渡してきた。確かに時間が繰り上がっていた。


「昨日までの犯行時間は全部日を跨ぐ前だから、朝方の薄暗い時間帯なら安全って事だな」


 エネルが時刻表を鞄にしまって言った。


「質問に答えてくれてありがとね。それじゃ宿探そっか」


 そう言ってスターとプラチナに呼びかけ三人で駅を出た。すると先程の駅員が受付を出て後方から声を掛けてきた。


「お前らもさっさと宿探して夜外出るなよー! 危ねえからなー!!」


 三人で了解の意を示した。駅員は頷いた後、駅構内に戻っていった。

 その姿が見えなくなってプラチナ言った。


「何というか無愛想だったけど親切な人でしたね……」


 スターが返した。


「いや、買収したから親切になっただけだと思う」

「わらわもそう思います。賄賂から始まる信頼関係」

「うっ……確かに」


 見当違いな事を言ってしまった、と思ったプラチナであった。


 ドミスボの街中は先程の駅員が言ってたように閑散としていた。

 既に夜のため出歩く住人はほとんど見かけない。皆自宅や何処か建物の中で夜をやり過ごすのだろう。  

 分厚い雲が空を覆っていて月の光が遮られている。そのため暗がりが随所に存在する。街灯が等間隔に点灯しているせいかその暗がりの闇が強調されて色濃く思えた。


 プラチナは無意識にエネルの手を強く握った。


「大丈夫、プラチナ?」

「うん……」


 殺人鬼の話、地下通路の連想、夜の寒さと雰囲気、スターやエネルが一緒でも、こうも閑散としていては不安や恐怖が纏わりついてくる。


 プラチナの様子を見てエネルが言った。


「こりゃさっさと宿見つけた方がいいね。スター」

「ああ、ドミスボの宿泊施設がある区画はこの先にある。こっちだ急ごう」


 街灯の灯りの下でドミスボの地図を広げ見ていたスターが言った。

 三人は早足に街中を歩いて宿泊先を目指した。

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