2-1 スターとエネル
次第に陽が暮れてきて、汽車に乗って少し経った頃には辺り一面夕焼けで赤く燃えるように染まっていた。
タミヤの街を出発した蒸気機関車は、白煙を吐きながらイビスの方向に向かって走る。たった今大きな川に掛かった橋の上を通過したところだった。
プラチナは車内の一般座席に座っていた。向かい側にはスターとエネルも腰を下ろしている。他に乗客はおらず、三人だけだ。
「それじゃ、改めて自己紹介を。わらわ太陽の騎士団のエネルでこっちが」
「スター・スタイリッシュです。よろしく」
とスターとエネルは自己紹介をした。
「プラチナ……と言います」
プラチナもぺこりと頭を下げた。
あの後、教会から外に出てすぐ駅に向かった。
その時点でウベラに案内されてテッカと一緒に駆けた病院からの地下通路は、やはり教会地下へ向かっていたのが明らかになった。テッカは教主カーネの元へ自分を誘導していたのだ。
その事実がまだ治ってないプラチナの頭をさらに困惑させた。
カーネを追って三人で地下から地上に上がり回廊に出た後、初めて人が殺される場面を目撃したのに、その衝撃があまり実感が湧かないくらいには思考が騙された事に集中してしまう。
公園で会話して一緒に病院に行って、地下通路でウベラとコモドドラゴン原種から助けてくれて、けれど教会地下へと誘導されて。でも死んでしまって。
初対面なのに何故そんな事したのかがまるで想像ができなかった。言動と結果が合致していない。
そう言えば、死者との対話の件もそうだ。カーネとも認識の違いがあった。しかしスターとエネルの登場で結局分からず仕舞いに終わってしまった。
今日一日で色々な事が起こり体験してきた。怖い思いもした。
一体自分は何に巻き込まれていたのか、プラチナには全然分からなかった。
「おーい、プラチナー?」
どうやら考えに耽ってしまっていた。声を掛けられて顔を上げると二人は首を傾げていた。
プラチナはスターとエネルを見た。
正面右のスター・スタイリッシュは知っている。ハゲが治る洞窟を見つけた少年。けれどそれは五年前の話だ。今目の前にいるのは自分より一、二歳年上の男。黒髪でうっすらとだが眉間に皺が刻まれている。
その左に座る少女、エネルは知らない。自分より小柄で少し前から膝にスケッチブックらしきもの乗せている。灰色の髪でフード付きの上着。カーネがエネル剣と言っていたのを思い出す。何故剣なのか。普通の少女にしか見えない。
今日出会ったばかりの初対面の二人。
成り行きと困惑で汽車に一緒に乗り込む事になってしまった。だが少なくとも危害を加えてくる様子はないし、カーネの手から助けてくれて、自分が落ち着くまで待ってくれた。信用してもいいかもしれない。
そしてスター・スタイリッシュは太陽の騎士団所属である。
タミヤ街に来た理由はアルマンに依頼されてと言った。テッカが言った街に派遣された四人の騎士団員の話が嘘かどうか確かめられるはずだ。
プラチナは確認の意味を込めて問いかけた。
「その、お二人は何故私を助けてくれて……?」
既に説明してくれた事だったが、再度エネルが答えてくれた。
「アルマンって言う老人に依頼されたから、だね」
「アルマンに……」
回答は教会地下の時と同じだった。
エネルはスケッチブックをめくり描いている絵をプラチナに見せた。
「一応確認だけど、アルマンってこんな感じだよね? このお爺ちゃんに箱入り娘をイビスまで連れ戻してって依頼されたんだけど」
「箱入り娘……」
スケッチブックに描かれていた似顔絵は確かにアルマンだった。記憶にある姿と同じ短く切られた白髪で高齢の老人。一枚ページをめくると上半身の姿も描かれていて頑健な見た目がありありと描かれていた。
「で、タミヤの街に急いで来たの。聞き込みをしたらプラチナが教会に行った情報を得たから、わらわたちも教会に行ってあの地下空間に辿り着いたわけ」
エネルはスケッチブックのページをまた一枚めくった。そこには聞き込み用のプラチナの似顔絵が描かれていた。アルマンのと同じで絵が上手い。
プラチナはスターに目線を移した。スターはエネルの説明に同調するように頷いて言った。
「だが教会内は無人だった。誰かしら人がいてプラチナの足取りを聞くつもりだったけど……」
「人っ子ひとりもいなかったんだよね。何で?」
「いや私に言われても……」
分かるわけがなかった。病院の地下通路経由で教会の地下に辿り着いたのだから。ただ礼拝堂の時は街の住人や信者を教会内で見かけたのは覚えている。また一つ謎が増えた。
プラチナは混乱を少しでも解消するため思い切って再度質問した。
「あの、テッカ・バウアーって人はご存知ですか? 太陽の騎士団の人なんですが……」
「「テッカ・バウアー?」」
スターとエネルが同時に疑問を呈した。
「……いや知らない。エネル?」
「勿論わらわも知らない。誰それ?」
「最近入団試験が行われた事は?」
「いやないでしょ。入団したい奴は大勢いるけど信用できないし。あったら流石に連絡来てる」
「同感だ」
「……えと」
テッカ・バウアーは身分を偽っていた。どうやらそれは確かのようだ。
エネルが聞いてきた。
「そのテッカ・バウアーがどうしたの?」
「実は……」
プラチナは公園でテッカに会ってからスターとエネルに助けられるまでの顛末を話した。
タミヤの街に来た理由、教会から退出させられた事、公園での会話、テッカの外見、地下通路内の出来事、教主カーネとの会話、認識の違い。
自分でも状況が理解できていないため、途切れ途切れの説明になったが何とか最後まで話切る事ができた。二人は時折視線を合わせていたが、静かに聴いてくれた。
プラチナは鞄から水筒を出して喉を潤した。
「それで今も正直なところ……よく分からなくて」
エネルが答えた。スターは口に手をやって考え込んでいる。
「まあ……とりあえず大変だったね。プラチナよくやってるってわらわ思うよっ!」
そう言ってエネルは親指を立てて快活に言った。欲しい言葉ではなかったが、プラチナは少し気が楽になった。
「で、処理していこっか。まず太陽の騎士団員がタミヤの街で消息を絶ったなんて話はわらわもスターも聞いてません。ね、スター?」
「ああ。全く持って初耳になる」
とスターも頷いた。
「じゃあテッカさ……テッカ・バウアーは……?」
「うん。身分を偽ってプラチナに接触してきたわけだね」
「やっぱり……消息不明の調査のための太陽の騎士団設立当時のメンバー四人も……」
「嘘だね。アルマンに依頼されてわらわとスターはタミヤの街に来たけど」
「そう、ですか……」
「まあ一応後で騎士団に確認してみるけど答えは同じのはずだよ」
本当に何だったのだろう、とプラチナは思った。思い当たる事は何もない。こうなると本当に死んだのかとも思ってしまう。
エネルが続けた。
「で、次。死者との対話の話になるけど……」
「はい」
「これは確かな事は言えないって最初に言っておくね。教主やっちゃったし」
そう言ってエネルはスターをちらり見た。スターは目を伏せた。
「田舎のイビスの買い物途中で死者との対話の噂を聞いたって事だけど、呪文教があるタミヤの街から離れた場所で噂になるのは流石に信じられないかな」
プラチナは何故と首を傾げた。確かカーネもそんなはずはないと眉を寄せていた気がする。
「だってプラチナ。死者と対話ができるという事はどういう事だか分かる?」
「えっと、それは……」
少し考えたが答えが浮かばない。エネルが答えを言った。
「それはね、死者と対話できるという事は死者と対話できるという事なのです!」
数秒間、汽車の走行音だけが車内に流れた。
「……いや、それ当たり前じゃ」
「言い換えると、死者から情報を引き出す事ができるという事。呪文を筆頭に」
とスターが補足した。エネルがスケッチブックに何やら描き込んでいる。やがてプラチナに描いた絵を見せた。
「プラチナ。ここに恋人同士の男女がいます。二人は幼馴染で将来結婚する約束をしていました」
スケッチブックには笑顔で手を繋ぎ仲睦まじい男女の絵が描かれていた。プラチナが頷くとページがめくられる。
「しかしある日、男の方は病気で死んでしまいました。女は悲しみに暮れました。そんな時、女にある男が近づきます」
ページがまためくられた。今度は現れた男が悲嘆に暮れる女の肩を抱き、何やら挑発的な顔をしている絵が出てきた。
「なんと現れた男は死者との対話ができるのでした。そして男は死んだ男と会話してこう言います」
『イェーイ! 死者君見てるぅ〜、今から死者君の大事なこの彼女に色々と取り返しのつかない事しようと思いま〜す! 嫌だったら知ってる呪文全部教えてね〜』
エネルが言った。
「まあこんな感じで」
「……つまり悪人が死者との対話を利用して悪事を働くって事ですか?」
「ああ。合ってる」
「世の中はいい奴だけじゃなく悪い奴も大勢いるからね。まあ実際には人の考えてる事が分かる呪文を利用して死者との対話と称して、信者の洗脳をしてたみたいだけど、そりゃ門外不出で田舎にまで情報が出回る真似なんてしないでしょ。バレたら絶対死者と対面させろとか面倒事になるし」
「それじゃあ、なんで私はその噂を耳にして……?」
スターとエネル言った。
「そこだな」
「そこだよね」
「そこ、ですか?」
「一体何処のどいつがどんな理由でプラチナを噂でけしかけたのか。わらわたちには分からないけど現時点で該当する人物は……テッカ・バウアー、になるかな」
「……そう、ですか」
プラチナは深く息を吸って吐いた。なんだか気疲れした感じがした。
果たして何が真実で、本当に自分は何に巻き込まれているのか。とりあえず思うのはテッカ・バウアーとはもう二度と会いたくない。絶対に。
その様子を見てエネルが言った。
「疲れた? プラチナ?」
「はい……今日は色々な事がありすぎて」
「じゃあ何か甘い物をあげよう。スター!」
「ああ」
とスターがエネルの鞄を漁ってチョコや飴玉や金平糖など多種多様なお菓子を取り出した。プラチナはチョコを貰って食べた。口の中に甘味が広がる。疲れた身体にはすごく美味しく感じた。
「後何か質問とかあるプラチナ? イビスまで送り届けるまで一緒だし気になる点は解決しときたいし」
「質問……」
そう言えば目の前の少女エネルは剣らしい。それは一体どういう事なのかプラチナは気になった。
「エネルさんは剣なんですよね?」
「今更だけど、わらわにさんはいらないよ。あと敬語も」
「いやでも」
「まあ、いいからいいから」
エネルは軽い調子で拒否してきた。いきなり質問の出鼻を挫かれた。プラチナは改めて聞いた。
「その……エネルちゃんは剣、なんだよ……ね?」
「そうだよ。わらわ剣なんです」
「それは一体どういう事で……?」
「オーバーパーツって事だね。意味は今の科学じゃ解明できない物体。それがわらわ」
そう言ってエネルは右腕をプラチナの方に伸ばした。
「脈測ってみて。わらわ脈ないから」
「えっ、ないの?」
「ないよ。剣だから」
掌が上になった手首を掴んだ。確かに脈がない。プラチナは目を丸くしてエネルを見た。
「ね? 脈がないでしょ」
「う、うん……」
「あとわらわ剣にもなれます」
腕を離したプラチナが瞬きした瞬間、座席に座っていたエネルが消えて一本の剣が立て掛けられていた。
プラチナがまた驚いた時、汽車がガタンと揺れた。剣が床にずり落ちる。
「スター、わらわ拾ってー」
「ああ」
床から声が聞こえたと思ったら、スターが屈んで下から剣を掴んで上げた。
プラチナはスターに聞いた。
「それエネルちゃん何ですか?」
「ああ。……さっきからああしか言ってない気がする」
「まあそういう時もあるって……わらわ戻っていい?」
エネルは元の人間の姿に戻った。また瞬きの間だっため変化する瞬間は見逃した。
「とまあ、こんな感じのわらわとスターがプラチナをイビスまで送り届けるから。道中よろしくね」
「よろしくプラチナ」
プラチナも改めて言った。
「よ、よろしくお願いします……」
先程のエネルの件が頭にあって、驚愕のまま返事を返してしまったプラチナであった。
汽車はガタンゴトン、と音を鳴らしてイビスの方向へ走っていく。
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