1-5 スター・スタイリッシュの探しもの

「どうして……?」


 プラチナは息を切らして疑問を口にした。自分が今、目にしている光景がとてもじゃないが信じられなかった。しかし間違いなく教主カーネに見下ろされている。さらに目出し帽を被った信者が四人プラチナを囲むように佇んでいた。


 広い空間だった。地下通路と同様にコンクリートの壁に灯りが設置されている。天井はコモドドラゴン原種を六体重ねたくらい高く薄暗い。前に教主、左右にもある階段の中頃に信者がそれぞれ二人いる。


「教会って……」


 確か教主は我が教会へ、と口にした。ならばここは教会の地下という事になる。だが自分は合流を目指して走っていたのではないのか。この地下通路を脱出して、他の太陽の騎士団員にテッカの事を伝えて、それで、それで……。


「さて」


 混乱してうまく思考がまとまらないプラチナを見つつ、カーネは左目の眼帯を外した。


「おそらく無駄になるだろうが……アノマリー・エシュロン」


 呪文を唱える声が聞こえプラチナは身体を強張らせた。だが不発に終わったのか何も起こらない。カーネは嘆息した。


「やはり覗けないか」


 その一連の動きが恐怖に怯えたプラチナの心にほんの少しの勇気を与えた。

 どうやらカーネは今すぐ攻撃してくる気はないようだ。眉をひそめて自分を見ている。ならば逃げる事ができるかもしれない。会話で隙を作って電撃を浴びせたり、太陽の騎士団が駆けつけて来る時間を稼いだりチャンスはあるはずだ。

 プラチナは覚悟を決めて口火を切った。


「カーネ教主、どうして……!」

「どうして、だと……? それはこちらのセリフだ」


 カーネは油断なくプラチナを見据えている。


「貴様こそどうして死者との対話を知っていた? あれは私が細心の注意を払って今まで隠し通してきたというのに」


 予想だにしない返答にプラチナは驚いた。


「さ、細心の注意……何を言って?」

「今更とぼけるな。アノマリーの呪文で信者の頭を覗き、記憶や感情を読み取りそれを元に死者との対話と称して洗脳していると知ってこの街に来たのだろう? 私に害をなそうと」

「……え?」


 カーネの声はしっかりとプラチナに届いていた。しかし自分が見聞きした事と教主が言っている事が合致しない。

 死者との対話は田舎で買い物途中に耳にするくらい有名な話ではなかったのか。なのにそれを隠し通していたと言った。しかも記憶と感情を読み取っているとも。

 ならばテッカ言っていたタミヤの街の行方不明者はどうなのか、プラチナは唾を飲み込んで問いかけた。


「……タミヤの街に張り巡らされてるこの地下通路は?」

「だからとぼけるなと言っている。そんなもの当然信者のふりをして私の利益を掠め取ろうとする者を抹殺するため建設させたに決まっておろう。教団秘密の通路と言えば人気のない場所だろうがノコノコとやって来る。ウベラが案内したようにな」

「なら太陽の騎士団の人が消息を絶ったのも」

「んん? 何の話だ……何故太陽の騎士団が出てくる?」

「えっ?」


 プラチナもカーネも困惑した表情でお互いの顔を見た。

 カーネの言を信じればテッカが言っていた事はほとんどがデタラメだった。確かにこの地下を自身に邪魔な存在を抹殺するために利用していた。だがタミヤの街の人間がその対象ではない。そして太陽騎士団員が消息を絶ったというのも嘘になる。プラチナの頭は混乱するばかりだった。


(でもテッカさんは私を助けてくれて……)


 困惑から回復したらしいカーネが聞いてきた。


「貴様……死者との対話を一体どこで耳にした?」

「それは……」


 渋るプラチナに顎を撫でながら続ける。


「どうやら互いの認識に違いがあるようだ。ここは一つノーサイドで答えてはくれんか?」

「……っ」


 プラチナは少し迷ったが答える事にした。ノーサイドなんてありえないが時間を稼ぐ必要もあったし、何より今ある齟齬が気持ち悪くて仕方がなかった。


「イビスで買物中に噂を聞いて……」

「イビスだと……田舎の村か? この街から三、四日の?」


 プラチナは頷いた。カーネはますます眉をひそめた。


「そんなはずはない。死者との対話は信者の中でも特に信心深い者にしか教えてない事だ。イビス……そんな田舎で噂されるなどあり得ん。……もしやその噂を聞いてこの街まで来たのか?」


 再度尋ねられプラチナは頷いた。

 カーネは少しの間考えるように視線を彷徨わせた後、口を開いた。


「どうやら嘘ではないようだな」


 するとカーネは気が抜けたような顔した。今さっきまで警戒していた感じは消え去り安心した様子になった。


「なるほどなるほど。私の秘密を知るくせに言動がおかしいと思ったらただの一般人だったか。それなら何の気兼ねもなく殺せるな。メラギド・ドスグロス」


 直後にカーネの掌に炎が発現した。真っ青な色をしてめらめらと燃え上がり徐々に大きくなっていく。

 呪文の発現にプラチナは目を見開いて身構えたが、カーネはプラチナから視線を外し捨てるように炎を放った。先程駆け抜けて通った出入り口付近が蒼炎で明るく照らされる。逃げ道が塞がれたのだ。


「これでよし。……しかし分からんものだ」


 時間稼ぎはもう無理だ、と必死に打開策を考えるプラチナに視線を戻してカーネは言った。


「何故ただの一般人ごときの頭が覗けないのか……アノマリーの呪文だというのに」


 しかし何も思いつかない。太陽の騎士団も来ない。いや、来るのだろうか。カーネが嘘を言ってなければこの街に騎士団は来ていない事になる。そもそもの話公園で出会ったテッカ・バウアーとは何者なのか。


「世界中に大勢人間がいれば、一人や二人覗けない者もいるかもしれんが……忌々しい」


 テッカが死んだ後の感覚がぶり返してきた。地に足が付いているのにぐらぐらと揺れてるようだった。死の恐怖がまた身体を支配する。


「アルマン……」


 希望はない。

 がたがたと震えるプラチナを見てカーネは嘲った。


「本当に余計な手間をかけさせおって。死ねえい!」


 右腕を突き出して呪文を唱えようとしたその時だった。


「まったく。こんな地下で何をしてるのやらと思えばなんつー事やってんだか」


 テッカでもウベラでもカーネでもない、聞き覚えのない声がプラチナの後ろから聞こえた。女の、少女のような声だった。

 プラチナもカーネも目を見開いて声がした場所を見た。

 いつの間にかプラチナより一回り小さい少女がそこにいた。灰色の髪をしていてフード付きの上着を着ている。少女はプラチナの横に歩き立ち、微笑みかけウインクした。


「大丈夫。わらわは味方だよ」


 カーネが焦った様子で手すりに身を乗り出した。


「貴様、エネル剣か!? ならばスター・スタイリッシュも!?」


 エネル剣と呼ばれた少女はあっさりと答えた。


「当たり前じゃん。わらわ単体じゃ何もできんし」

「おのれ……!」


 焦るカーネと状況が理解できないプラチナを無視してエネルは手を叩いて大きな声で言った。


「さあ、出番だスター! 悪い事してる奴をやっつけちゃってー!」


 エネルの声が広い地下空間に反響した後、数秒ほど沈黙が流れた。何かが起こる気配はない。誰もが唖然としている。エネルが取り乱して右往左往した。


「ん、あれっ!? ちょ、スター! 何やってんの!?」

「え、あの……これは?」

「何だこれは。スター・スタイリッシュは来ていないのか?」


 突然の出来事にプラチナとカーネは困惑に陥ってしまった。死者との対話の時とは別の困惑だ。


 プラチナにはいきなり現れ、エネル剣と呼ばれた少女が一体何者なのか見当がつかなかった。しかしスター・スタイリッシュは知っている。ハゲが治る洞窟を見つけた少年で太陽の騎士団のメンバーでそれで……。


 状況を把握しようと努めていると今度は爆発が起こった。もはや何が何だか分からない。身体をかがめて見ると右の階段で待機していた信者二人が突然の爆発に巻き込まれて吹っ飛ばされていた。


「ごっ!?」

「があっ!?」


 そして今度は左階段で断末魔が聞こえた。慌てて見るともう一方の信者二人が血を流して倒れていた。剣を持った男に無力化されたのだ。

 エネルがプンスカと怒った。


「スター! 何ですぐ来なかったの! 出番だって言ったでしょうが!」

「いやエネルが言ってからワンテンポ遅らせた方が虚を突ける思って……」


 そう言ってカーネを警戒しつつ、階段を一気に飛び降りてプラチナとエネルの元へ駆け寄って来た。


 スター・スタイリッシュをプラチナは初めて目にした。右手に長剣を持った自分より一つか二つ年上の男。前から新聞とかで知っていた剣の呪文使い。地下の灯りに黒髪が照らされる。今は太陽の騎士団の服装ではない。


「ラウンセント・メラギラドン!」


 混乱から戻ったカーネがプラチナ目掛けて呪文を唱えた。突き出した右腕が竜の顎に変化し、大きく開けられた口から巨大な火球が発現し射出される。


「シュリ・ブレイド!」


 スターが間に立ち塞がって呪文で迎撃した。

 まともに当たれば即死する火球に、ひし形の薄緑に輝く手裏剣のようなもので相殺する。

 散らばった炎と砕け役目を終えた手裏剣が共に消滅し視界が開けた。カーネは憎々しげに顔を歪めていた。


「おのれ、ならばこれでどうだっ!」


 間髪入れずに懐に手を入れ何かを取り出した。何の変哲もない手鏡を二本。その鏡面を高々に重ね合わせて呪文を唱える。


「カレイド・テラステラ!」


 すると二つの鏡は合わさり、巨大な光の扉となって地面に落ちた。地下空間が明るく照らされる中、扉は開き蛇のような大きな生物がにゅるりにゅるりと出てきた。

 頭から尻尾まで全身がきらきら光り輝いている。しかし大きさはコモドドラゴン原種と同じでも、赤々としたあの鱗とは違う感じがした。透明感はない。身体全体がクリスタルでできていて、胴が太い奇妙な蛇だった。

 エネルが顔をしかめた。


「げぇ、ツチノコクリスタル……」

「ほう、知っていたか!」


 カーネが声高らかに続けた。


「鏡面世界の生物だ。その身体は呪文や兵器問わずあらゆる攻撃を反射する。スター・スタイリッシュよ。これを無視して私を殺しに来てもいいが、その場合は後ろの小娘を狙うぞ」


 スターはプラチナを庇うように立ち位置を微妙に調整し先程の盾手裏剣を左手に発現して声を潜めてエネルに聞いた。


「エネル。俺はあれは初見だ。対抗策はあるか?」


 エネルが小声でカーネに聞こえないように答えた。


「あれ外側だけ。内部攻撃」

「了解した」


 勝利を確信したカーネが宣言した。


「では、いい加減幕引きだ。やれえい!」


 命令が下された大蛇が大口を開けて鎌首をもたげた。今に踊り掛かって来る。その直前にスターが右手に長剣を発現し投擲した。長剣だが巨大な蛇の口内に問題なく吸い込まれていく。

 蛇は剣をごくんと飲み込んだ。そして爆発が起こった。ツチノコクリスタルは口から煙を出して、左右に何度かふらついて地面に倒れ伏した。


「なっ……!」


 切り札の敗北に驚愕したカーネが口をあんぐりと開けた。しかしすぐに踵を返して後ろの扉に手を掛けた。


「ブロレジ!」


 取手を捻り中に入り即、半透明に明滅する障壁呪文を出入り口に発現し階段を掛け上っていく。

 スターが行手を阻む障壁に長剣数本を勢いよく投げ込んだ。ばりんっ、と大きな音を立てて割り砕かれる。

 エネルがプラチナを見た。


「さあ、プラチナ。あのハゲ追うよ!」

「えっ……いや、えと……その」


 危機的状況を打破してくれたが、相変わらずプラチナは混乱真っ最中であった。

 そんなプラチナを見てエネルが説明した。


「さっきも言ったけど、わらわとスターは味方。ここに来たのはプラチナを探すため。アルマンから連れ戻すよう依頼を受けてね」

「えっ、アルマンから!?」


 また一つ混乱する要素が出てきて驚いてしまう。しかし家族の名前を聞けば、不思議と思考が明瞭になってきた。分からない事だらけだ。でも今はこの地下から外に出てアルマンに会いたい気持ちが優先される。

 プラチナはこくりと頷いた。エネルが言った。


「スター、先に行って」

「ああ」


 そうしてスター、エネル、プラチナは上に続く階段を駆け上がっていった。



○○○



「おのれっ、何故だ! こんな事があってたまるか!」


 息を切らせて階段を駆け上がりながら教主カーネは吐き捨てた。

 コモドドラゴン原種もウベラも、信者の中でも特に強く手駒である呪文使い四人も、ツチノコクリスタルも全て無力化させられた。切り札と言えるものはもうない。

 このままでは勝ち目などない。他にもいるやも知れない太陽の騎士団という組織は敵に情けも容赦もない。殺されてしまう。だから逃げ出したのだ。


「いや待て、あの小娘が一般人なら誰がコモドドラゴンとウベラを……? いや後だ、まずは私が生き残らなければ!!」


 さらにもう一つ、逃走の要因たる不可解な事があった。何故アノマリーの呪文でスター・スタイリッシュの頭が覗けなかったのか。その理由がまったく分からなかった。

 あの時、チャンスだと思い手駒四人を襲撃している最中に相手の目的を知ろうとした。しかしあの金髪の娘と同様に覗けなかったのだ。


「エネル剣は人間ではないからまだいい。だが世界中に人間が大勢いると言っても、一日で二人はあり得ないだろう……っ!」


 出口を目指して一人憤る。


 タミヤの街を復興する前から呪文教を拡大させてこられたのは全て、アノマリーの呪文で人間の感情や意識、記憶を閲覧できるからだった。

 信心深い者に対しては側に置き、そうではない者は近づけさせない又は排除する。特に敬虔ならば呪文神の代理人と称して、アノマリーの呪文を駆使して死者と対話をしているように見せつける。そうする事でさらに信仰心を深めさせ着実に勢力を拡大し、その多大なる恩恵を享受し、いつの日か世界を支配しようと画策してきた。しかしそれも太陽の騎士団の登場で台無しだ。


「だが、まだだ! まだ終わっていない!!」


 地下に進む隠し階段を登り切り、見慣れた教主専用の部屋に辿り着いた。弱者救済を掲げていたため内装は質素までとはいかないがそれなりだ。


 現在教会内の信者は通常時より少ない。地下空間で戦闘になるため手駒の信者以外に呪文という情報を与えたくなかったからだ。

 逃走手段は当然確保してある。逃げ切るまで他の信者に命じて足止めをさせればいい。今まで集めた使い捨ての従順な駒だ。呪文教のためなら本望だろう。


 スター・スタイリッシュはまだ追いついてはいない。隠し階段の入口に半透明の障壁をまた発現し、カーネはほくそ笑んだ。


「そうだ何も問題はない! 私さえ生き残ればまたやり直せる! このアノマリーの呪文さえあればまた……!!」


 そう再起を誓い教主部屋の扉を勢いよく開け放ち、信者を盾にするため大声で叫んだ。


「敵襲ううううっ!!! 神聖なる教団を貶める異教徒が現れたぞ!!! 者共、出会え出会ええええ!!!」


 カーネの声が教会に響き渡る。しかし誰かが駆け付けてくる気配はなかった。辺りは静まり返っていて物音一つしない。


「なん、だと……」


 神聖で静謐な教会内部にカーネの驚きの声が出て消える。本当に誰一人として来ないのだ。


「そんな、そんな事があって……」


 廊下を進み中庭がある回廊に出ようとしたところで、スターの盾手裏剣が九個投げ込まれカーネの前方の空中で静止した。薄緑に輝くひし形に行手を阻まれる。

 カーネは振り返り歯ぎしりをした。先程の三人。追いつかれた。

 時間を稼いで突破策を練らねば、と思いカーネは口を開いた。


「ま、待て。落ち着こうではないか。まずは話し合いからで……」


 大事な場面では頭を覗いて会話している事が多いため、上手い言葉が浮かばない。

 スターが返した。


「無理だ。自爆呪文を唱えられるわけにはいかない」


 私が自爆などするはずがないだろうっ! と反論しそうになったが堪えて言った。


「ならば富はどうだ? 金ならあるぞ腐るほど」

「ハゲが治る洞窟あるんだから、そんなんいらんでしょ」


 プラチナと手を繋いでいるエネルが返した。


「な、なら……アノマリーの呪文ならどうだ。適正があれば私と同じように相手が考えている事が分かるぞ」


 もはやこれしかない。教える瞬間に何とかして後ろの小娘を人質に取るしかない。そう考えてスターを見た。


 スターは眉間に皺を寄せた後に目を伏せた。迷っていると思いカーネの顔に希望が浮かんだ。

 しかし次の瞬間剣の刀身を伸ばし、カーネを袈裟懸けに切り裂いた。

 プラチナが思わず口を覆う。

 呪文教の教主であったカーネは膝から崩れ落ち、地面にうつ伏せに倒れた。床に血が広がる。


 エネルがプラチナの元を離れ、カーネの死を確かめてから言った。


「死んでる」


 スターが返した。


「……ああ」


 スター・スタイリッシュの探し物は終わった。

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