2-5 同一体発現の呪文
ドミスボの公園らしき広場に夜風がそよそよと流れていた。夜気を含むその風が三人を包み込む。
戦闘は終わった。太陽の騎士団の勝利で幕を閉じ、敗者のコミタバは地に倒れこの世を去った。
しかしスターは未だに緊張の糸を切らさず、あらゆる事態に即対応できるよう剣を持ったまま油断なく構えている。
エネルは遺体を検分していた。上半身の服を脱がせ傷を確認する。エネルが背後から刺した傷跡の他に打撲痕が多数発見された。見るに堪え難い。
服のポケットや身体を調べ、手掛かりになりそうな物を探したが何もなかった。
「最初から撲殺で死んでいたとなると……」
エネルが不快さに顔を歪めて言った。
「多分これ、同一体を発現する呪文だ。殺した直後の死体を活用する事で発現できる……」
「同一体……?」
知らない呪文だったが、明らかに倫理的に問題があるのはプラチナでも理解できた。
「わらわも実際の言葉、呪文は知らないけど聞いた事がある。同一体……もう一人の自分を死体を使って作り出す。記憶や感情、目的や呪文すら同じでね」
スターが質問した。
「ならエネル……デイパーマーが何の目的でこの街で殺人鬼なんかやって」
「全くわからん。ただ一応死体にも同一体の適正ってのがあって、当たりを引くために十二人もの住人を殺し続けた可能性があるけど……」
「だが、わざわざ同じ街で殺人鬼と噂されるまで殺しをする理由はない。裏で密かにやるべきだ」
「全くもってその通りだよほんと……」
エネルは遺体に服を着せ直し手についた血や汚れを拭き取り、二人の元へ戻った。スターの後ろから覗き込んでいたプラチナに声をかける。
「大丈夫、プラチナ? こんな倫理観無視の酷い光景を目にしちゃったわけだけど」
「大丈夫。でもびっくりしちゃって……」
プラチナはエネルの気遣いに感謝した。
しかしそれ以上に衝撃を受けていた。こんな世界があるなんて知らなかった。ずっと父に幽閉されていたし、アルマンと過ごした時間に今日のような出来事などあるわけがない。呪文教の時は困惑でそれどころじゃなかった。今改めて実感している。
呪文というのは誰かの助けになるものだとプラチナは思っていた。本の物語のように弱きを助け悪を挫くものだと。
しかし、こんな酷い事をする人間が存在する。
恐怖も被害者である花屋の男への憐憫もあるが、現実とのギャップにプラチナは驚いてしまっていた。まさか本当にこんな世界があるなんて……。
エネルが察したように言った。
「そう言えば、プラチナは箱入り娘だからびっくりもするか」
「箱入り娘……」
本当は幽閉されていた、とは言えない。
「まあ、流石にコミタバは極端な例になるけどね。ただ、世の中には想像を絶する馬鹿がいるのを忘れちゃいけないよ。もしもその馬鹿が出たら……」
「……出たら?」
「わらわとスターに頼ってね。これからも」
エネルはニヤリと笑って胸を張った。これも気遣いだろう。しかしプラチナは素直に疑問を呈した。
「でもエネルちゃん。イビスに送り届けて……それでお別れじゃ?」
「あっ……」
エネルはしまった、とでも言うように口をつぐんで目を泳がし始めた。プラチナが顔を覗き込んでも目線を合わせようともしない。
「エネルちゃん?」
「いや、その……ね」
その時、不意に何やらがやがやと喧騒が聞こえてきた。複数の人間がこちらに向かって来る足音。誰かを静止させようとする声。警察署がある方向から段々と近づいて来る。
そしてドミスボの街の住人や警察官らで構成された一団が現れた。その中には情報をくれた大柄な駅員の姿も見えた。
「あ、お前らは!」
向こうもスターたち三人に気が付いた。エネルが駅員に聞いた。
「何で警察署からやって来たの? 家に篭ってばかりだと思ってたけど」
「夜は警察署に避難してたんだよ。家にいるより大勢で一緒にいた方が安全だし」
街の住人の一団から女が一人飛び出して来た。茶色の髪にエプロン姿。行方不明の夫を探していたアンナだ。息を切らし涙を浮かべ、デイパーマーに操られていた夫の遺体に駆け込んでいく。
「トーマス! トーマス! あああああああっ!!」
亡き夫の遺体を抱きかかえたアンナの絶叫が響き渡る。その悲痛な叫びにその場にいる全員が沈痛な心持ちになった。
アンナはスターに向かって喚き散らした。
「どうして!? どうしてトーマスを殺したの!?」
「なっ」
「えっ?」
予想外の言葉にエネルとプラチナは固まった。スターも驚いて目を見開いている。
「ふざけないで!! あなたが殺したんでしょ!? 彼の胸の傷、刃物で刺されてる!!」
街の住人の視線がスターに集中する。スターは警戒の途中である。故に盾手裏剣と長剣を発現して手に持ったままだった。そして周囲に点在する盾手裏剣の数々……。
街の一団の中から誰かが呟いた。
「殺人鬼の正体って……」
数秒の沈黙の間、アンナが泣きじゃくる音しかしなかった。街の住人のざわめきがどんどん大きくなる。
「え、つまりどういう事だ?」
「あの剣持ってる奴が殺人鬼なんだよ」
「でも正体判明してたか?」
「知らねえよ。だがトーマスを殺したのは事実だ」
「俺の息子もあいつに殺されて……」
「私の娘も……」
「バラバラに殺したり、焼き殺したりして……」
住人の疑惑が憎悪に変わり、どんどん膨れ上がっていく。今まで被害に遭ってきた理不尽な殺戮と恐怖の正体が判明した。人数差。被害者意識。被害者家族の憎しみ。ブレーキはもはや存在しない。
「死ね! この殺人鬼っ!」
住人の一人がスターに向けて拾った小石を投擲した。スターのこめかみに命中する。
それを契機に他の住人も石を投げ始めた。
「ふざけるな、死ね!」
「この化物がっ!」
「死ね!」
「この害虫がっ!」
「自害しろっ!」
「死ねぇっ!」
複数の投擲は当然プラチナにも向かう。しかしそれはスターが盾手裏剣を発現して防いでいる。
エネルがスターの後ろ姿に声を掛ける。
「スター! こうなった以上この街で汽車に乗るのは無理だ! プランを変更するよ!!」
「…………」
しかしスターは動かない。その後ろ姿は微動だにせず、エネルとプラチナを投石から守り続けている。
エネルが大声で怒鳴った。
「プラチナの安全が最優先! わらわの声を聞け!! スター・スタイリッシュ!!!」
「っ! ソード・ブレイド・ライズン!」
エネルの呼びかけに反応したスターは呪文を唱えた。そして即座にプラチナの肩と両膝を抱きかかえる。
突然のお姫様抱っこに驚きはしたが、状況が状況のためプラチナはそのまま身を任せた。エネルがスターの首後ろに抱きついた。
「逃げたぞ、追え! 殺せ!!」
住民に背を向け二人を抱えたスターは、驚異的な跳躍で一番低い建物の上に飛び乗った。そのまま次に低い近くの建物を登っていく。
屋上伝いのジャンプで街中を抜けていく。プラチナは空中浮遊でもしているような感覚だった。
抱えられながらスターの顔を見てみる。しかし月明かりは分厚い雲に阻まれ、その表情を読み取る事はできなかった。
エネルも言葉を発しない。
三人は街の外の線路に辿り着いた。お姫様抱っこはまだ終わらない。
プラチナはそのままの状態で、イビスの方向に運ばれていった。スターが線路の上を跳ぶように走って。
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