1-3 太陽の騎士団
タミヤの街の空模様は快晴だった。透き通るような青空には白い雲が数えるほどしかなく、ゆっくりと風に流されている。
気候も穏やかで過ごしやすく、まさに外出日和と言ってもいい。
街中のとある公園で親子三人が仲睦まじく歩いていた。子供の両隣に親が並び、手を繋いでとても楽しそうだ。
その様子を、これからどこに行って何をして遊ぶのだろう、と考えながら通り過ぎていくのをプラチナは眺めていた。
「お母さんとまた話したかったなあ……」
公園に備え付けられている木のベンチで一人呟く。
結局あの後、プラチナが再び教会に足を踏み入れる事はできなかった。
外に追いやられてまた中に入れてもらおうとしても呪文教の信者は拒否の一点張り。しかも場所が教会の入り口付近だっため騒げば変に目立ってしまう。
仕方なくプラチナはその場を後にしてどこか落ち着ける場所を探して今いる公園に辿り着いた。
「教主……様は体調が悪いようには見えなかったけど」
ついさっき屋台馬車の売店で購入したコーラを飲みながら思い返してみる。あれは都合が悪いから立ち去ったように見えた。
礼拝堂に入った直後に目が合った時、教義中の様子、教義後の教主の受け答え。どれも健康そうだったし、しいて体調を言うなら耳が遠かった事くらいがそうだろうか。
自分が何か粗相をしたとは思えない。
「お願いした後に急に……だから」
ならば死者との対話をお願いした事が原因のはずだ。お願いを聞いた後、教主は逃げるように立ち去って行ったのだから。
しかしその理由が分からなかった。
ベンチで考え込んでいると、前の通りを男の老人と小さな子供が手を繋いで通り過ぎて行った。少し前の親御三人と同じ仲睦まじい様子だった。祖父と孫だろうか。
プラチナはふるふると頭を振ってアルマンの事を思い出した。
「……うん、旅行なんてやめて帰ろう」
死んだ母との対話と父が自分を幽閉した理由を知りたい気持ちはあるが、今は家に残してきたアルマンを想う気持ちが強くなっていた。
四年前、不憫に思って外の世界に連れ出してくれた祖父にこれ以上我儘を押し付けるわけにはいかない。家で自分の帰りを心配して待っているのだから。
(もう教会には入れないし……ね)
そう結論付けるとプラチナは立ち上がり、空になった紙コップをゴミ箱に投げ捨てた。
しかし旅行をやめるとしても、帰りの汽車に乗る前にお土産を買ってもいいはずだ。途中の停車駅や宿泊先でもいい。
家に帰った後に、初めて訪れた土地で買ったものを見てもらって、味わってもらって、話をして喜んでもらう。
うん、それがいい。
プラチナは鞄を持って歩き出そうとした。しかし呼び止められて足を止めた。
「そこのお嬢ーさん、お話いいかなー?」
「えっ?」
振り返るとプラチナより少し背の高い、若い女が駆け寄ってきた。
茶色い長い髪で眼鏡を掛けている。ぱっと見少し暗い印象を受けたが声は明るく快活だった。
初対面だがプラチナはその女が何者なのか分かった。
「ごめんね、ちょっと聞きたい事があってねー」
「もしかして太陽の騎士団の人、ですか? ハゲが治る洞窟の」
「おっ、知っているなら話が早い。太陽の騎士団員のテッカ・バウアーです。よろしくね」
テッカ・バウアーと名乗った女はにっこりと笑って自己紹介した。
太陽の騎士団とは五年前、世界規模の戦争からの復興を成し遂げた組織である。
プラチナにとっては何故復興できたのかと理解不能だが、スター・スタイリッシュという少年がハゲが治る洞窟を見つけたおかげらしい。
今では世界中から人々がその場所を目指し集まり、その洞窟周辺は「ハゲが治る洞窟がある街」と言われるまで発展していた。しっかりとした街の名前は募集中との事だ。
当然太陽の騎士団は有名だ。
ハゲが治る洞窟を見つけて復興を成し遂げた話は、アルマンと住んでいる田舎まで届いていて、新聞でも見た事がある。
今テッカが着ているコートも騎士団のもので写真で見覚えがあった。
いつか旅行に行ってみたいと思っていた街を統治している組織の人が、一体何の用だろうとプラチナは首を傾げた。
「それで、御用件は……?」
顎に手を当てて少し考え込んだ後テッカが言った。
「うん。実はある噂の真偽を調査するためにこのタミヤの街に派遣されて来たんだけど」
「ある噂……?」
「それがちょっと信じられない噂でね……」
テッカが口元に手を寄せて小声で続けた。
「死者との対話」
「えっ!?」
「を、あのハゲ教主ができるらしいんだよね」
プラチナは思わず目を丸くした。まさか話の内容がそれだとは思わなかった。
やはりあの教主は死者との対話が可能なのだ。しかし、それならどうして逃げるように立ち去ったのか。疑問が膨れ上がってくる。
「私もね、礼拝堂にいたんだよ。さっきの教義で」
「えっ、いたんですか?」
「調査だからね。勿論この眼鏡とかコートを取って太陽の騎士団と悟られないようにしたけど」
テッカは眼鏡を外してコートを脱いで鞄にしまった。
確かに今、腰に手をやって立つ姿は太陽の騎士団とは分からない。どこにでもいる普通の大人の女性に見える。当たり前だが。
「で、教主見たさに一応教義を聞いてみたんだけど……まあ特に内容に問題はなかったよ。当然だけど」
「全然気付きませんでした……」
「あはは、そりゃそうだって……おっと、名前聞いてもいい?」
「プラチナです」
「ほうほう、プラチナ……ね」
テッカの様子を見て、アリエールと続ける必要がなさそうでプラチナは安堵した。王の娘なのだからファミリーネームは簡単に出さないようにとアルマンに言われているからだ。
テッカはプラチナをベンチに座るよう促し、言った。
「それで教主に直接聞くのもどうかなあ、って思っていたら教義終了後に金髪の少女が教主にアタックしていって」
「今に至る……という事ですね」
「そういう事。いやぁびっくりしたよ」
テッカは鞄から透明袋に入った乾燥された果物を出して食べた。二つ取り出してプラチナに向けた。
「食べる? お近づきの乾燥マンゴー」
「あ、頂きます……」
プラチナは乾燥マンゴーを口に含んだ。甘くて噛み応えのある食感が口の中に広がる。
テッカはそれを眺めながらプラチナが食べ終わるまで待った。
「本題に入るね。あのハゲ教主が死者との対話をできるのをなんで知っているのかを聞きたいの。教えてくれる?」
「……それは、その」
少し言い淀んでしまう。
田舎で買い出し中に聞きました、と言えばいい。しかし何となくそれは憚られるような気がした。
今出会ったばかりのテッカ・バウアーという人物にただの噂話を伝えて変に思われないだろうかという気持ちと、アルマンにこれ以上の心配を掛けていいのかという気持ちがあったからだ。
だか母とまた話したい気持ちと、父の事を知りたい気持ちも同時に存在する。
もし話せば、テッカを通して死者との対話ができるかもしれない。一度はもうやめようと考えたのに、可能性を感じてしまうと諦めきれなくなる。
逡巡して、プラチナはこれまでの経緯をテッカに話した。田舎で男女の会話を聞いた事、お願いした後の教主の反応を。
伝え終わった後、テッカは腕を組んで唸った。
「うーん、田舎の男女の会話ねえ」
「その、テッカさんはどうやって教主の事を知ったんですか?」
「……………………あ、ごめん。もう一回」
思考の海に沈んでいたテッカは聞き返した。なんかデジャヴだこれ、と思いながらプラチナは繰り返す。
「教主の事をどうやって知ったのかって……」
「あーそれね。知ったのは簡単だよ。太陽の騎士団の情報網に引っかかってね」
「情報網?」
「そう情報網。また五年前のような戦争が起きて人々が苦しまないように悪い事をしようとする奴らを察知できるようにね」
「はー、そんなのがあるんですね」
「そうそうあるんですよー」
テッカはおどけるよに言った後、また唸り考え込んだ。少し間をおいてプラチナはそれとなく聞いた。
「それで……えと、どうなんでしょうかね?」
「うん……まあ、プラチナが聞いた時の教主の反応は不自然に見えたね。余裕がなさそうだったし」
「っ! それじゃあ!」
「でもそれだけで死者との対話ができるとは断定できないかな。他の事情があったかもしれないし」
「……そ、そうですか」
膨らんだ風船の空気が抜けて萎んでいくような心持ちにプラチナはなった。落ちて上がった期待がまた落ちていった分、残念に思う気持ちがより一層強くなってくる。
結局、死者との対話は無理なのだ。
その様子を観察するように見た後、テッカは口を開いた。
「ま、とりあえずこんなもんかな。お話ありがとね」
「いえ……お役に立てたのならよかったです」
「……なんか元気ない?」
「大丈夫です」
首を傾げるテッカに頭を下げてプラチナは駅に向かって歩き出そうとした。その時だった。
「どうも金髪のお嬢さん」
「あなたは……」
礼拝堂まで案内してくれた枯草色の髪をした信者が現れたのだ。ついさっきまでと同様に素っ気なくて両手を腰の後ろで組んでいる。
「そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。私はウベラ。教主カーネがお呼びです。こちらへ」
プラチナは驚いた返した。
「教主様が? でも体調が悪いって」
「ええ、ですが病院で治療をお受けになり良くなったという事で先程の続きをとおっしゃってました。……ところでそちらの女性は?」
ウベラはベンチに座ったままのテッカに目を向けた。
「お知り合いですか?」
「初めまして」
テッカが立ち上がってにっこりと笑って会釈した。
「この子の姉のテッカ・バウアーと申します」
「えっ?」
「姉……ですか? 似てませんね」
「そうですか? まあ主観は人それぞれですし」
「あ、あの」
プラチナは小声でテッカに話しかけた。
「テッカさんが私の姉って……」
「あ、嫌だった? でも妹じゃ違和感あるし」
「そういうわけじゃなくて……その」
プラチナの心を読むようにテッカは言った。
「うん。私も一緒に行こうと思って」
「やっぱり……」
太陽の騎士団の調査で自分に同行しようとしているのだ。
プラチナはテッカとウベラを見て考え込んだ。だがもう既に熟考していた事だ。アルマンの元に帰るか帰らないか。ただそれだけ。
「今、教主様は病院いるんですか?」
「ええ、あそこの病院です」
プラチナの問いにウベラはある病院を指差した。目と鼻の先というほど近い距離ではないがすぐに着きそうだ。
教主にもすぐに会える。やっと母と話せる。ならば決まっている。やはり可能性を感じては諦められない。
心の中でアルマンに謝ってプラチナは言った。
「案内をよろしくお願いします」
「それではこちらへ」
そうしてウベラの後をプラチナはついていった。
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