第四話
マライアの棲家を旅立ち、ただただ歩き続けること、数ヶ月。
バーナードは、世界の果てから故郷の国へとようやく戻ってくることができた。
そして足を踏み入れたのは、シンディやドリス、レイン、何より憎っくき国王が悠々と暮らしているであろう王城だった。
城の守りを突破するのは普通であればそれなりに苦労するだろうが、バーナードの拳とマライアの狼獣人特有の鋭い牙を振るえば簡単に侵入できる。
そして――。
「シンディ」
プラチナブロンドを輝かせる可憐な聖女を見つけ、なんだか懐かしい彼女の名を呼びながら、その背中から腹部まで拳を貫通させた。
勝負はほんの一瞬。裏切られるまでは彼女のことを本当に愛していたし、結婚したいと思っていたはずだった。なのに不思議と、拳を叩き込んでも涙は出なかった。
「元恋人を殺ったわけだけど……本当に良かったのかな?」
「ああ。清々しい気分だよ」
バーナードは躊躇いなく答えた。彼は先程自ら名乗ったように、もはや勇者でも何でもなかったのである。
「そっか。それはなかなかに、いい返答だね。でもこの分じゃアタシの出る幕がなさそうでビビるけど」
「マライアの出番はこれからだ。頼めるか?」
「もちろん」
マライアは尻尾を俺の体にすり寄せ、嬉しそうに――と言っても狼獣人だから表情の変化はわかりづらいけれど――微笑んだように見えた。
シンディのいた場所から国王の間まではすぐだった。
扉に行き着くまでに影に潜んでいた近衛騎士が飛び出してきたが、それらはバーナードたちの障害になり得なかった。当然である。魔王を倒した男とやり合って、勝てる者などほぼいない。
「入るぞ」
マライアにそう言って、バーナードは金に輝く扉をこじあけた。
こじあけたというよりは、剣で扉を縦に両断し、ぶっ壊したという表現の方が正しい開け方ではあったが。
中には、ベッドで戯れる三人の姿があった。
国王。女戦士ドリス。そして、女魔法使いのレイン。
「――――――」
バーナードはしばしその光景を見つめた後、そっと後退ってしまう。
……まさか真っ最中だったとは思わなかったのである。戦いに臨む興奮やら何やらで嬌声を聞き逃していた。
裸の国王はこちらを振り返って固まり、女戦士ドリスは呆けていて、一方でレインはすぐに魔法を繰り出そうとしている。
「怖気付いてる暇はないよ。で、私の出番ってのは」
マライアの声でバーナードはようやく我に返った。
「ドリスとレイン――女二人を引きつけておいてほしい。無手のドリスはともかく、レインはかなり強い」
バーナードほどではないが、魔王城付近の魔物を一掃できたくらいの力は持っている。いくら相手が真っ裸の少女とて油断してはならない。
「その間にあんたは国王の首を叩き折ると」
「ああ、そうだ」
小声でやり取りを交わした後、バーナードはグッと握り拳を固めた。
――勇者を死なせておきながらのうのうと暮らしていたらしい国王たちに、たっぷり思い知らせてやろう。
国王という座につくこの男も、裸でガタガタ震えていると威厳の欠片も感じられない。
こんな男に命じられて、後で裏切られると知らずにのこのこと魔王討伐に行った自分が腹立たしくなるくらい、国王は弱く情けなかった。
「王様。俺が誰だか、わかるか」
血に塗れたバーナードの姿を見て、国王はこれが勇者の成れの果てだなんてわからなかったようで、首を振った。
「勇者だった男だよ。王様が辺境の村から呼び寄せて、褒美をやるからと言ってお付きの女たちと一緒に送り出し、そのまま帰らぬ人となった、あの勇者だよ」
「勇者……!? 噓を言うでないわっ。勇者は死んだと確かにシンディが」
「さすがに最期は見たくなかったらしくてな。俺が魔物に囲まれた瞬間、どっか行っちまったよ。剣もなかったしボロボロだったから、どうせ死ぬと思ったんだろ。事実、死にかけだったし」
口元に笑みを浮かべながら、バーナードは国王ににじり寄っていく。
それだけで恐怖の限界を超えた国王がほんの少し失禁してしまったらしく、尿の臭い匂いがした。
「ひっ。ゆ、許せ。あの指示は必要なものだったのだ。そうでなければ国は――」
「それにしても酷いよなぁ。俺、一生懸命に魔王討伐をやったんだぞ? 皆に望まれる勇者として。もちろん褒美のためはあったけど、だからこそ全力だったさ。
なのにあの仕打ちは、ないだろ」
逃がさぬよう、国王の肩に手をかける。
恐怖と無理解と拒絶で歪む国王の顔。それを見て、バーナードは笑いそうになった。
ずっとこれが見たかったのだ。
その時、「陛下!」と叫ぶ悲鳴のような声が聞こえた。
マライアの鉤爪にやられ、右足を丸々抉られて倒れる女戦士ドリスだった。
鍛え上げられて美しかった肢体は緩みに緩み、見る影もなくなっている。
よほど国王の愛人としての日々を満喫していたのだろう。彼女に愛を囁かれていた旅の日々を思い出し、苦々しい気持ちになった。
「謝れとは言わない。命乞いをしろとも言わない。
ただ、後悔しろ。勇者を道具として見て、要らなくなったから簡単に捨てる――そんな行いをしたことを、ただ後悔しろ」
勇者は魔王を倒すため、神に選ばれた存在とも言われている。
それを私利私欲に駆られ、ここまで好き放題やってくれたのだ。これは当然の報いだ。
勇者でなくなったただのバーナードは、手刀を国王の首へ全力でぶつける。
直後、首が胴体から切り離され、鮮やかな鮮血を撒き散らしながらぶらんと垂れ下がり、虚ろな目で元勇者を見上げた後、国王は動かなくなったのだった。
非常に呆気ない出来事ではあったものの、バーナードは復讐をやり遂げたのである。
彼は血まみれの笑みを浮かべていた。
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