第三話
マライアは、この世界において魔族の次に敵視される獣人族の少女だった。
二足歩行ではあるが、獣の頭部、尻尾、爪などの特徴を持つのがほとんど。彼ら彼女らは皆が野蛮と人間の国では信じられていたし、バーナードも彼女に出会うまではそう思っていた。
だが、それが間違いだったとバーナードは知ることになる。
「肉、獲ってきたよ。はいあーん」
「もう自分で食べられるって」
「そう? まだお腹の傷、治ってないんだから養生した方がいいと思うけど」
狼の尾をバーナードの体の傷の具合を確認するようにそっと巻き付けながら、マライアが首を傾げる。
バーナードは過保護な彼女に苦笑しつつ、ありがたく肉を頂いた。
ズタボロだったバーナードを看病し、ご飯――と言っても生肉だが――を用意してくれる彼女は、凶暴そうに見える顔に反して、とても優しい。
この小屋の付近は魔物がわんさかいて、決して安全とは言えない。それなのにわざわざバーナードの分まで狩りをしてきてくれるのだ。
どうしてこんなに良くしてくれるのかと聞いてみると、当たり前のような顔でマライアは言った。
「別にアタシが特別優しいってわけじゃないよ。狼獣人の
「他の仲間たちはどうしたんだ?」
「皆殺しにされたよ、人間たちに。幸運か不運かはわからないけどアタシだけが生き残って、ここまで逃げてきた」
「……ならどうして俺の世話をするんだ。人間が憎くないのか」
「憎いよ。とっても憎い。でもあんたはなんか、普通の人間とは違う目をしてたから」
狼らしい鋭い瞳が、バーナードを見るだけほんの少し柔らかくなる……そんな気がするのは気のせいだろうか。
きっと気のせいなのだろう。バーナードは所詮、シンディたちの演技に騙される程度の目しか持っていないのだから。
「ありがとう、マライア。お前のおかげで助かってる」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
彼女との静かな生活はしばらく続いた。
そして三ヶ月後――バーナードは意を決し、マライアに頼み込んだのだ。
「俺と一緒に、人間に復讐してくれないか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜、ふと目を覚ましてはシンディは勇者のことを思い出してしまう。
愚かで哀れで、ひたすら滑稽だった彼。甘い視線と口付けだけでこちらの意のままになって捨てられた、王国の玩具にされた男。
可哀想だとは思う。彼はまっすぐで穢れがなかったから。
しかし、美しき姫君は口元に歪な笑みを浮かべて呟いた。
「……ふふ、ごめんなさいね」
勇者は魔王との戦いの中で戦死したことになっている。
魔王討伐の功績のほとんどはシンディのものとなり、彼女は大勢の民に愛されるようになった。
そして近年力を失い続けていた王家の求心力は戻り、シンディも好きな相手と結婚できるようになるわけだ。
「あぁ……陛下、陛下ぁっ!」
「陛下、ちょっとやり過ぎだよぅ〜」
……などと考えていると、シンディの父である国王の寝間から女二人の嬌声が聞こえてきた。
片方は女騎士ドリス。そしてもう片方は女魔法使いのレインだ。今は国王と
彼女らは国王の数いる愛人で、魔王討伐の褒美として最近は毎日のように相手にされているようだ。
今年で二十歳になるドリスはいいとして、レインはまだ十二歳。本当はまだ愛人になるべきではない年齢だが、シンディは見て見ぬふりをしている。
嬌声をあまり耳にしたくなくて、シンディは自室を離れ、暗い廊下に出た。
魔王は封印され、国は平和になって栄え、戦いの功労者たちは皆それぞれ幸せになっている。
これで、いいのだ。これで――。
「シンディ」
不意に、背後から声がした。
「何者!?」と言いながら振り向く。と同時に聖女の結界を張ろうとして……気づいた。
自分の体が、横倒しになっていることに。
熱い。腹のあたりが、猛烈に熱い。
見るとネグリジェいっぱいに赤いシミができていた。どうしてこんな汚れが、と思った直後に、腹部から飛び出た拳を見つける。
理解が追いつかない。
「シンディ、久しぶり。俺のことを覚えてくれてたら嬉しいんだけど」
シンディの顔を上から覗き込むようにして見つめているのは、茶髪に茶目の地味な、どこにでもいそうな平民の少年。
シンディには、彼に見覚えがあった。あり過ぎた。
「ゆう、しゃ――」
「俺はもう、勇者じゃない。勇者は魔物に食い殺された。だからここにいるのは、ただの復讐者だよ」
そう言って笑う彼の隣には、見知らぬ少女がいた。
凶悪な顔にもさもさの尾を見ればすぐにわかる。獣人族だ。それも、この国に住み着いていた故に騎士団の手によって数年前に絶滅させたはずの狼獣人。
それが、どうしてここに。
シンディは何もわからぬまま、静かに目を閉じた。
彼女が目覚めることは二度となかった。
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