第二話

 傷つきながら進んで、また傷ついて、それでも諦めなかった。

 魔王城に到達し、いくつものトラップを乗り越え、やっとの思いで迎えたラストバトル――対魔王戦。


 血反吐を吐く思いで戦って、勝って、魔王を倒し封印した。

 レインが途中で魔法切れになり、ドリスの剣がへし折れてしまったので女性陣の参戦が厳しく、ほぼ一人でバーナードが奮戦したと言っても過言ではないだろう。


 ボロボロと崩れていく魔王城。シンディが張った聖女の結界のおかげで破片に押し潰されることなく、無事に脱出することができた。


 これでようやく国に帰れる――満身創痍のバーナードは安堵の吐息を漏らした。


「魔物討伐お疲れ様でした。この度のご活躍も最高に素敵でした!」


 キラキラした笑顔でシンディが言う。

 彼女は傷一つなく、美しいままだ。彼女を守り切れたことをバーナードは誇りに思った。


「ありがとう。これでようやく、だな」


「はい、ようやくですね。私、今とっても嬉しいです」


「俺も嬉しいよ。だって姫様と……シンディと、結婚できるんだからな」


 静かに微笑んだシンディが、バーナードに顔を近づける。

 そのまま甘い口付けを――と思いきや、そうではなかった。


「ふふっ違いますよ。――私はですね、ようやくあなたと別れられることが嬉しいのですよ、勇者様」


 それからの出来事は一瞬だった。

 彼女はバーナードをまるでゴミクズを見るような目で突き飛ばし、転がした。そしてそれと同時に聖女の結界から彼だけが外される。


「――勇者様には、魔物の餌食となっていただきますね」


 シンディの背後では、ドリスが腕を組み、レインが小悪魔的な笑みを浮かべている。

 誰一人として、バーナードを救うつもりのある者はいなかった。


「お前のような汚い平民風情にはお似合いの最期だろうよ」

「くすくす……。レインたちのために戦ってきたのにレインたちに裏切られるバーナード様、なんて滑稽なの〜! 可愛いなぁ。食べちゃいたいくらい可愛いけど、バーナード様は魔物のご飯になるんだもんね」


「どうして……!」


 そう言っている間に、元々は魔王城を守護していた行き場を失った魔物が無防備なバーナードを見つけ、集まってくる。

 百はくだらない数の魔物たちに囲まれた彼は、勇者のための盾も全身に纏っていた鎧もバキバキで、剣も魔王との戦いの中で失っており、ケダモノどもから身を守る術を持たなかった。


「だって、魔王のことをほとんど一人で倒せたでしょう?

 あなたの力さえあれば国家を転覆させることは容易。そんな力を持つ者を野放しにしておくことはできませんから、最初から始末するつもりでした。

 でもそれを悟られては困るでしょう? ですからこうして、騙し続けていたというわけです。

 勇者様は本気で私と結婚できると思っていらっしゃったようですが……」


 婚約指輪が彼女の美しい指から抜き取られ捨てられて、ハイヒールの踵で粉々に砕かれた。


「私からの愛が、本当にあるとでも思いましたか?」


 シンディの声が、目が、嘲笑うような口元が、今までの全ては演技に過ぎなかったのだと物語っていて。

 ……信じていたものが全て色褪せ、剥がれ落ちていくように感じた。


「さようなら、勇者様。あなたが世界を救ってくださったことだけは、感謝していますよ」


 シンディたち三人は魔王城の跡地を立ち去っていく。

 あとは血の匂いに湧き立つ魔物と、地面に倒れたままのバーナードだけが残された。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 胸の中に、やるせない怒りだけが渦巻いていた。

 その怒りだけを武器に、次々に襲いかかってくる黒いケダモノたちを薙ぎ倒していく。もはやそこに気高き誇りやら正義やらというものは何もなく、ただただ突き進むだけだった。


 裏切られた。自分は、裏切られたのだ。

 愛し愛されていたはずの相手にも、共に戦い信頼し合ってきた仲間たちにも。

 ……それどころか最初から全て偽りでしかなかったと知らされた。何もかも国王の掌の上だったのだろう。


 仲間たちへの愛と信頼は憎悪と怒りに変わり、赤く染まる拳が低く唸った。


 進んで、進んで、進み続けて。

 真紅に染まる少年――勇者バーナードは、ある声に救われることになった。


「珍しいね、こんなところに人間が迷い込むなんて」


 その時初めて、バーナードは我に返った。

 いつの間にか自分が寂れた小屋に行き着いたこと、そして目の前に見慣れない少女がいることに気がついた。


「……お前、は」


「初対面なのにお前呼びはどうなの? まあ別に構わないけどさ。

 いいから家の中に入りなよ。そのままじゃ死んじゃうでしょ?」


 少女はそう言って、バーナードを家に連れ込んだ。


 それが後に仲間となる彼女、マライアとの出会いだった。

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