捨てられ勇者は国王の首を叩き斬る 〜裏切り者への復讐を〜

柴野

第一話

 ――様々な苦難を乗り越え、旅を共にしてきたはずだった。

 ――世界に平和をもたらすためという人の身には重過ぎる使命を背負い、協力して戦ってきたはずだった。

 ――時に喧嘩し、時に泣き、時に笑い合いながら、友情を築いたと思っていた。


 けれど、そんなのはただのまやかしでしかなかったのだと、突きつけられる。

 見せかけの友情は、絆は、とある少女のたった一言で終わりを告げた。


「――勇者様には、魔物の餌食となっていただきますね」


 何の罪悪感もなさそうな顔で笑うのは、プラチナブロンドに淡い水色の瞳の可憐な聖女。

 聖なる乙女であると共に某王国の姫君の彼女の名は、シンディ・ノア・ブロンテという。


 今まで何度も愛を囁き合った彼女は、目の前の少年――勇者バーナードに死の宣告をする。

 その直後、バーナードの周りには無数の黒いケダモノの群れが現れた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 とある寒村で生まれ育った少年バーナードが王宮に初めて足を踏み入れたのは、彼が十五歳の時のこと。

 彼はその日まで、きっと自分は王宮とは一生縁がないに違いないと思っていた。どうしてそんな彼が王宮に向かうことになったかといえば、彼が勇者に選ばれたからだった。


 勇者というのは、魔王から世界を救う英雄のこと。

 一千年に一度蘇っては、人間へ害をもたらす魔王という邪悪を唯一封印できるのは勇者の剣だけであり、それを持つことができるのは世界でたった一人、資格のある者のみ。

 それに平凡過ぎるほど平凡な農民の少年だったバーナードが選ばれたのだった。


「お主にどうかこの国を、いや世界を救ってほしい」


 王座の間で対面した国王はバーナードに懇願した。

 所詮平民のバーナードが王族、それも国王の願いを断ることなど出来ようはずもない。あれよあれよという間に勇者に仕立て上げられ、旅に出ることになってしまった。


「無理です王様。俺一人でなんて……」


「なら、仲間をつけよう。我が娘であり聖女のシンディ、女騎士ドリス、魔法使いのレインの三人だ」


 国王が命じると、三人の女性がやって来た。


 プラチナブロンドが美しい、年頃の姫君であるシンディ。

 女騎士ドリスの鍛え上げられた体は魅力的で、幼女と言ってもいいほどに小さな女魔法使いレインは可愛い。


 今まで田舎娘たちしか知らなかったバーナードは、彼女らの美しさにそれはそれは驚いたものだ。


「初めまして、勇者様。なんと素敵な殿方なのでしょう。これから手を取り合いながら魔王らと共に戦いましょうね」


 ニコリとシンディに微笑まれたバーナードは、運命を感じてしまった。


「魔王を倒せば勇者への報酬として何でも一つ欲しいものを与えよう」


 バーナードはその出会いの一瞬で、シンディが心から欲しくなってしまっていた。

 だから国王の言葉に素直に従い、シンディ、ドリス、レインの三人と共に旅に出た。


 そのために魔王討伐を頑張ろうと決めたと言っても過言ではない。




 魔王討伐の旅は、危機の連続だった。

 魔物に襲われ、シンディ姫が拐われたこともあるし。

 魔王軍の幹部との戦いに苦戦し、レインを庇って左腕を失ったりもした。


 それでもバーナードは苦には思わなかった。

 だって……。


「バーナード様、愛しています」


 ある晩、月の見える荒野でシンディに告白された。

 水色の瞳でまっすぐ見つめられ、心臓が跳ね上がる。月夜の下で聖女の白いドレスが輝いて見えた。


 薄々そんな気はしていたのだ。誘拐されたシンディを助けた後から、シンディが見つめてくることが多くなっていたから。


「俺なんか、姫様とは釣り合わねえよ。それでもいいのか?」


「勇者様がいいんです。

 私を助けてくれた時、惹かれて……恋、してしまいました。

 あの……ええと、婚約、してくださいませんか」


 恥ずかしそうに言うシンディから目が離せなくなって。

 バーナードは、気づいたら頷いていた。


「いいよ。この旅が終わったら、な」


「はい……!」


 シンディは泣いて喜び、バーナードに抱きつく。バーナードは静かに彼女にキスをした。

 その翌日、二人はお揃いの婚約指輪を買うことになったのだった。


「ワタシも姫様に負けていられぬな」

「えぇ〜ずるい! レインもバーナード様と結婚したい! 結婚! バーナード様、レインの方が可愛いでしょ〜?」


 その後から急に、実はバーナードに惚れていたらしいドリスとレインに迫られたせいでシンディが拗ねたり、主に女性関係を理由に大喧嘩もして、大変だったけれど。

 そんな日々がバーナードにとってはこの上ない幸せだったのだ。


 村での貧しい暮らしより、ずっといい。

 ――こんな毎日が、いつまでも続けば良かったのに。

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