第四十一話 帝国の皇太子とご対面

「そうそう、許可が下りましたのでケヴィン様の元へお連れしますわ。ジル嬢、アロッタ未亡人をお運びくださる?」

「え、どうしてわたしが? 使用人にやらせれば……」

「いいですから。ケヴィン様を待たせるわけには参りませんの」


 そんな会話の後、嫌々ながらに私の体はジルに抱え上げられた。

 だが小柄な彼女に長身な私を支えるのは厳しいらしく、かなりふらふらしている。だがジルを振り返ることすらせずにフロー公爵令嬢は先先歩いて行ってしまうのでジルは追いかけるのに一苦労している様子だった。

 どうやらフロー公爵令嬢はケヴィン様とやら……つまり想い人の皇太子のことしか頭にないようである。初恋の人のために戦争を起こした私はなんだか共感してしまったが、しかし今は共感している場合ではない。


(きっと私の誘拐を計画したのはジルだけではなく皇太子もなのでしょう。とりあえずそこでうまく解放してもらえるように話を運ばなくては)


 ……そんなことを考えているうちに、それまでズンズンと進んでいたフロー公爵令嬢が大きなドアの前で歩みを止めた。

 一眼でわかる。そこが皇太子の部屋に違いない。彼女がノックすると、中から入るようにと声がし、扉が開かれた。


 ドアの向こうは広間だった。

 インフェの王城といい勝負、いや、それ以上に豪華な一室だ。煌びやか過ぎて目が痛くなるほどの壁に埋め込まれた宝石の数々、床に敷き詰められた真紅の絨毯。そしてその絨毯の先、薄青の光を放つ帝座の上に、私と大して歳が変わらないと思われる青年が腰掛け、ふんぞり返っている。


「シェナ、ジル、ここまでご苦労であった。下がって良いぞ。後で褒美は取らせる。

 さてと。どんな女かと思えば、ただの小娘ではないか。貴様がエメリィ・アロッタなのか」


 ジルに地面にゴロリと転がされた私は、横たわったままで皇太子を見上げた。

 藍色の髪に燃えるような赤の瞳の男だ。顔形は美しいが、彼の心根はどうやら腐っているようだった。


「おはつにお目にかかります。おっしゃる通り、私はジェード・アロッタ元公爵の妻、エメリィ・アロッタでございます。仮にも隣国の公爵家の者に対し、その態度はどうかと思われますよ、皇太子殿下?」


「ふん。不敬なのはそちらだぞ、エメリィ・アロッタ。貴様が散々姑息な手で我が帝国の兵を侮辱したこと、調べはついている」


「戦争というものは、どんな手段でも勝てばいいのです。それにジェネヤードはインフェに正式に投降したはずでしょう。そちらの方が姑息なのでは?

 私が憎いなら、正式に決闘でも何でも申し込んでくだされば良かったのに。王国法で決闘は禁止されておりますが、帝国ならば問題ないでしょう?」


 挑戦的な視線で皇太子を見上げ、私は悪女の笑みを浮かべる。

 このまま決闘に持ち込み、解放された折を見て逃げ出せれば最高だ。しかしもちろんそんなうまくいくはずが……


「ふむ。前言撤回だ、面白い女だな。そういうことなら余が貴様の舞台を用意してやろう」


 ――あった。


 「ケヴィン様!?」傍に控えていたフロー公爵令嬢が驚いて声を上げた。「そんなことをなさって大丈夫ですの? もしもケヴィン様のお体に傷一つでもついたら……」


「シェナ。まさか余が負けるとでも思っているのか? こんな小娘ごとき、多少腕に自信があろうとも屈する余ではない」


 しかも、代理を立たせるのではなく本人同士でやるつもり満々である。この皇子、よほど強いのだろうか。まあ例え弱いとしても真っ向からぶつかり合えば私に勝ち目などないのだが。そもそも腕に自信があるわけでもないし。


 しかし皇太子と違って私の思惑をきちんと見抜いたらしいジルは、フロー公爵令嬢とはまた違った意味で慌てた。


「皇太子殿下、彼女は拷問の後、処刑するというお話でしたでしょう。うっかり逃げられでもしたらどうするのです。こんな悪女の言い分を聞こうなど、正気の沙汰ではありませんわ!」


「ぬっ。貴様、余を侮辱するか」


「ともかく! その悪女ならわたしにお任せください。絶対痛い目見させてやりますから! 殿下はこの女を締め上げるだけでいいですから!」


「ならん。この女を真に打ちのめしてこそ、痛めつけ甲斐があるというものだ」


「でも!」


「ジル嬢。ケヴィン様のお言葉を聞き入れられないのなら、この城から出て行っていただかなくてはなりませんわ。それでもよろしくて?」


「……っ」


 ジルの必死な訴えはケヴィン皇太子とフロー公爵令嬢の前に散り、何の意味もなさなかった。

 私はそのことに内心ホッと安堵していた。


(助かりました。馬鹿な皇太子のせいで命拾いしましたね……)


「決闘は明日だ。完膚なきまでに打ちのめしてやるから楽しみにしていろ」


「承知いたしました。ではそのためにも、明日までの間の高待遇を求めてもよろしいでしょうか?」


「ああ、構わんぞ」


 やはりというか、あっさりと承認された。

 帝国の皇太子は意外とちょろい。それが私がこの場で得た重要な情報であった。

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