第三十八話 復讐の幕は開けた 〜sideジル〜
囚われのお姫様――いいえ、悪女を見つめながら、わたしは優越感に口角を吊り上げる。
ああ、やっとだ。ここまで来るまで長かった。
わたしに散々苦しめ、恥をかかせてきた元凶。何よりも憎い女。
それが今、手足を縛られた状態でわたしを睨みつけている。
「……あなた、生きていたのですか」
「生きてたに決まってるでしょ。まさかわたしが死んでいたとでも? 馬鹿なお義姉様。こっちはあんたのせいで苦労したってのに、その間あんたは公爵邸で呑気に過ごしてたんでしょうよ。いい気なものよねぇ。でもそれも今日までよ、戦勝の女神様?」
思わず笑みが込み上げて来る。
勝った。これで勝った。ようやくわたしは勝てたんだ。
喜びが胸の底から溢れ出す。わたしは歓喜の中で、今までのことを思い返していた――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(ああ、腹が立つわ)
ジェネヤード帝国の司令塔がやられ、もはや戦況は壊滅的だと聞かされた時、わたしは荒れに荒れた。
どうして皆エメリィに従うのか。
あんな悪女を信用し、言いなりになるあの国の連中が信じられない。そしてその愚か者たちの真ん中で平然と微笑むあの女――エメリィが何よりもわたしの精神を逆撫でした。
絶対殺せると、思っていたのに。
どうして失敗したのかわからない。帝国と組んであれほど莫大な兵力を投入すれば、間違いなく弱小のインフェ王国は壊滅に危機に瀕するはずだった。エメリィの絶望した顔を見られるはずだった。
なのにあの悪女は絶望するどころか、国を救って女神扱い。どうやって味方をつけた? 普通に考えれば彼女がそんなこと、できるわけがないだろうに。
どこまでもわたしの上をいく彼女が憎い。
権力も、地位も、容姿も、頭脳も信頼も。やはり全て彼女の思い通りで、わたしは負け犬にしかなれないのか。
腹立たしい。
全てを持っているくせに。少しくらいわたしに分けてくれたっていいじゃないの。
恨めしい。悔しい。――負けたくない。
「ケヴィン様……これからわたくしどもはどうすればよろしいんですの……?」
フロー元公爵令嬢が狼狽え、震える声で皇太子に縋っていた。
しかし当の皇太子も策を思いつかないのか、敗戦という事実を前に項垂れているだけ。本当に使えない。信用したわたしが馬鹿だった。
こんな終わり、許していいはずがない。
だってわたしはまだ、復讐できていない。エメリィを見返してこそわたしの目的は果たされる。こんなところで終われるものか……!
でも、帝国という強大な力をもってしてもエメリィを潰すことはできなかった。
ならどうすればいい? おそらく知略には向いていないだろう頭で、わたしは精一杯考える。
そして、ふと、閃いたのである。
そうだ、簡単な話だ。
この戦争に勝てなかったのはエメリィのせい。エメリィを殺せなかったのは彼女が策略を巡らしたせい。
なら、彼女に反抗の余地も与えない方法で潰せば。
「皇太子殿下、直ちに敗戦を認めてください」
「何を馬鹿なことを。それでは、インフェの思い通りになるではないか。貴様、その意味をわかっているのか」
「わかっています。だからこその提案ですわ」
わたしはこう考えた。
エメリィが王国の司令塔代わりになっているのだとすれば、こちらも同じように徹底的に狙ってやればいいのだと。
だが戦争中では無理だろう。だから一旦戦争を終わらせて油断させてから、エメリィを襲う。
エメリィという邪魔者さえ取り除いてしまえば、後はもう一度インフェに戦争を仕掛けるなりなんなりするといい。元々わたしの目的はあくまでエメリィに復讐すること。だからその後のことなんて正直どうでもいいのだけれど。
それからはわたしの思い通りにことが運んだ。
表向きは敗戦を認めたことにしておき、その裏側ではエメリィを捕獲するための特別な軍隊を結成させ、王国に向かわせる。きっと王国は歓喜に包まれ祝賀ムードになるだろう。その中に盗賊の格好をさせた小さな隊が一つ入り込んだところで誰も気づきやしない。
アルト・ウィルソンが居合わせていたのは意外だったが、彼が目を離した隙に攫えば大した問題ではなかった。
そして今、エメリィはわたしの目の前にいる。
「ジルもジェネヤードと手を組んでいたとは……。ジル、今すぐインフェ王国に帰らせなさい。帝国が仮にも公爵夫人である私を拉致したとなったら、どれほどの大問題になるかわかっているのですか」
「わかってるわよ、そんなこと。でもいいの。別国と手を結んででももう一回インフェには戦争を仕掛けるつもりだから。まあ、わたしはそこら辺はよく知らないけどね。
どう、悔しい? 憎たらしい? 殺してしまいたいほどわたしが嫌い? ええ、ええ、そうでしょうね。でもわたしはもっとあなたが憎い」
「私が憎い? ふざけないでください。私を十年間いたぶり、やりたい放題振る舞っていたあなたが?」
やはりこの女は、エメリィは、何もわかっていない。
伯爵家にいた頃、わたしがどんな気持ちで毎日彼女を見ていたのかを。伯爵家を潰されてから、わたしがどれほど彼女を嫌い、妬んだかということも。
「復讐の幕は開けた。わたしが今までどんな思いをしていたか、たっぷりと教えてあげるわ。だからこれからよろしくね、お義姉様?」
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