第三十五話 戦勝の女神様?

 王城の中でも最も高い位置にあるこの塔からの眺めはとてもいい。

 インフェ王国が一望できる。きっと今眺めている景色のどこかにウィルソン侯爵家もあるのだろう。


(アルトは今、何をして、どんなことを考えているのでしょうか)


 あの話し合い以来彼とは会っていない。

 彼の中で私という存在がどのように変化しているのか、気になってしようがなかった。

 戦争に勝つために奔走しつつ、しかし私は今もこうしてアルトのことを想っている。アルトも私のことを想っていてくれたらいいのに、と考えて、己の身勝手さに苦笑する。


 何はともあれ、今は婚約の許可を取り付ける条件を整えなくては。

 もうすぐ帝国軍がやって来る。私は指揮官として、戦いのイロハもわからないというのに、騎士団を動かさなければならない。


(それにしても全くの素人にこんなことを任せるとは……あの王子はあの王子で相当変人ですね。王族にまともな人間は一人もいないのかも知れませんけれど)


 今頃兄弟喧嘩――つまり兄との殺し合いを繰り広げているであろうヘイドリック第二王子。

 彼に代わって私は今、ここに立っている。もちろん戦争の前線に出て来るつもりは全くなかったのだが、こうなった以上は仕方ない。今頃は帝国入りして司令塔にでも辿り着いているはずの侯爵家の私兵団、つまり奇襲組の成功を願いつつ、できる限りこの役目を全うするだけだ。

 アロッタ公爵家本邸付近に騎士団が配置され、今か今かと敵を待っている姿が見下ろせる。その他にも私が集めた戦力が集結しており、その上ジェシーが雇ったと思われる護衛も多くいて、守りは盤石だろうと思えた。


(これだけいれば帝国兵が一斉に攻めて来たとしても、一晩で陥落することはないでしょう)


 などと考えていたその時、ふと視界の端に何か動く巨大な物体を捉えた。

 否、物体ではない。それは大勢の軍団。よくよく見てみれば、馬に跨った甲冑姿の人々の姿。


「――いよいよ来たようですね」


 あれが帝国兵なのだと一眼でわかった。


 私は慌てて警笛を鳴らした。

 実は事前に警笛で合図を送ることを決めており、私はそれを使って指揮をとる算段になっているのだった。警笛の吹き方や回数によって合図の内容が変わるからこれが難しい。が、とりあえず帝国兵が来たことを知らせるのは成功したらしい。

 それまでただ待っているだけだった騎士団たちが武器を持ち、戦闘準備に入った。ほぼそれと同時に帝国兵が姿を現し、両勢力は真っ向から対峙する。


 そして、私の見下ろす先で、激しい戦いが始まった――。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 それからあった出来事はあまりにも色々あり過ぎた。

 血が、怒号が、絶叫が凄まじかったことだけは記憶に深く深く残っている。

 戦争は決して綺麗なものではなく、最後には獣同士の喧嘩のような汚らしいものに成り果てていたが、どちらも必死なのがわかって、見ているのが辛かった。


 結局、半分以上やられたものの、勝ったのは王国側だった。

 帝国側はかなりの数がいたが、質はそこまで良くなかったらしい。王国騎士流の一辺倒な戦いだけではなく、色々な貴族家からの兵力を集めたことが功を奏して帝国を僅差で上回ることができた。本当にボロボロで、完全に勝利したとは言い難い状況ではあったものの、それでもアロッタ公爵領や王都が帝国の魔の手に侵されることはなかったのである。


 ちなみにヘイドリック王子はその戦いの間に、有言実行で王太子と第三王子の暗殺を行ったらしい。きっと戦争のゴタゴタでその事実は隠されることだろう。


「……これで全てあなたの筋書き通り、ですか」


「いえ、やはりこの結果はあなたの活躍あってこそですよ。戦勝の女神様?」


「何ですかその呼び名は。第一、まだ戦勝が確定したわけではないというのに」


 私が呆れてそう言うと、ヘイドリック王子はニヤリと笑った。


「きっと今頃、帝国兵の司令塔は崩落している頃でしょう。やはりあなたは、戦勝の女神様だ」


 そして、彼の言葉は的中することになる。

 約一日後、アロッタ公爵家別邸で休んでいた私の元にウィルソン侯爵家からやって来た使者が、奇襲の成功を知らせに来たのだから。


 そして帝国が敗戦を認めたのは、それから二日と経たないうちだった。

 たった五十人ほどの侯爵家の私兵団たちに司令塔を潰され、おまけに三つの拠点を襲われた帝国は、たくさんの兵力と武器がありながら敵わなかったのだ。


 皇帝が敗北を宣言し、戦争は終幕となる。

 インフェ王国の完全勝利――開戦当初は予想だにしなかった結果を残して。


「言った通りでしょう、戦勝の女神様」


 ふざけたようにそう言いながら、公爵家別邸にやって来たヘイドリック王子は、数日後に開かれるという戦勝祝賀パーティーへ参加しないかと誘ってくる。

 私は不敵に笑った。


「こんな悪女がパーティーなどに行ったら何か騒ぎを起こしかねませんが、それでもよろしいのですか?」


「もちろん。主役はあなたなのですからね」


「わかりました。ではぜひ参加させていただきましょう」


(パーティーのエスコートは、アルトに務めてもらえれば良いのですけれどね)


 時期尚早とはわかりつつ、しかし私はそんなことを夢想する。


(戦争という面倒ごとが終わったのですから、まずはウィルソン侯爵家に行かないと。そこで婚約の許可を取り付けたあと……)


 私の胸の中に広がる期待と欲望。

 恋心は今も暑く燃え上がり続けている。ああ、今すぐにでも彼に会いたい。そんな気持ちでいっぱいだった。

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