第三十四話 戦争に勝つたった一つの冴えたやり方③
数時間後、王城の一室に通され、用意された豪華な椅子に腰掛けた私は、一人の青年と向かい合っていた。
第五王子とよく似た顔立ちの男だ。白髪でひょろ長く、一見弱々しく見えるが、それでいてその瞳に宿る炎を燃え盛らせており、第五王子とはまるで違う雰囲気を漂わせている。
私は彼を数秒観察し、少なくともただの愚か者ではなさそうだという判断を下した。
「お初にお目にかかります、アロッタ未亡人。わたしはヘイドリック・ドルク・インフェ。一応はこの国の第二王子ということになっている」
「初めまして、第二王子殿下。お会いできて光栄です。
不敬なのは承知の上ですが、この際細かい礼儀のことは横に置き、こうして私を呼び出した理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「それもそうですね。では早速本題を」
彼はやや身を前に乗り出すと、小声で言った。
「あなたの策をまとめたものを拝見させていただきました。実に素晴らしいアイデアだ。ちょうどわたしも奇襲の手を考えていたところだったのです」
「お褒めいただきありがとうございます。
ですが奇襲の手をヘイドリック殿下もお考えだったのであれば、なぜ実行なさらなかったのでしょう? 何か問題でも」
「ああ。それは、わたしの愚兄が絡んでいましてね。
兄である王太子は、はっきり言って無能です。無理矢理に市民たちを徴兵し、帝国軍と戦わせようだなどと考えている様子なのです。
もちろん一般市民が帝国軍に敵うはずがありません。が、兄上は仮にも王太子。父上は放任主義なので、兄の意見が通ってしまっています。その上弟の第三王子も兄の味方で、第四王子は格下の貴族にすでに婿入りしていってしまいましたし、第五王子はまるで役に立ちませんからね。
わたしの意見は誰にもまともに聞き入れられない。そこへあなたが考案した作戦をウィルソン侯爵名義で出してきた。これはわたしにとって幸運なことでした。
アロッタ公爵家、ウィルソン侯爵家が協力してくださるならわたしも兄上と張り合うことができる。この際ですから兄上の勢力を削ぎ落とし、わたしが王太子になってやろうと考えています。それにあなた方の力は必要不可欠だ。だから力を貸してほしいのですよ」
この戦争に乗じて、王位継承権を奪おうとは……どうやら思っていたよりなかなかなやり手らしい。
私は正直、誰がこの国の王になろうが構わない。だが確かに今の話だけで王太子がろくでもない男なのだろうとは想像がつくし、もしも私の自由が奪われるようなことになったらたまったものではない。第二王子の考えは悪くないと思った。
「それで、私に何をお求めで? 私は武器の一つも振るえぬような女ですけれど。
……まさか私に王太子殿下をたぶらかす悪女になれというのですか?」
半分冗談のつもりで言ったのだが、どうやら当たっていたらしい。
ヘイドリック王子は大きく頷いた。
「ええ、そのまさかです。あなたには可能でしょう、アロッタ未亡人? あなたについての話は色々と掴んであります。その上で、あなたになら任せられると思ったのですよ」
つまり私の悪女っぷりを買ってくれているということか。
確かに悪女なら男を惑わせ、死に追いやることなど平気でするだろう。だが――。
「とても素敵なお誘いですね。ですが、お断りさせていただきます。
私、すでに身も心も捧げようと決めた殿方がいるのです。別の男に股を開き、その上でこの手を汚すなど、さすがに悪女な私もできかねます。全てが終わった後、うっかり罪を被せられては困りますしね。
毒を盛るにしろ何にしろ、やるならお一人でやってくださいませ、ヘイドリック殿下」
王太子暗殺の罪に問われ、牢獄の中に放り込まれるような事態になれば私の望みが断たれてしまう。
せっかくもう少しで侯爵から婚約の許可を得られそうなのだ、こんなところでヘマはしていられない。第二王子がしつこく迫って来るようならここから逃げ出して計画を色々と変更しなければ、と考えたが、意外にも返って来た答えは穏やかなものだった。
「そうですか。わかりました。そういうことなら無理には頼みません。失礼を申し上げてしまったことをお詫びしましょう。
ああ、それにしてもあなたは面白い
ですが構いません。あなたの陰ながら応援させていただくとします。
それはそれとして、いくつかあなたに誓ってほしいことがあります。よろしいですか?」
「内容にもよりますね。まあ、もしも拒否した場合は、私はここで口封じで殺されてしまうのでしょうけれど」
「そんな物騒なことは考えていませんよ。
……一つ、ここであったことは決して口外しないこと。二つ、余計な混乱を招く行動をしないこと」
「あら、それだけですか」
「ご不満ですか?」
「いいえ。でもヘイドリック殿下の真意が他にあるような気がしましてね」
そう。これだけの用件でわざわざ私を王城へ呼び出したとは思えないのだ。
目の前の彼はきっと、何か他にも私に言いたいことがあるに違いない。そしてその考えはやはり間違っていなかったようで、ヘイドリック王子が肩を震わせくすくすと笑い出した。
「さすがあなたは鋭い。そうです。先ほどの頼みを断られた場合の本命とでも言いましょうか。もちろんこちらも断られればそれまでの話ではありますが――」
ヘイドリック第二王子は、ほんの少し口角を吊り上げ、言った。
「簡単なことです。わたしが愚兄とその一派を片づけている間、あなたに戦争の指揮をとっていただきたい。お願いできますか?」
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