第三十三話 戦争に勝つたった一つの冴えたやり方②

 翌朝、一晩中色々と考えに考えを重ねた案を私がウィルソン侯爵に話すと、彼は大慌てで王都に使いを走らせ、それと同時に私兵団の準備をし始めた。

 少なくとも私の考えが使えると見たらしい。とりあえずは却下されなかったことに内心安堵しつつ、しかし油断はできない。


 私もじっとはしていられない。

 侯爵邸を飛び出し、向かった先は多くの貴族家。

 もちろん、何の条件も提示せずにただ頼み込むだけでは門前払いされるのは想定済み。実際前公爵閣下がそうだったのだから、二の轍を踏むつもりは全くない。

 とはいえ、私に出せるものは決して多いわけではなかった。この戦時下では公爵領の特産品などを提示しても見向きもされないだろう。そう考えると交渉の手札として使えるものとして真っ先に思いつくのは金だった。

 しかし上級貴族となると金程度では釣られないのはわかりきったこと。でも、


(それならそれで構いません。下級貴族の力も色々と使い道はありますからね)


 敵国へ奇襲をかけるには、まず密入国ルートを探る必要がある。

 元公爵閣下はそれを知っていたようだが、生憎私は知らないし、何の資料も残されていなかった。ので、敵国と付き合いのあった末端貴族などと交渉し、うまく情報を収集したいところだ。そのついでに戦力もできるだけ確保しておきたい。


 うまくいくかはわからない。が、戦争に勝つために最大限できることをやるしかないのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 元公爵閣下の死のおかげで、最初は皆が戦意を失い、帝国を恐れている様子だった。

 だがその妻である私が戦争に抗おうとしているのを知り、彼らの態度も変わる。そして案外すぐに協力的になってくれ、私の交渉に乗ってくれた。


 イゾメルダ男爵家からは特産である武器や防具を、ユリィリ子爵家とメレンス男爵家、シュナイダー伯爵家は私兵団の一部を、アメレッタ子爵家には情報を提供してもらうという契約を結び、アメレッタ家と繋がりのあったスキンパーグ商会からは帝国への密入国ルートを入手し……。

 公爵邸からいざという時のために持って来ていた大金を全て使い、私はそれらを成し遂げた。

 そして馬車を走らせ、ウィルソン侯爵家まで舞い戻る。そして得たもの全てをウィルソン侯爵に教え、戦争に役立てるように言った。


「……ほぅ。短時間でこれほどのことができてしまうとは驚きだ」


「侯爵様、これで私を見直しましたか?」


「その答えは無事にこの国が勝利した後にお答えすることにしましょう。

 さて、王家の方から返事が届いております。貴女の案について意見が割れているようですが、第二王子殿下が強硬採決に踏み切ったとか」


「第二王子殿下とはどんな方なのでしょう? 私、第五王子殿下としかお会いしたことがなくて」


「王太子殿下と陰に陽に王位争いをしておられる方ですな。王太子殿下より有能だ、というのはかなり有名な話ですが、側妃腹のお子であるせいでなかなか表に出て来られないのです。しかし今回は非常事態ということで彼の意見を周囲は受け入れたのでしょうな」


 王族も色々と複雑な様子である。別に興味はないのでそこを深く知るつもりはないが。


「後は帝国軍が攻め込んで来る時を見計らって、奇襲をかけるだけですね。私はここで彼らの勝利を祈りながら、アルトとの幸せな未来に想いを馳せておきましょう」


「……それがどうやらそうもいかないようですよ、エメリィ嬢」


「どういうことです?」


 不意にウィルソン侯爵が口にした言葉に、私は首を傾げる。

 侯爵の出した条件は戦争を終わらせられればクリアできるはず。結局のところ結果を見てみるまでわからないわけで、だからこそ待っていることしかできないと思っていたのだが、まだやるべきことがあるのだろうか。


「実は、第二王子殿下が貴女と面会したいそうでしてな」


「私と? ……まさか王家へ作戦を伝える際、私の名前を出したのですか」


「もちろん。貴女の考えを横取りしたと思われれば、後々厄介なことになるでしょうからな。侯爵家とアロッタ未亡人が協議した、という形で伝えさせていただきましたよ」


「私のような悪女の提案、よくも受け入れてくれたものですね。だから多くの反発があったというわけですか」


 私は確かに元公爵夫人であり、ある程度の権力はあるが信用という点では別である。

 金で交渉して味方を作ることはできても本当の意味での信頼を得ることはできていない。故に、侯爵の提案という形で、王家に伝えたのだろうと思い込んでいたのだが確かによく考えてみれば当然の話だった。

 侯爵と協議したという形になっているだけでもマシというべきなのかも知れない。ともかく、


「第二王子はどうして私を呼び出したりしたのでしょう。でもまあいいです、行ってあげましょう」


 第五王子のような女たらしだったら嫌だが、その時はその時で逃げればいいのだ。

 帝国軍は今も侵攻を続けているはず。とにかく時間がない。私は再び馬車を出し、王都にある王城へと急いだ。

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