第三十二話 戦争に勝つたった一つの冴えたやり方①
私とウィルソン侯爵が取引を終えたちょうどその時、帝国軍が王国の騎士団の守りを強行突破――もとい皆殺しにし、王国へ足を踏み入れていたとの知らせが入った。
(予想はしていましたが、思っていたより持ち堪えるのが短かったですね)
向かっている先は、王都あたりだろうか。
攻め込まれれば王都は一夜にして陥落し、この国が終わるだろう。そうなったらアルトと二人でこの国から逃亡しても構わないが、侯爵と取引した以上はそれを見過ごすことはできなかった。
第一、帝国側から王都までの道中にはアロッタ公爵邸がある。一応そこにはジェシーもいるわけで、名目上だけでも養母である身としてもどうにかしたい。
この戦争を終わらせる方法を考える必要があった。
「侯爵様、この屋敷に一晩泊めさせていただいてもよろしいでしょうか」
「もちろん」
ウィルソン侯爵はすぐに部屋を用意してくれ、私はその中へ。
そこしか空き部屋がないとかで隣がアルトの部屋であるということは今は気にしないでおく。浮ついた気持ちではいられない、今は戦勝への策略を巡らせるのに集中しなくては。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ただ単に兵力の差で考えれば、インフェ王国に勝ち目はない。
ここでまず真っ先に考えられるのは、別国と手を組んで帝国と対峙する――つまり兵力を増やす戦法。しかしこれには難点がある。強大なジェネヤード帝国に対抗しようと思う国は少ないだろうし、第一インフェには同盟国というものが一つもないのだ。どうしてこうなる前にどことも手を組まなかった、王族たちよ。
戦争になった今、インフェに協力してくれる国はないだろう。むしろジェネヤードと手を組むのが普通だ。そうなるとこの戦争はますます不利になる。というか勝ち目がなくなる。
別の手を考えるしかないだろう。
数の力に頼れないとしたら、他の選択肢として思いつくのが敵の要所を潰すこと。
あまり私は戦争に詳しくないのでよくわからないが、司令塔だの何だのが必ずあるはずである。そこへ壊滅的な被害をもたらし、うまく敵の力と戦意をごっそり削ぎ落とすことができれば後はこちらのものである。
元公爵閣下の考えは、意外と使えるかも知れない。
すなわち奇襲。彼ははっきり言って無能だったから失敗したようだが、うまくやれる可能性もある。例えばアロッタ公爵邸の方にありったけの戦力を集めておき、そこで戦わせる。その間に貴族の私兵団――ウィルソン侯爵家の許可が下りればの話だが――を帝国へ送り込ませるのだ。
だが奇襲にせよ、やはり使える駒が少ないと困る。
それと同時に、奇襲している間に王都を落とされた、なんてことにならないよう、公爵家の方に集める戦力もできるだけ大きい方がいい。こうなれば王家の力を借りるしかないか。
だが私が直々に国王に頼み込むのは難しい。ウィルソン侯爵に言って明日にでもこの計画を伝えてもらおう。騎士団と連携をとり、できれば王家のツテを使って他の貴族家の兵力もかき集めて、それからようやく奇襲を仕掛けよう。
(でもそんなにうまくいくものでしょうか……?)
そこまで考えてふと、胸の中に不安が過ぎってしまう。
もしも奇襲が失敗した場合は、第二、第三の策が必要になる。
だが果たしてそれが用意できるのだろうか。手札が切れたら終わりだ。それはつまり、私が今一番求める人に手が届かなくなってしまうということ。
それだけは嫌だ。この機を失うわけにはいかない。今は彼だけが私の全てで、何よりも大切なものだから。
故に私は、この戦いを、絶対の絶対に敗戦という形で終わらせることは許されないのだ。
この国への思い入れも、敵国への敵意の欠片もないのにただその理由だけで必死に戦争に勝てる道筋を探そうとしている自分がなんだかおかしくて、思わず笑ってしまった。
小さく笑うと、先ほどまで確かにあった不安が少しだけ薄らいだ気がした。
大丈夫、私ならきっとできる。根拠のない自信。でもそれだけで充分だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます