第二十七話 悪女、養子をとる②

 あの夜会の時はアロッタ子爵家と聞いても大して気にしなかったが、まさかこうした形でアロッタ子爵令嬢に再会することになろうとは思わなかった。


 彼女――ジェシー・アロッタはいかにもな貴族令嬢だ。

 きっちりと整えられた衣装や化粧、立ち姿。私と違ってきちんとした教育を受けているのだろうと思える。

 私と対面するなり淑女の礼をして、うっすらと微笑むと、彼女は言った。


「お久しぶりね、エメリィ・アロッタ夫人。お会いできて光栄だわ。本日はどのようなご用件でわたくしを訪ねてくださったのかしら?」


「今は私、未亡人ですよ。ふふ、まあ呼び方なんてどうでもいいですけれど。

 実は、あなたを養子に迎え入れたいと考えているのです。私の夫……ジェード・アロッタ様が亡くなったことは聞き及んでいると思います。亡き公爵閣下の言いつけで現在私が当主代理を務めているのですけれど、それも限界があると思うのですよ。

 あなたとはお話ししたことがあるからわかりますが、ある程度の教養もマナーも身につけていらっしゃる。私のような悪女が女当主を務めるより、公爵閣下の親類であるあなたが女公爵となった方がよほどいいでしょう?」


「……なるほど。皆から白い目で見られたあの若公爵の後を継げというわけなのね。仕方ないとはいえ、損な役回りだわ」


 はぁ、とため息を吐きながら、静かにお茶を啜る彼女。

 今はまだ子爵家のはずなのに、公爵閣下に対してずけずけと物を言える度胸には感心する。


(確かにあの公爵ならそう言われても仕方がないとは思いますけれど)


 愚直で自信過剰だった公爵閣下。

 自分では有能だと思っていたのに違いないが、基本は私でもできるような執務しかしていなかったわけだし、大して立派な人間ではなかったと思う。実質たった数日の付き合いと言ってもいい私ですらそう評価するのだから、多少は付き合いがあったジェシーの方がよほど公爵閣下に対して不満があるのだろうと思えた。

 ともかく、


「もしもどうしてもあなたが嫌なら、あなたの弟を養子にとるしかありません。二つに一つですよ」


 私が少し意地の悪い笑みを浮かべながら言うと、諦めたようにジェシーはもう一度ため息を漏らした。


「父も言っていたと思うけれど、弟には無理ね。何しろまだ幼いし。わたくしが養子になるわ。ただ、あなたの養子になるにあたっていくつか質問させていただきたいわ」


「何でもどうぞ」


「現在の公爵邸は安全なのかしら? 使用人もなぜか全て解雇されたと聞くし、護衛だっていないのでしょう。そんなところに行ってうっかり死にたくはないの。護衛と使用人を連れて行ってもいいと許可いただける?

 それと養母になるからには、しっかりと責任を果たしてくださいな。紙束だけ投げつけてあとは放任、なんてことになってもわたくし困るわ。しっかり教育を施してくださるのよね?」


 私はしばし黙り込み、まっすぐにこちらに視線を投げかけてくるジェシーを見つめ返しながら、悩んだ。

 後者は別に構わない。内容はそこまで難しくはないから、二、三日もあれば教えられるだろう。


(しかし問題は前者ですね。使用人や護衛がいると、やはり今までのように好き放題できなくなる可能性がある。それだけはお断りです。でもうまく折り合いをつけないと、公爵邸を任せられないのは困りますし)


 そこで私が思い出したのは、別邸の存在だった。

 あそこなら私の仮住まいにちょうどいい。別邸にいる使用人を全部本邸の方へ寄越すか何かしておいて、ジェシーを当主にしてからはそちらを拠点としよう。考えれば考えるほど、良案に思えた。


「わかりました。あなたの質問には、全て肯定を返しましょう。ただし私からも、一つあなたを娘とするための条件を出します。

 私の行動を決して制限しないこと。アロッタ公爵閣下と、婚姻の際に交わした約束です。閣下との約束を無下にしたくはありません。あなたが正式に当主となって以降も私の自由を保障してくれること。……いいですか?」


 今度黙り込むのはジェシーの番だった。

 と言っても、悩んでいると言うよりは呆れた様子であった。でも私にとっては何よりも大事な話なのだから仕方ない。

 彼女を養子とし、当主にした後で、うっかり追放されたりしたらたまらない。かつては別に平民になったって構わないと思っていたが、今の私には目的がある。だから、現在の立場を奪われるわけにはいかないのだ。


「――――。アロッタ未亡人、いいえお養母かあ様、あなたって噂通りの悪女なのね。本当は公爵を殺したのはあなたなんじゃないの?」


 静かな声音で紡がれたジェシーの問いかけに、私は答えない。

 代わりに小さな笑い声を上げた。


「ふふっ。母として認めてくれたという意味は、私の出した条件を呑んだと考えますよ」


「そうね。それでよろしいわ」


 私を追求することを諦めたのだろう、ジェシーはそれだけ言って口を閉じる。

 こうして交渉は終わり、彼女は私の養子――つまり、アロッタ公爵家の長女となった。

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