第二十六話 悪女、養子をとる①

 公爵閣下の葬儀は行わなかった。


 彼に親兄弟はいないようだし、どうせ戦時中の今は人が集まらないだろうと思い、さっさと遺体を焼いたのだ。そして公爵家の人間が代々受け継いできたという巨大な墓に埋葬した。

 死を悼む人間が一人もいないことにアロッタ公爵がどう思うかは知らないが死人に口なしだ。


「さようなら」


 作業を終えてすぐ、私は駆け足で屋敷の中へ向かう。のんびりはしていられない。何せこれからやらなければいけないことがたくさんあるのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 まず大きな問題となるのが、私のこれからの立場について。

 私は公爵夫人ではあるが、実家を潰したせいで現状危うい状態にある。うっかりすれば戦争に紛れて公爵家を襲撃されたり、ありもしない冤罪によって貶められる、なんてことになりかねない。


 ではどうすればいいのか。

 簡単な話だ。公爵閣下に最も血筋の近い者を養子にとればいい。


 アロッタ公爵家には分家が一つある。

 アロッタ子爵家。数代前の公爵家の次男が作った家らしく、子爵にしてはそれなりに裕福な家柄であるという。

 ちなみに公爵家と同じで私兵団は持っていないようだ。できれば兵力も欲しいところではあったが、そこまでの高望みはやめておく。

 次代の公爵家の当主になるべく人材を探すにはここしかなかった。そして、その養母となればこれからも多少の自由は利くはず。


「……でもさすがに嫡男を養子にもらうわけにはいかないですね。次男あたりをいただければ良いのですが」


 ちなみにアロッタ子爵家の家族構成を調べたところ、当主、夫人、長男、長女、次男の五人のようだった。

 次男は十六歳。当主として継がせるのにはぎりぎりの年齢ではある。優秀であれば、最低限の執務くらいは――何しろ私でもできるのだし――こなせるだろうが、正直会ってみないとなんとも言えない。


 そう考えた私は、早速アロッタ子爵に手紙を送った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 手紙の返事は思った以上に肯定的だった。

 戦争が勃発したことで子爵家の領地は非常に荒んでおり、国境と接していることから帝国ではない他の国に逃げ出す領民が多く困っていたところらしい。

 養子をもらう代わりにこちらが資金援助をするという言葉にたちまち食いついてきた。


 そしてまもなくアロッタ子爵家にお呼ばれされることに。

 あまりにもとんとん拍子過ぎて驚いたが、話が早いのは助かる。馬車を出し、すぐに赴いた。


「この度はお越しくださりありがとうございます、エメリィ未亡人。

 本家の当主様が亡くなったそうで、我々も驚きました。帝国へ行かれるのなら一言でもお声がけくださればお力になれましたのに」


「きっと公爵閣下の身に何事かあった時の後継ぎのことを考えていらしたのでしょう。帝国がすでにインフェ王国の東側へ侵攻を始めたと聞きました。ですから余計な話は抜きにして本題に入りますが、子爵令息――もちろん第二子の方で構いません――が公爵家当主となれる人材であるのか、私が判断します」


 面倒臭い交渉はこの際していられない。

 手紙でやりとりをしている間にもジェネヤード帝国の魔の手が迫り、国境付近で激戦が繰り広げられていると聞いた。やはり王国は押され気味のようだ。帝国兵が本当に攻め込んで来る前に公爵家をある程度盤石にしておく必要があるからだ。

 アロッタ子爵もそれは理解しているようだった。だが、


「残念ながらうちの次男坊はすでに婿入りの予定があります。そちらとの婚約を解消するにしろ、あれでは力が足りぬでしょう。それよりうちの娘をお譲りしましょう。侯爵家に嫁がせるつもりで教育を受けさせたのですが。戦争のゴタゴタで婚約が解消になり嫁ぎ先もありませんで。公爵家当主となれば、娘も幸せでしょう」


「あら、娘さんをですか。では会わせていただいても?」


「もちろん」


 控えていた侍女に子爵令嬢を連れて来るように言いつけた子爵は立ち上がり、「二人きりでどうぞごゆっくり」といらぬ気遣いをして立ち去っていく。そして代わりに応接間へやって来たのは、金髪碧眼の可憐な令嬢だった。


 この時になって私は、彼女と初対面ではないことを思い出す。

 彼女は確か――。


「あの夜会の」


 例の夜会の時に話したうちの一人だった。

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