第二十五話 公爵閣下の訃報
公爵代理として執務をこなしながら過ごしていたある朝のこと、王家から手紙が届いた。
何だろうと思い、私は封を開ける。まさか戦時中に夜会へのお誘いではないだろう。だとすれば――。
「やっぱり」
公爵閣下の死が、そこに記されていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この数日間、私は待っていた。
何を待っていたか。そんなのは決まっている。我が夫、ジェード・アロッタ公爵の訃報だ。
思っていたより随分早く届いたのを見るに、きっと貴族仲間をうまいこと言い包められず、一人で帝国へ向かったのだろうと思える。
(愚かとしか言いようがありませんね。最初から死ぬ気だったのでしょうか、あの人は)
無事に帰って来たらなどと馬鹿なことを言っていたくせに、まるで勝ち目のない戦いに一人で乗り込んでいった公爵閣下のことを想い、私は思わず笑ってしまった。
本当は涙を流すべきかも知れないが、私の中に彼のために流す涙など一滴もない。感謝はある。だが私はやはり死んでもなおアロッタ公爵が好きになれないのだ。
(本当は敵将を殺したりして武勇伝の一つを残すくらいのことはしてほしかったのですけれど――そこまでは期待し過ぎだったようですね。まあ、死んでくれたおかげで公爵家の実権は私に移ったわけですし良しとしましょう)
問題は、なぜ公爵閣下の訃報が王家からやって来たのかということだ。
普通、帝国で殺されたとしてもわざわざ知らせは入らないと思う。私はまさか彼が一人で行くとは思わず、複数人で向かった場合を想定していたので考えていなかったが、一人きりであれば帝国側に死を隠蔽される可能性が高い。
ならなぜそうしないのか。考えればすぐに答えは出た。そうか、公爵閣下の死を使ってインフェ王国の者たちを震え上がらせようとしているに違いない。
公爵閣下は執務においてはある程度有能だったから、信頼している人間も少なからずいるだろう。
もちろん誰一人として公爵と帝国へ渡らなかったところを見るに、それも怪しいが……多少なりとも衝撃は与えるはずだ。
正直私にとってはどうでもいいのだが、厄介なことになったなとは思う。
しかし私はそんな内心を押し隠し、いかにも急拵えという感じに身なりを整えると、王城へ向かった。公爵閣下の遺体があるなら、それを取りにいかなければならないからである。
王城に着くと、そこで待っていたのは先日会ったデュラン第五王子だった。
「あら、あなた」
「父や兄たちが忙しいというのでワタシが対応させていただきます。アロッタ公爵のご遺体の元へご案内しましょう」
「ええ、お願いいたします……」
私はハンカチで目を覆い、泣くふりをしながら王子についていった。
デュラン王子は私を案内しながら、しきりに手を引こうとしてくる。「貴女がショックで倒れたらいけませんから」なんて言い訳をしているが、彼に下心があるのは丸わかりだ。放っておくともしかして私に求婚してくるのではないだろうか。胸の中が嫌悪感でいっぱいになる。が、相手は王族。私はグッと我慢した。
そんなこんなでやっとの思いで辿り着いた部屋には、白い布で全身を包まれた物があった。
布を一枚めくってみる。そこにはすっかり青白くなった公爵閣下の顔があり、半開きで生気のない目と口から死臭が漂っていた。
「……ぅ」
すぐに気分が悪くなって私は口を抑える。
いくら情はなかったとはいえ、死体を見るのは気分がいいものではない。よく考えてみれば母の亡骸を見て以来久々に『死』と対面したかも知れなかった。
「大丈夫ですか、アロッタ夫人」
「ええ……ただ閣下がこんな姿になられてしまったことが、辛くて。少しの間一人にしていただけませんか」
「わかりました。ご気分が悪いようでしたら言ってください」
少し嫌そうな顔をしたもののすぐに王子スマイルを作ったデュランが退出していく。
部屋には私と、公爵閣下だった物だけになった。
私は改めてアロッタ公爵の亡骸を見回し、それから恐る恐るアロッタ公爵の顔に触れてみる。
冷たい頬は硬く、彼がもうこの世のものではないということがわかる。そして触れながら、私は呟いた。
「そういえば生前、あなたに触れたことはありませんでしたね。どうですか、私の手の感触は。
可哀想な公爵閣下。お飾りの妻にいいように使われて人生を終えるなんて……。でも悪いのはあなたなんですよ。もう少し考えて行動しさえすれば、こうして死ぬこともなかったでしょうに。
本当に、哀れな人」
私はそれ以上何も言わず、公爵閣下の死体を白い布で包み直した。
そしてそのまま部屋を出て、第五王子に言って死体を馬車に積んでもらう。
「公爵が亡くなられてさぞ寂しくいらっしゃるでしょう。ワタシは兄たちと違って暇ですので、いつでも会いに来てください」
帰り際にそんなことを言われたが、もちろん丁重にお断りした。こんな男と二度と会いたくない。
さらに話しかけて来ようとする王子から逃げるようにして、公爵邸に戻ったのだった。
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