第二十四話 手を組んだ元公爵令嬢と元伯爵令嬢 〜sideジル〜

「公爵閣下ともあろうお方が、本当に馬鹿ね」


 わたしは隠れていた物陰から身を出すと、床に倒れているジェード・アロッタの亡骸を見下ろしながら呟いた。

 エメリィが嫁いだ相手であり、女嫌いだの暴力公爵だの有名な男だ。まあ、エメリィの様子を見ればきっと後者の噂は間違いだったのだろうけど。


「当然ですわ。偉ぶっていただけで、本当はどこにでもいる凡愚な男でしたもの。わたくしのケヴィン様の命を狙ったのが運の尽きでしてよ」


「この死体、どうするの? 王国の奴らへの見せしめにでもした方がいいかしら?」


「もちろんそのつもりですわ。帝国の強さを知らしめないといけませんでしょう」


 そう言って黒髪に金色の瞳の女――シェナ・フローはにっこりと意地悪く笑う。

 わたしは頷き、彼女と同じニヤニヤ笑いを浮かべていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 戦争が始まり、途方に暮れていたわたしの前を一台の馬車が横切ろうとした。

 その馬車に刻まれた家紋を見てわたしはすぐにわかった。それがフロー公爵家、いや、フロー元公爵家の馬車であることに。


 わたしはその瞬間にひらめきを得た。

 おそらく馬車の中には公爵令嬢が乗っているだろう。個人的には嫌いな相手だが、これは使えるかも知れない、と。


 だからわたしは必死に馬車を呼び止めた。


「止まって! そこの馬車、止まってちょうだい!」


 馬車の前に立ちはだかり、体を張った甲斐があったのだろう。馬車は停車してくれ、中からフロー元公爵令嬢が降りて来た。


「あなた、どちら様ですの。わたくし急いでおりますのよ」


「わたしはジル・フォンストよ。あの悪女エメリィに陥れられて、屋敷を取り潰されたの……」


 できるだけ悲壮感を漂わせて言うと、フロー元公爵令嬢は馬車の中にわたしを招き入れてくれた。

 その際、裸にされて身体検査を行われたのは非常に恥ずかしかったが、仕方ない。フロー元公爵令嬢は現在命を狙われている身なのだから。


 馬車の中でわたしは、今まであったことをわたしの都合のいいように話した。

 演技は得意だ。不快じゃない程度に涙を見せ、「お義姉様が許せないの」と言っただけで、すぐにフロー元公爵令嬢は同情してくれた。


「実はわたくしも憎い相手がおりますの。一緒に帝国へ渡り、そこでわたくしの頼もしいパートナーたちと一緒に復讐いたしませんこと?」


「本当っ? それでお義姉様に痛い思いをさせてあげられるの? ……でも帝国って、戦争が始まった国じゃあ」


「ええ。どうせこの軟弱なインフェ王国は敗北するでしょう。身の安全を考えれば警備が厳重で住み心地も快適なジェネヤード帝国の方がよろしいですわ。皇太子殿下であるケヴィン様は非常にお心が広い方ですから、心配には及びません。皇帝陛下はお体がよろしくないとのことで実質帝国の実権はケヴィン様が握っておられますのよ」


 ここまで聞かされたということは、わたしを逃げさせるつもりはないらしい。

 もちろん、逃げる気なんて毛頭ないから別に構わないが。


(この女はきっと、自分が悪く言っていたエメリィ・フォンストの正体がわたしだったなんて思いもしないのでしょうね。仲間のふりをして、いざという時に仕返しをしてやってもいいかも知れないわ。皇太子にご執心のようだから、その男を落としてやるのも面白そうだわ)


「ぜひ一緒に帝国へ行かせてちょうだい。これからよろしくね、シェナ嬢」


 こうしてわたしとフロー元公爵令嬢は手を組んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 帝国入りしてからは色々あったがそれは省こう。

 わたしは現在帝城で贅沢な暮らしを送っている。一つ残念な点と言えば一度もケヴィン皇太子を見かけないことだろうか。せっかくたらし込んでやろうと思っていたのに、姿を見せないのではそれもできない。

 だがまあ、それ以外の不満は何もないので適当に使用人の男で満足しておくことにし、日々を過ごしたある日、愚かな侵入者がやって来た。


 そして場面は冒頭に戻るわけである。


「公爵を殺したことできっとお義姉様の力は削がれるはずだわ。今まであいつが好き放題できていたのは公爵夫人としての身分を笠に着ていたから。でもアロッタ公爵が死んでしまえばそれもできないもの。ふふ、迂闊に公爵を死なせたことを悔やむのね」


 今頃インフェ王国の公爵邸でのんびりしているであろうエメリィは、きっと何もまだ知らないだろう。

 全てが終わった後、せいぜい泣いて縋ってくればいい。もちろんわたしはエメリィを許してはしないけれど――。

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