第二十八話 いざ、彼の元へ

 養子となったジェシー、そして子爵家にいたジェシー付きの侍女や護衛など合計十人ほどを引き連れ、私はアロッタ公爵邸へと帰って来た。

 留守中に屋敷に何事もなかったようで安堵する。うっかり帝国兵に襲撃されでもすれば、ひとたまりもなかったろう。

 無事だったのは私の日頃の行いが良かったからかも知れない――なんて思って私は苦笑する。仮にも夫を死地に追いやった悪女が善行を認められたわけはないのに。


「お養母かあ様、どうなさったの。何かまたいけないことを考えているんじゃなくて?」


「いいえ? さあさあ、早くお屋敷へ入ってしまいましょう。ゆっくりしている時間はありませんよ」


 そんなことを言い合いながら、私たちは屋敷へ入った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 てっきり養子は男だろうと思い込んでいたので、急遽元公爵閣下の部屋ではなく別室を開けなければならなくなりしばらくは慌ただしかったが、それもすぐに落ち着いてジェシーの教育に移る。

 基礎的な学があったからに違いない、ジェシーの呑み込みは私よりも早く、基礎的な執務は一日だけで覚えてしまった。

 後は私にすら教えてもらえなかった難しい仕事を公爵閣下の遺した資料などから学び、それを私が指導という名目で横から見るだけ。


 公爵家の歴史などは分家であるアロッタ子爵家は詳しく知っているだろうし、上級貴族に嫁ぐ予定だったジェシーはそれなりの知識を持っており、貴族の名前をいちいち覚える必要がなかったから、大して苦労していなかったようで、それもすぐに終わった。


「案外簡単なのね、公爵家当主の仕事って」


「付け焼き刃ではありますが、ゆっくりしてはいられませんし、もうあなたが当主となってもいいでしょう。

 公爵代理として私が任命します。ジェシー・アロッタ。あなたはアロッタ公爵家当主とし、この屋敷と領地を守り抜いていくことを誓いなさい」


「……誓うわ」


 当主交代の儀式などがあるのかも知れないが、私はこういうことに滅法疎いので、最低限の時間で済んだ。

 これで私は元公爵夫人となり、ジェシーはたった数日で子爵令嬢から公爵令嬢、そして女公爵になったということ。お互い自覚はほぼないと言っても良かったが、この際仕方ないだろう。ジェシーも不満は言わなかった。


 ……なんだかとても疲れた。でもやっと、私の本当の目的が果たせる。

 初恋の彼に会いに行くという、戦争を起こしてまで実現させたかった目的が。


「なら、私は早速この屋敷を辞しますね。後はあなた方で勝手にやってください」


「『私も勝手にしますから』ということね。わかったわ。今まで当主代行ご苦労様でした」


「ジェシー、頑張ってくださいね。私はこれでも陰ながら応援していますから」


「本当かしら。怪しいものだわ」


 本当の親子ではないけれど、ジェシーとはここ数日で随分親しくなったと思う。

 でももうこれが彼女との最後の会話になるかも知れない。ほんの少し寂しさを覚えながらも私は振り返ることなく、アロッタ公爵邸を出て行く。

 その後ろ姿をジェシーがじっと見つめていることには気づかないふりをした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



(改めて思うと、本当に多くの人を巻き込んでしまいましたね)


 公爵閣下はもちろん、フロー公爵令嬢、ジェシー、果てはインフェ王国とジェネヤード帝国という国家まで。

 そこまでして諦められなかった夢。それがようやく叶おうとしている――そう思うと、胸が高鳴るのを抑えられなかった。


 再会して以来、毎日アルトのことを想っていた。

 恋焦がれ続けた彼にようやく会うことができる。馬車は今、ウィルソン侯爵家へ向かって走り続けており、別邸に寄り道をすることを考えても一日半もあれば着くはずだった。


(私を見たらアルトはどう思うでしょう? 自分一人のために大勢を苦しめたこの悪女を憎み、嫌うでしょうか?)


 正直嫌われるのは苦しいし、嫌ではある。

 でも私はアルトに会ったら今までにあったことを全て全てを包み隠さず話そうと思っていた。彼の前だけでは本当の私を知っていてほしいから。


(わがままですね、私は)


 自分自身に苦笑していたその時、馬車が静かに停車し、御者が別邸への到着を告げた。

 今から大量に使用人を本邸の方に送りつけたり、身だしなみをきっちり整えたりしなければならない。アルトの前ではできるだけ美しくいたいから、追い払う前に少し高い金を払って今だけ使用人に用意させた方がいいだろうか。


 ああ、どうしようもなく胸が弾む。とても楽しみだ。

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