第十八話 婚約破棄① 〜sideアルト〜
「シェナ・フロー公爵令嬢。君との婚約を破棄させてほしい」
応接間に彼女を呼び出した僕は、単刀直入に言った。
言ってしまった。
こうなった以上、もう後戻りはできない。
これはただの婚約解消ではない。破棄。あちら側の有責による婚約破棄であり、この国に多大なる混乱を及ぼすであろうものだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(僕はなんてツイてないんだ)
人生で三回も婚約者と別れることになるなんて、思ってもみなかった。
一人目の婚約者はエメリィ・フォンスト。お淑やかで可愛らしい、将来は立派な令嬢になるだろう少女だった。生まれた時から彼女とは許嫁であり、良好な関係を保っていたのが一変、フォンスト家の女伯が急逝してその夫が伯爵代理となって状況が一変した。
エメリィは虐げられていた。それ故に彼女と僕の主張は何も聞き入れられず、不当な理由で婚約解消となり、その義妹のジル・フォンストに婚約者が移行。
しかしこれは三ヶ月も続かなかった。すぐに「わたし、病弱だから……」とまるっきり嘘だとわかる仮病を理由に婚約は解消された。おそらく僕が気に入らなかったんだろうと思う。
そして時は過ぎて三人目の婚約者のシェナ・フロー公爵令嬢。政略的な婚約であり、お互い愛し合っているとは言えなかったが、それでも結婚するのだと覚悟を決めていた……のに。
彼女が隣国の皇太子と手紙で密通しているとの手紙が差出人不明で届いたのは、つい数日前のこと。
最初は信じられなかった。貴族令嬢の鑑とさえ言われる彼女がそんなことをするはずがないと思ったからだ。
しかし調べればすぐに答えは出た。隣国ジェネヤードとの密通……確かなるその証拠が。
だから僕は、婚約破棄に踏み切った。
父には見せつけるような形で夜会等で婚約破棄した方がいいと言われたが、それはさすがに彼女の名誉が傷つくと思ってやめた。どちらにせよ貴族籍を剥奪されるだろうから名誉も何もないのだけれど、せめてもの婚約者――いいや、元婚約者としての情だ。
これで僕はまたも、婚約者を失う。
次はもうないだろう。僕は一生独身として生きていくか、どこかの未亡人を娶るしかないかも知れない。
……ああ、もう一度エメリィと過ごせたなら。
エメリィは社交界では有名な悪女だ。
でも僕は、僕だけは知っている。それがエメリィ・フォンストではなくジル・フォンストだということを。
そしてアロッタ公爵に嫁いだ人物こそが他ならないエメリィなのだ。
わかっていた。
わかっていたのに、僕は結局何もしなかった。できなかった。
おかげでエメリィは十年もの間苦しんだだろう。僕がもっと早くなんとかできなかったのだろうか。僕は、後悔していた。彼女を救うことを諦めてしまった自分を。今の今まで記憶の隅に追いやり、忘れ去ろうとしていた事実を。
エメリィとの再会の夜を思い出す。
アロッタ公爵と寄り添っていたエメリィ。僕を見つけるなり、抱きしめようとしてきたエメリィ。それは幼い頃の彼女となんら変わりなく、大人びたせいで見た目はだいぶ違ってしまったが、それでも彼女なのだと思えた。
エメリィは可愛かった。僕の愛しい、エメリィのままだった。
だが、彼女はもう人妻になっている。
僕が娶ることはできない。だから僕は、疼く心を抱えたままこれから過ごさなければならないのだ。
(なんて残酷な運命なんだろう)
だが悲劇の主人公ぶっていても仕方ない。これは、今まで何もしてこなかった僕が招いたことなのだから。
僕は彼女との婚約破棄を告げ、慌てて飛び出していく彼女の後ろ姿を見つめながらため息を吐く。
そしてまもなく始まるであろう大騒動――ジェネヤード帝国との戦争に向けての対策を協議するため、父の執務室へ向かった。
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