第八話 次は環境改善を

 元家族たちは無事に処刑されただろう。

 まあ、言いたいことは全て言っておいたのでもう興味はないけれど。


 私を虐げ続けてきた存在への意趣返しが終われば、次は過去ではなく前を向いていこう。

 公爵邸での暮らしをより良いものにするため、環境改善を行うのである。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 アロッタ公爵家の使用人は、私に優しくない。


 ドレスの着付けのために人を呼んでも誰も来ないし、お茶は初日しか出されなかった。

 食事は少ない上に冷めている。生家での冷遇に比べれば随分マシだったし、伯爵家の暮らしのおかげで家事全般はできたから困りはしなかったけれど、仮にも公爵夫人の私にこの態度はおかしいだろう。


 普通、長年虐げられるとそれに慣れてしまって声を上げられなくなるものかも知れないが、私はこの状況を「仕方ない」と妥協したりしない。

 だって私にはもう、虐げられる理由なんて何もないのだから。


 ある朝、使用人の控え室に私は踏み入れた。

 普通、当主の妻がこんなところへ入ってはいけないのだろう。だがそんなことに構わず、私は言った。


「職務放棄によりあなたたちを解雇します」


 使えない使用人たちに終わりを宣告したのである。

 言うまでもなく使用人一同は動揺し、それから反論の声を上げ始めた。


「……な、何を言うんですか奥様」

「あんまりです!」

「出て行ってくださいませ」「ここはあなたがいるべき場所ではないでしょう」「旦那様に言いつけますよ」

「この悪女がッ! 旦那様に認められてもいない下品な女が旦那様のしもべである私たちをどうこうしていいと思ってるの!?」


「公爵閣下が雇っている者たちだから解雇する権利は本来は持っていません。ですが、あの契約がある限り私の言動は全て公爵閣下に認められているのです。私の発言は公爵閣下の言葉と同等の価値を持っているとご存じですか?」


「そんな無茶苦茶な!」


 いくら無茶苦茶といえど、あの時の契約書はきちんと私の手元にあるのだから仕方ない。

 私を論破することができないと悟った使用人たちは焦り、挙げ句の果てには私を殺そうだなんて乱暴な結論に至ったのか、殴りかかってきた。


「奥様、お覚悟――!」


 侍女の一人が叫ぶ。

 しかし私はやられるわけにはいかない。痩せ細った体で出せる全力で暴れ回り、抵抗した。


「きゃっ」

「使用人たる者、主人に逆らわないこと。そんなこともわかっていないなんて。公爵家の使用人ともあろう人たちが情けない」

「誰が貴女なんかを主人と認めるか、この女狐!」


 侍女と揉み合いになりながら私は、一瞬の隙を見つけて容赦なく腕を捻り上げる。それだけで侍女は絶叫し、痛みで床に頽れた。


「はぁ、はぁっ……。これで、あなたたちの解雇の理由が、増えました、ね。私に暴行を振るった罪、軽くはありませんよ……」


 もちろん私も無傷とはいかず、全身に傷を負ってしまったけれど、それだけの価値はあったようだ。

 あんなに反抗的だった使用人たちは私の言動に慄いて、あっという間に逃げ出して行ってしまったのだった。


 本当はきちんと裁きたかったのだが、まあいい。

 充分わからせることはできただろう。


(こんなガリガリの小娘一人に勝てないとは、ナヨナヨし過ぎです。雇うならもっとしっかりした使用人を選ばないと)


 かつてフォンスト伯爵家で働いてくれていた心優しい使用人たちを思い出す。

 できれば彼らを全員ここへ呼び寄せたいが、さすがに十年の月日が経っているのでそれは無理だろう。

 そして考えた挙句、私は使用人を雇うという案を断念し、結局、私だけでこの屋敷を回していくのが最良という結論に至った。


 これから少しずつ私好みにこの公爵邸を変えていけばいい。

 私を煩わせる者は、もうどこにもいないのだから。

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