第七話 絶対に許さない 〜sideジル〜
エメリィを嫁がせてからたった三日後、わたしは捕らえられ、暗い牢獄に押し込められていた。
なぜこんなことになったのか。わからない。わからないけれど、わたしの幸せが全て崩れ落ちたという事実だけはわかった。
(――お義姉様だわ)
エメリィ・フォンスト。
否、今はエメリィ・アロッタとなったであろう彼女が、わたしを今、こんなところに追いやった犯人に違いない。
許せない。許せない許せない許せない。
少し甘やかしたからって調子に乗って。つい数日前はなすすべなくわたしに従う奴隷だったくせに。どうして? なぜ?
嵌められた。エメリィがアロッタ公爵との嫌がらせ同然の縁談を受け入れたのはこれが理由だったのか。
こんなところで終わるのは嫌。絶対に嫌だ。
死にたくない。せっかく幸せを掴めそうだったのに。わたしは幸せになるべき女なのに。
「わたしはフォンスト伯爵家の姫なのよ。美しい花のような令嬢。それがわたしなのよ。
姫は王子様に助けられるものでしょう? お願い、誰か、誰か助けに来て――」
ジメジメした牢屋の中で助けを呼んだ時、靴音がした。
牢番のものではない。誰か別の、ハイヒールのような、音……?
「どうしたんです、ジル? 私ですよ。あなたのお義姉様のエメリィです」
そして現れた銀髪に菫色の瞳のやせ細った女の姿を見て、わたしは甲高い悲鳴を上げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
わたしは、エメリィ・フォンストが嫌いだった。
わたしは貴族であるお父様の子なのに、愛娘なのに、お母さんが平民だからとスラム街で生きさせられた。
それもこれもエメリィ・フォンストとその母親がいたからだ。お父様の政略結婚の相手でしかなかった母親、そしてわたしと同い歳のエメリィという愛されない娘。そんな彼女らがのうのうと豊かな暮らしを営んでいるだろうということがわたしにはどうしても許せなかった。
だからわたしは決めていた。
いつか復讐してやろう。あんたたちが贅沢な料理を食べている間、わたしはお父様にもらったほんの少しのお金でやりくりして、今にも倒れそうになっていたんだ。わたしたちと同じ思いをさせてやろうって。
その機会は意外にも早く訪れた。
七歳の時に忌々しいお父様の妻が死んだ。そのおかげでわたしと母さんはお屋敷に引き取られることになったのだ。
今までの貧しい生活から一転、煌びやかなドレスや香り高い香水に囲まれたキラキラした日々が始まる。
けれど、まだ屋敷にはエメリィ・フォンストがいる。たっぷりいじめ抜いて、偉そうなお嬢様ヅラを崩して謝罪させて追い出してあげる――。
そう、思っていた。
十年間、どれだけ酷いことをしてもエメリィは屈することはなかった。
綺麗なドレスやお気に入りのアクセサリーを奪っても。犬の真似をさせて這いつくばって残飯を食べさせても。
一度彼女の婚約者を奪った時は少し動揺していた様子だったけれど、少し躾てやっただけで静かになり、それ以来瞳に静かな怒りの炎を灯してこちらを睨みつけてくるようになった。
――気持ち悪い。
エメリィが泣きながら屈服すれば許してやっても良かった。
けれど全然その兆しは見えず、日当たりが悪く埃っぽい物置部屋に押し込め続けることしかできない。直接手を下そうかと何度も思ったけれど、結局何もできなかった。
彼女から奪った物は全て捨てた。
エメリィの呪いがわたしに降りかかって来るような気がして……正直怖かったのかも知れない。
わたしはエメリィのいる屋敷から逃げるようにして新しいドレスを買っては男遊びに耽る。
それでもどうしても頭から離れない憎き義姉の存在。金もある、ドレスもあれば花もある。わたしは幸せなはずなのにエメリィが存在する限り本当の意味で幸せになれないんだと思って絶望した。
だからわたしは、わたしに対して来た縁談の一つをエメリィに押し付けて追い出すことにしたのだ。
(アロッタ公爵は女嫌いだとか変態だとかと悪い噂の絶えない男よね。そんな元へ嫁げばさすがのお義姉様でも泣きながらここへ戻って来て、「お願いします許してください」と言って頭を下げるにい違いないわ。そうなったら寛大なわたしはエメリィを受け入れてあげましょう。もしも戻って来なかったら戻って来ないでも別に構わないし……)
これで、何もかもがうまくいく。
そのはずだったというのに。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……許さない。
わたしを高圧的に罵り、侮辱し、こちらが頭を下げてやっても見捨てて牢獄を出て行ったあの女を、わたしは許さない。
十年間虐げられてきた?
笑わせないで。愛されない娘が冷遇されるのは当然じゃない。
「公爵に嫁いだくらいで偉そうに。ボロ雑巾女ごときが、このわたしを舐めんじゃないわよ!」
そしてわたしは決める。
このまま大人しく処刑なんてされてやるものか。
今度こそあのエメリィの顔を屈辱で歪ませてやろうと。わたしをさんざん泣かせた報いを、必ず受けさせるのだと。
だから――。
「牢番さん、わたし、死ぬのが怖いの。出してくれなんてことは言わないわ、一つだけ願いを聞いてほしいのよ。……わたしを一晩抱いてくれない?」
自分でも魅力的だと思う女性らしい体を使って牢番の男を惑わせ、牢屋の鍵を奪い、わたしは一人抜け出した。
母さんとお父様を助け出せないのは心苦しい。けれど今のわたしには、隣の牢獄に忍び込んで二人を脱出させるほどの力はなかった。
「きっと、きっと仇討ちしてやるわ。だから首を洗って待ってなさいよ――お義姉様!」
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