第六話 家族だった彼らへの意趣返し②

「どうしたんです、ジル? 私ですよ。あなたのお義姉様のエメリィです」


「な、なんでここに!? 嫌ッ。化け物。来ないでッ……!」


「化け物? 奴隷から化け物になったんですね、私は。随分と偉くなったものです」


 私が少しおどけてそう言うと、牢獄の中に囚われ、すっかりやつれたジルは足をガクガク震わせながらも、怒りで顔を赤く染め上げた。

 きっと彼女は全てを暴露したのが私だと気づいているのだろう。だからこそ恐れ、激怒している。

 父親譲りで、忌々しいことに私と同色の菫色の瞳は涙で揺れていた。


「お義姉様の……あんたのせいで! あんたのせいで全部台無しじゃないッ。こんな真っ暗な牢獄に閉じ込めてどういうつもりなの!? あんたはわたしの奴隷のくせに。薄汚い奴隷のくせに!」


 今までなら、いくら見下され、罵られても何も言えなかった。

 屈辱だった。しかしそれは仕方のないことだったのだ。

 だが今はどうだろう? 私を縛り付けるものは何もない。


(ここからが本番です)


 私は、栄養不足のせいで子供と見紛うほどに平たい胸を張った。


「なら言わせていただきますけれど、元平民で罪人のくせに生意気なのはそちらじゃないですか?」


「何よ! わたしはお父様の娘なのよ。愛された、たった一人の娘なの。あんたなんか薄汚いボロ雑巾だってお父様は言ってたわ。ちょっと変態公爵に嫁いだからって調子乗ってんじゃないわよ」


「本当なら女伯になるのは私だったのですよ。

 それを何です? 他人ひとの家に乗り込んで来て好き放題。父はあくまで婿で、その娘であるあなたは一切伯爵家の血を引いていないのにです。

 しかも領民が苦しんでいるのを知っていながら、あなたとその母親はしきりにドレスをねだり、男と遊び歩いてばかり。

 ――ふざけるな。お母様やそのご先祖様がずっと大切にしてきた屋敷を、領地を、領民を、踏み躙った罪をその身で思い知りなさい」


 十年間、フォンスト伯爵の元で苦しんでいたのは私だけではなかった。

 先祖代々仕えてくれていたのに、気に入らないというジルの一声で解雇された執事や庭師。

 いくら税を納めても横領され続け、決して豊かにならない領地で働き続ける農民たち。

 補修もされないまま廃れて行くだけの屋敷。


 思い出すだけで胸の中に怒りが込み上がって来る。

 ずっと私がうちに秘めていた激情の炎。それが今爆発し、ジルへと降り注いだ――。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ごめんなさいッ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。わたしが全部悪かったわ。ごめんなさい、何でもするからぁっ。だから許して、許してぇ……!」


 そしてたっぷり一時間後、ジルが私の前に跪き、可愛い顔をぐしゃぐしゃにして泣き喚いていた。

 瞳は父譲りだが、顔は母譲りなようで私とは似ても似つかない。その天使のような顔で一体どれだけの男を虜にし、その人生を狂わせたものだったろう。しかし泣きはらすジルは醜くさえ見えた。


 十年間、貴族の娘としてもあり得ないくらい甘やかされて生きてきたジル。

 そんな彼女でも、いや、だからこそわかってしまったのかも知れない。私が彼女の知るエメリィ・フォンストではないということに。

 そしていくら叫んでも、「お義姉様はずるい」という常套手段を口にしても敵わないとわかると彼女は、泣いて許しを乞い始めたのだ。


 これが優しく慈悲深い女性なら、許してしまったかも知れない。

 しかし私は悪女だ。だからそんな彼女の甘えを許容するはずもなくて、


「許して? 何を言っているんですか、ジル。

 覚えていますか、八歳の頃のこと。あなたが私の婚約者を奪ったあの時の話です。

 私はあなたに、泣きながらお願いしましたよね? 何でもするから彼だけは奪わないでって。

 それをあなたは聞きましたか? ねぇ、どうなんです?

 ――死になさい、ジル。あなたに救いなどないのですよ」


 静かに現実を突きつけてやった。


 牢屋の中にうずくまって謝罪を繰り返す義妹を見るのは、とても愉快だった。

 過去に私を虐げ続けた存在。しかし今はその立場はすっかり逆転しているのだ。これが嗤わずにいられるだろうか?


 かつての私なら到底できなかったことだ。

 これは、公爵夫人という地位を手に入れたからこそできた復讐。

 多くの者にはいくらなんでも非道と言われることだろう。しかし、そんなことは一向に構わなかった。


「私は私の自由にすると、そう決めたのですからね」


 自分に言い聞かせるように、あるいは決意を新たにするように呟くと、私は大きく息を吐く。

 牢獄の鉄柵の中に目をやればそこにはまだ私に縋ろうとしているジルの姿があったが、もう最後の挨拶は済ませたしこれ以上彼女と言葉を交わし続けるつもりはないので見捨てて牢獄を去る。

 すぐ隣の牢獄に囚われている父親と継母のことをチラリと思い浮かべた。本当は彼らにもしっかり『お話』するつもりだったのだけれど、彼らに会いに行く必要は、もうないだろう。


 だって私の心の中は青空のように晴れ渡り、こんなにも清々しいのだから。

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