第五話 家族だった彼らへの意趣返し①

「戻ったのか」


 挨拶回りを終えて私が公爵邸へ帰ると、執務室から出て来たアロッタ公爵が声をかけてきた。

 私は振り返り、微笑みを見せる。そしてなんでもないことのように言った。


「公爵閣下とお知り合いだという貴族の方々の挨拶回りに行って参りました」


 しばらく沈黙が落ちる。

 数秒して、それまで堅物という印象しか与えなかった公爵閣下の表情がぐにゃりと歪む。呆れたような驚いたような、なんとも言えない滑稽な顔だった。


「――今、なんと言った」


「ですから挨拶回りへ行って来ましたと、そう申し上げたのですが」


「なぜ俺に言わなかった。お前のような女が一人で行ったらどうなるか、わかって……」


 途中で自分の矛盾に気づいたのだろう、怒りを帯び始めていた公爵閣下の声が途切れた。

 私はふふ、と笑い出しそうになるのを必死で堪えながら、「好き勝手にしてよいのでしょう?」と小首を傾げながら言う。


「いくらお飾りとはいえ、私が嫁いだことは皆様に知っていただく必要がありますよね。何せ婚約もしていない急な結婚だったのですから」


 もちろん私が公爵にとって都合の悪い行動をしたことは自覚している。

 でも私に好きにしろと言ったのは公爵閣下なのだし、責められる謂れなんてこれっぽっちもないはずだ。それがわかっているからアロッタ公爵は何も言わない。いや、言えなかった。


「ではそういうことで、今日は疲れたので休ませてもらいますね。これから私、忙しくなるんですから」


 これ以上公爵閣下に関わっている暇はない。

 私は立ち塞がる公爵閣下の横を素通りし、あてがわれた自室へと向かう。

 背後で公爵が呆然としたまま立ち尽くしていたがそれは私には関係ないことだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 それから二日もしないうちに生家――フォレント伯爵家が摘発されたと聞いた時、私の胸は今までになく昂った。


 うまく行ったことへの達成感。そしてあれほどふんぞり返っていた元家族クズどもが正しく裁かれるのだという喜びが押し寄せてきて、あまりの喜びに飛び上がってしまいそうになったほどだ。


「一体どういうことなんだ、これは」


 公爵閣下がずかずかと私の部屋へ入って来て見せつけられた報告書には、フォンスト伯爵家は取り調べられ、どんな墨より真っ黒だという事実が世に露呈したことが書き記されている。

 当然ながら伯爵家は取り潰し。伯爵、伯爵夫人、そしてジルは揃って投獄され、処刑が決まったらしい。想像通り、いや、想像以上の結果だった。


「……お前が仕組んだのか」


「仕組んだとは人聞きが悪い。私は何もしていませんよ」


 ――そう、私は何もしていない。

 ただ挨拶回りの折、うっかり口を滑らせただけ。実際に手を下したのは私の話を聞いた夫人たちであり、そしてそれを伝え聞いた王家なのだ。


「お前の実家が没落すれば、俺が糾弾される羽目になるだろうが。犯罪者どもの家族を娶ったのかとなじられるんだ。クソ、なんでこんな余計なことを」


 頭を抱える公爵閣下。しかしその様子を見ても、私は何も思わない。

 否。正直言ってしまえば、少しだけ胸がすくような思いがしたけれど、それは今は置いておこう。


「……家族たちが心配ですね。今から私、彼女らに会って来ます」


「どうするつもりだ」


「何だっていいでしょう? 私は私の勝手にしていいとおっしゃったのは公爵閣下なのです。さあ、私のことなど気にせず、公爵閣下は執務にでもお戻りください」


 いくら表向きは夫だからと言って、でしゃばられて私の復讐の邪魔をされたらたまらない。

 さっさと公爵閣下を追い出すと、出かける準備を始める。


 私は、今頃牢獄で泣き叫んでいるだろう義妹たちへの面会――もとい、最後の挨拶をしなければならないのだから。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「助けて……誰か助けてちょうだいよ! 誰か。誰か誰か誰か……!」


 地下牢へ足を踏み入れた瞬間、そんな声が聞こえてきて私は苦笑してしまった。

 いつも私を見下し、嘲り笑っていた女の声だ。なのに今その声は震えていて、まるで母親を失った子猫の鳴き声のようだった。


 人を散々痛めつけておいて、自分が同じ立場に立たされたら泣き喚いて助けを求める。

 本当に、頭がお花畑な娘。こんなことになっても自分の罪をまるで顧みていないなんて。


 少しでも反省していたら許そうかと思っていたけれど、却下だ。


(徹底的に絶望させましょう)


 かつん、かつんとわざとヒールの音を大きく響かせ、私は地下へ降りて行く。

 その音に気づいたのだろう、泣き喚いていた少女の声が止んだ。


「誰? 誰かいるのね? その靴音、牢番じゃないでしょう。誰か助けに来てくれたの? そうよね。ねぇ!」


 縋るような、その問いかけに。

 私はニヤリと頬を吊り上げ、答えた。


「ええ、いますとも。あなたに会いに来てあげたんですよ」


 そして、ハッと息を呑む音がして。

 薄暗い地下牢の廊下に姿を現した私を見て――何を思ったのか栗毛の少女、ジルが世にも恐ろしいものに遭遇したかのような甲高い悲鳴を上げた。

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