終わらせるために

俺は缶コーヒーを開けて、真夜中の病院の駐車場で一人待ち続けていた。

ポケットの中のスマホが震えて着信が来たことを伝える。こんな時間にかけてくるとなれば一人しかいない。

「どうかしました?重則さん」

「いや大丈夫かと思って。いつでも交代できるよう待機してるからさ」

「お気になさらず。大事な局面だからこそ重則さんには無理してほしくないです」

「そういう事ならまあ。でもくれぐれも無理は禁物で」

「もちろんです」

「あーそれと、昼間はありがとう」

「えーっと?」

急に感謝を述べられたが何に対してなのかと考えるため沈黙した。

「信太郎君が運ばれてきた時に香子と明梨に接触してくれたこと。本当は俺が直接言うべきなんだろうけどね」

「あーその事でしたか。全然大丈夫ですよ。あの二人をこれ以上深くは巻き込ませられませんからね」

「本当に助かったよ。あそうだ、今回の件が落ち着いたらご飯奢るよ」

「良いですね。でもまあ、いつ一件落着って言える日が来るんでしょうね」

「…もうすぐ、もうすぐ来るさ」

重則さんのその言葉は自身に言い聞かせるようにも、願望のようにも聞こえた。

「ごめんごめん、とりあえずここから一層気を引き締めて行こう」

そんな前向きな言葉を言って重則さんは電話を切った。


「もうすぐ、か…。本当にもうすぐ終わるんですかね」

俺は心の内に浮かんだ思いを吐き捨てた。

いつの間にかこの一連の事件の捜査を請け負ってから既に2年が経過していた。それと同時に俺と重則さんも軽く2年は共に捜査をしていることになる。最初こそ頼りない探偵だと思っていたが共に捜査をしていく内に考えが改まっていき優しくも依頼に真摯に取り組む姿勢を見習うようになっていた。

少し眠気が来たので追加でコーヒーを買おうかとドアノブに手を掛けたその瞬間、視界の隅に一瞬だが光を捉える。来客の気配に俺の意識は一気に覚醒し気が立った。ふと腕時計に視線を移すと長針と短針はちょうど2時を指していた。

「こんな時間にご苦労だこと」

車を静かに降りると病院の入口前の生け垣に颯爽と身を寄せて来客を待った。少しすると入口に黒い衣服に身を包んだ成人男性二人が堂々と入口へと入っていった。入る前に対処することも考えたが万が一普通の関係者だった場合を考えて信太郎の病室前まで尾行することにした。

何食わぬ様子でこちらの存在に気付かないまま、階段を登って信太郎の病室のある5階へとたどり着いた。

ここから病室に行くには昼夜問わずスタッフの在中しているナースステーションを通過する必要があるのだが俺はすっかりその事を忘れて普通に尾行していた。

黒尽くめの二人はずかすかとナースステーションに向かって歩みを進めている。

その瞬間、不味いことになったと察した俺は計画を変更し即座に二人の内の一人目掛けて後ろから思い切り蹴りを食らわせた。すると男は吹っ飛びその衝撃で頭を打ったのか気を失ったようだった。そこでようやく俺の存在に気づいたもう片方の男は身構えるも既に懐に潜り込んでいた俺は思い切り背負投げを決めた。味気ないくらいにあっさりと勝負が決まったので、騒がしくしてしまった詫びも兼ねて俺はナースステーションに在中していた男性の看護師に声をかけた。

「大丈夫ですか?」

しかし男は俯いたままだった。だがナースステーションの床に倒れた様子の人の足が見え改めて男に声をかけようとしたその瞬間

バチン!!

電撃が音を立てながら視界の数センチ前を通り過ぎた。見るとスタンガンを構えてこちらに次の攻撃を仕掛けようとしているところだった。

「なるほど、お前もグルだったわけね」

俺は男の手を蹴ってスタンガンをはたき落とすと拳を構えながら少しずつ距離を詰めていった。相手も多少武術を心得ているのか同じように身構えた。一瞬、二人の間に沈黙が訪れる。先に動き出したのは相手の男の方だった。出鱈目な裏拳を勢いよく放つが俺はそれを避けて懐に潜り込むと同じように背負投げを食らわせた。

相手が起き上がらないことを確認して一息つく。一応、ひとまず撃退したところだが万が一の可能性もあるため信太郎の病室へ確認に向かう。

俺は病室を覗くとその様子に己の目を疑った。病室は既にもぬけの殻だったのだ。

そうなるとさっきの連中の他にも看護師に扮した仲間が侵入しており、俺が戦闘を繰り広げている内に信太郎を連れ去ったという線が妥当だろう。もしそうであればまだそこまで遠くに行っていないはずだ。

俺は、一連の出来事を重則に急いで報告すると入口まで走っていった。さっきの黒尽くめの二人が乗ってきた車が現状足取りを掴めそうな唯一の方法だからだ。

入口から外に出て辺りを見回すと遠くの方の街頭の元に担架に人を乗せたまま走る看護師らしき姿とその先に黒いハイエースのようなワゴン車を発見した。俺は全力で追いかけるも担架とはいえ一足早く連れ去っていた看護師の方が先に車へと到達した。車からもうひとり黒尽くめの男が降りてくると看護師の男と共にさっさと信太郎を車に押し込んで車を発進させた。俺の方も車へ急いで飛び乗ると思い切りアクセルを踏んで今の車の後を追った。

真夜中の誰も居ない街に2つのエンジン音が響き渡る。

「今度こそケリをつけるからな」

俺は終止符をうつためアクセルを更に強く踏み込むのだった。

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