第14話 もう一人


中に入ると、前回同様ボスの姿は無く奥に白い扉だけが見えた。

壁に嵌め込む為の宝石を持ちながらカイトに聞く。


「そういえば、あの扉がゴールなんだよな?どうやって開くんだ?」


「ああ、ドラゴンを倒すとレインボームーンストーンっていう宝石を落とすらしい。それを扉の窪みに嵌め込めば開くそうだ」


「なる。じゃあとにかく倒せば良いんだな」


「そういう事だ」


最後の敵は特殊な事をしなくても宝石を落としてくれるようで良かった。


と、そこでハッとある事を思い出し皆んなを呼び止める。


「あ、みんな!始める前にさ、渡したいものがあるんだ」


そう俺が言うと、母さんと沙織さんが異様なくらいにワクワクした様子で近付いてきた。


「え?なになに?」


「やだ、期待しちゃうわよ?」


そこまで期待されると出しづらいんだが…と思いつつアイテムボックスを開く。

取り出したのは、あの時クレハが落とした袋だ。

口を開けて覗いてみると、どうやら中身は無事のようで安心する。


「みんな攻略頑張ってくれてんのに何も出来ないのが嫌でさ…。せめて少しでも力にならたらと思って、これ…クレハと一緒に作ったんだ」


そう言いながら取り出した中身を見て、カイトが驚いたように声を上げた。


「え!?それ、シュークリームか!?」


やけに驚く様子に、沙織さんがポカンとする。


「なによカイト。アンタそんなにシュークリーム好きだったっけ?」


「や、そうじゃなくて!このゲームでシュークリームって凄いんだよ!」


初代BTOではお菓子まで充実してはいなかった筈だ。

その為皆んなピンときてないようで、カイトが必死に説明する。


「料理とかってさ、作る時成功率ってあるだろ?で、そのプレイヤーが作れるものの中でダントツで成功率が低いのがシュークリームなんだ!成功率はなんと3%!」


「え、そんなに低いの!?」


そうなのだ。

料理レベルを上げても、ほぼ失敗してしまうという謎に難しいお菓子。

他のものは低くても60%くらいなので、運営がふざけたのかというくらいその難しさは異常である。

続けてカイトが説明した。


「その代わり、ステータス上昇も凄い。食べてから40分間、攻撃力・防御力・素早さ・HP・MP全てが10%上昇っていうチート菓子だ。うわ、マジで成功してんの初めて見た…」


「はは、実際何度も失敗して何とか出来たからな。クレハが居なかったら多分作れなかったわ」


興奮気味にシュークリームを手に取るカイトを見て、その貴重さが伝わったのだろう。

皆んな感心した様子でひとつずつシュークリームを受け取った。


「まさかアっくんの手作りお菓子を貰えるなんて…お母さん感動しちゃう」


「そうだな、何だか変な気分だ。アヒト、ありがとうな」


母さんが目尻を拭い、父さんがお礼を言ってくれる。

東堂親子も「美味しい〜!」と言いながら食べてくれた。


ホッとしつつ俺も食べる。

ひとつだけ残ってしまったシュークリームを見て、受け取る筈だった彼女に心の中でお礼を言いながらアイテムボックスに仕舞った。


全員のステータスが上昇したのを確認すれば、いよいよドラゴン戦だ。



父さんとカイトは直ぐにドラゴンを引きつけられるように中央付近に残り、他の4人で壁の窪みの前に立つ。

皆んなで目配せして、同時に宝石を嵌め込んだ。


その瞬間、半透明の壁に出口を塞がれ白い扉の上方に【30.00】のタイマーが現れた。

同時にそれぞれの宝石が光り輝き部屋の中央へと飛んでゆく。

一つになった光は大きくなり、それが収まった時には4つの頭を持った5メートル程の巨大な黒いドラゴンが立っていた。

牙や手足の爪は鋭く、かなり攻撃力が高そうだ。

背中に翼があるが体に対して小さめなので、空を飛ぶ事は無さそうなのが幸いである。


「戦闘開始!」


カイトが合図をし、一斉に攻撃を開始する。

父さんとカイトがドラゴンを引きつけてくれている間に俺達はとにかくHPを削りに掛かった。


「効果が高い属性あれば良いんだけどなっ」


このドラゴンに効きやすい攻撃がわからなかったので、取り敢えず手当たり次第に召喚する。

キツネが火を吐き、ネコが宙を引っ掻いて、カワウソが空中を泳ぎ、イヌが駆け回って、アナグマは床を掘り、ペンギンは氷を滑って、フクロウが羽をはためかせるという動物祭りだ。


しかし、弱点等が無いのかどれもHPの減り方は同じようだった。

最終階層の敵だけあってなかなか硬い。


と、父さん達に噛みつき等の攻撃をしていたドラゴンが急に動きを変えた。

前のめりの姿勢から真っ直ぐに立ち、ルビー色の目をした頭だけが上を向く。


「全員ドラゴンの後ろに回れ!!」


カイトが直ぐ様指示を出し、ドラゴンの前にいた父さんとカイトや横側にいたメンバー全員がドラゴンの後方へと一斉に走る。



ギオァァァァァァアッ‼︎



という咆哮が響き渡り、ドラゴンの前方180度全てが口から吐かれた炎で火の海と化した。

部屋の半分が燃え上がるという状態に、話には聞いていたがゾッとする。


幸い長くは続かず炎は直ぐに消えたので、それを確認してまた全員元の配置へと戻った。

こんな感じで時折くる特殊攻撃に対応しながら戦うようだ。


「特殊攻撃のタイミングも何を使うかもランダムだから、気をつけるんだよ」


「了解!」


恭介さんにそう教えてもらって返事をする。

そうこう言っている間に再びドラゴンが動きを変えた。

今度はアメジスト目の頭が上を向く。



ギオァァァァァァアッ‼︎



「うわっと!」


咆哮と共に紫の毒があちらこちらに撒き散らされる。

慌ててそれを避け、毒が落ちた床を見ると確かに毒沼が出来ていた。

しかも沢山あるものだから、思ったより足場が制限されるようだ。


遠距離攻撃組はその場から動かずとも攻撃できるが、父さん達はドラゴンを引きつけつつ剣で戦っているからそうもいかない。


「ぐっ…!」


ドラゴンの攻撃を防いだと同時に片足が毒沼に入ってしまい、父さんが苦しげに声を漏らす。

しかし次の瞬間には表情が柔らいだ。


「朔也さんに毒を食らわせるなんて悪い子」


と頬を膨らませながら母さんが解毒と回復を素早く行なっている。

この毒沼が致命傷になる事は無さそうだ。


だがドラゴンはまだ毒沼がある内に今度はペリドットの頭を擡げる。


「あぁクソ!このコンボはやめろよな…!」


カイトが悪態をつくのは当然だろう。

足場が制限されて動きづらいのに、容赦なく俺の直ぐ横の床が大きく円を描いて緑に光り出す。


「やっば!」


毒沼を避けながら何とかその光から距離を取った。

直後に大きな竜巻が巻き起こる。

こんなモノに巻き込まれたらマジで死ぬんじゃないかと冷や汗が止まらない。


竜巻が収まると、時間経過によって毒沼も一緒に消えてくれた。

ホッとしたのも束の間、再びアメジストの頭が咆える。


「また毒沼…!」


これは腹立たしい。

なんという性悪なドラゴンだろう。


再び足場が制限される中、狙ったように今度はアクアマリンの頭が咆えた。


「あ…!」


その瞬間、沙織さんが水槽に閉じ込められた。

ガボッと苦しそうに喉を押さえている。

本当になんて性悪なドラゴンなんだ!!


毒沼に気を付けつつ慌てて全員が沙織さんの元へ走り水槽をとにかく叩きまくった。

総攻撃した事で直ぐに水槽が割れ、無事に沙織さんが出てくる。


「やったわねクソドラゴンがぁ〜…!」


沙織さんブチ切れである。

少しでも癒やしてあげようと俺はカワウソでドラゴンの攻撃に集中した。



そんな感じで特殊攻撃に対応しつつ攻撃を続け、ドラゴンのHPは順調に削られていった。

途中俺も毒を食らったり水槽に閉じ込められたりしたが、皆んなが直ぐに救出してくれたので事なきを得ている。


「もう直ぐ第二形態になるぞ!みんな気をつけろ!」


ドラゴンのHPバーが残り僅かというところでカイトが声を張り上げた。

既にドラゴン戦開始から20分程経過してしまっている。

残り時間10分で何としても倒さなければならない。



グオォガァァァァァァアア‼︎



と、今までにない程の咆哮を4つの頭が同時に上げた。

そしてその身体が発光し始める。

大きな光は2つに分裂し、着地と共に光が弾け飛んだ。

事前に聞いていた通り、2体のツインヘッドドラゴンが現れる。


「これが第二形態か…」


1体だった時は目の色が宝石と連動していたが、分裂したドラゴンはどれも金色の眼をしていた。

その代わりに、それぞれの額に宝石が貼り付いている。

因みにルビーとアメジストの組み合わせのドラゴンと、ペリドットとアクアマリンの組み合わせのドラゴンだ。


第二形態になって変わったのは頭だけではない。

体が一回り小さくなっていて、代わりに翼は大きくなっていた。


「まさか…」


案の定、2体のドラゴンが翼を羽ばたかせて飛び上がる。

空まで飛ぶとなると、額の宝石を4つ同時破壊するのはより難易度が高いだろう。

自分の命さえ掛かっていなければワクワクするところだが、今は焦りだけが募ってしまう。


「俺と朔也さんでそれぞれのドラゴンを引きつける!みんな額の宝石破壊に集中してくれ!」


カイトがそう指示を出し、ルビーとアメジストのドラゴン前に立った。

同時に父さんがペリドットとアクアマリンのドラゴンのヘイトを稼ぐ。


「ボク達は出来るだけ息を合わせて攻撃しよう」


恭介さんに言われ、俺と沙織さんが頷く。

母さんは攻撃スキルが無いわけではないが、遠距離攻撃は出来ないしこのドラゴンに近付いて額の宝石破壊なんて不可能だろう。

そもそも、ヒーラーがやられたらパーティーはお終いと言っても過言では無い。

母さんには父さん達の回復に専念してもらって、宝石破壊は俺達で何とかしなくては。


しかし、ここからが本当に難しかった。




「くっ、ダメか…!」


2射同時に放った恭介さんが歯を食い縛る。

同時に2つの宝石を破壊しようと試みるが、頭がそれぞれ常に動き回るため片方に当たってももう片方は外れてしまう。


今度は沙織さんがドラゴンを丸ごと包み込むほどの魔法を放った。

しかし無傷の宝石を見て舌打ちをする。


「やっぱり、範囲攻撃だと宝石は破壊できないみたい!狙い撃ちするしかないわね!」


言いながら火球を飛ばすが、動き回る頭はそれを避けてしまい1つも破壊できず「じっとしてなさいよ!!」という沙織さんの怒声だけがこだまする。


「頼むシェイド!2つ破壊してくれ!」


と、俺も闇の精霊を召喚して羽根を飛ばしまくり同時破壊しようとするが、1つの宝石を壊すので精一杯だった。

それを見て父さんも声を上げる。


「俺がペリドットを破壊する!それに3人で合わせられないか!?」


ドラゴンの攻撃を防ぎつつも、額のペリドットを破壊する為に父さんが斬りかかる。

しかし、対になっているアクアマリンの頭に攻撃されそれを阻まれた。

だが諦めずにそれを弾き、最初に狙った方の宝石を破壊する。


「あぁちょっと無理よ!」


こちらも何とかそれに合わせようとするが、敵の攻撃を防ぎながらの為動きがトリッキーだ。

スキル発動までの時間もあるので予測がつかない動きに合わせて攻撃するのは難しく、沙織さんの攻撃は早過ぎたし俺と恭介さんの攻撃は遅すぎた。

バラバラのタイミングで破壊した為、宝石は直ぐに復活してしまう。


「ク…っソ、どうしたら…!」


残り時間は3分を切ってしまっている。

このまま破壊できなければ、タイムオーバーでクリア失敗だ。

そうなれば俺はもう助からない。


皆んなも焦りの色が強くなっていた。

俺の為に必死に戦っているのが伝わってくる。

どうにかして同時破壊できないか色々と模索するのだが、どれも不発に終わってしまった。


倒し方が分かっているのに、ゴールは目の前なのに、それでも倒せないなんて。



せめて…



ダンジョンに挑戦している間、ずっと忘れられなかった存在が頭を掠める。

考えてはいけないのは分かっている。


けれど、もし居てくれたなら。

この状況だって打開できただろう。


もし居てくれたなら…



「! アヒトっ、後ろ!!」


カイトの焦った大声を聞きハッとする。

ドラゴンの額にばかり気を取られている内に近づき過ぎ、尻尾が俺の後方から鞭のように迫っていた。

あまりの速さに避けられそうに無い。


「アヒト!!」


他の皆んなが一斉に俺を救う為に動く。

全員の動きがスローモーションのように見えた。

きっとこのメンバーなら誰かは間に合ってくれただろう。


けれど…


その誰でもない影が、俺の前に飛び込んできた。



ーーズバァンッ!ーー



小刀で斬り払われたドラゴンの尾。

目の前を見覚えのある黒い髪が揺れる。


「…!!」


言葉に出来ないまま目を見開いた。

一本に結えられた長い髪。

和服っぽい格好で2本の小刀を振るう姿。

見間違える筈がない。



「っクレハ…!」


名前を呼ばれ、少女は笑顔で振り返った。


「遅くなっちゃってごめんね、アヒト君」


本物だ。

幻覚じゃない、クレハだ。

来てくれたクレハに、ブワッと涙が滲む。


もしプレイヤーだったら、途中参戦する事など出来ない。

NPCだからこそ駆け付けられたんだろう。

けれど、あんな事があったのに…。


「来て…くれたのか?どうして…」


クレハは一度俯いて、静かに告げた。


「あのね…本当は私、この世界が消滅するって、なんとなく分かってたの。この世界の人間だからかな?自分が消えるっていうのも分かるし、何故か受け入れられてる。死ぬ事も怖くないの」


その言葉を聞き、グッと歯を食い縛って堪えた。

胸が苦しくなり、呼吸が荒くなりそうな自分を押さえ込む。

そんな俺に言葉を続けるクレハ。


「だけど…ね。アヒト君と離れ離れになっちゃうのは…それだけは、どうしても受け入れられなくて」


クレハは涙を堪えながらそう告げた。


そこに、尾を斬られて怒ったドラゴンが容赦なく攻撃してくる。


「でも!」


しかしクレハはそれをヒラリと躱して逆に斬りかかりながら叫んだ。


「アヒト君が死んじゃう方が、ずっとずっと嫌だから…!」


着地したクレハは全て吹っ切れた表情で武器を構える。


「私も一緒に戦うわ!絶対にコイツを倒しましょう!」


「…っ、うん、ありがとう!」


お礼を聞いて振り向いたクレハと笑顔で頷き合った。

それを見ていた周りの皆んなも笑顔になる。



これで、全員が揃った。

残り時間は2分。

けれど、もう絶望感は無い。


「行くぞ!!」


勢揃いしたメンバーで、ドラゴン討伐へ動き出した。


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