第12話 明かされた真実
「うわ、早!」
グリフォンのスピードは俺の想像以上だった。
振り落とされないように必死に父さんにしがみ付く。
ぐんぐんと城の城壁が近づき、歪みの中の様子が覗き見えた。
その景色はやはり城の中を映し出している。
「間に合え…!」
体感の速さは尋常じゃないが、間に合うかはギリギリなんだろう。
父さんが歯を食いしばりながらグリフォンを操作する。
「「行っけー!!」」
カイト達の声援も糧に、更にスピードを上げる父さん。
そして歪みがついに目の前まで迫った。
このまま飛び込めればクリアだ。
しかし、本当にあと僅かというところでそれは一瞬で消滅してしまった。
「く…っ!」
慌てて父さんがグリフォンを急停止させようとするが、スピードの乗った状態で急に止まるのは物理的に不可能だ。
下から悲鳴が聞こえる中、そのままの勢いで壁へと衝突した。
「…?」
「…痛くない?」
だが、あれだけの勢いでぶつかったのに全く衝撃が来ない。
どうやら城は見えない壁のようなモノで覆われていて、磁石の同極のように反発して安全に止まれる設計になっていたようだ。
「た、助かった〜」
いや、俺の状況的には助からなかったと言うべきだろうか。
父さんの顔を見ると、とても険しい表情を浮かべていた。
その顔を見るに、恐らく何度挑戦しても同じ結果になるんだろう。
「戻ろう、父さん」
「…あぁ」
間に合わなかったのは父さんのせいではない。
きっとこのルートは運営が悪ふざけで用意したんだ。
そんな意味合いも込めて父さんに自分を責めないよう促した。
ゆっくり戻ってくる俺達を、僅かに落胆の色を見せつつも笑顔で出迎えてくれる仲間達。
「やー惜しかったなアヒト」
「まぁこれでゴール出来たら苦労しないわよね♪」
「それもそうだね。これで行けたら拍子抜けだ」
東堂親子の励ましに、俺と父さんは苦い顔で頷く。
そこに母さんとクレハが続いた。
「グリフォンを操作する朔也さん、とってもカッコよかったわぁ」
「アヒト君もすごい格好良かったよ!」
「「そ、そうか?」」
いかん。
ここでも血の繋がりが。
一気にご機嫌になった俺達を見て呆れる東堂親子。
そんなやり取りをしつつ、取り敢えずこちらの騎獣ルートはやはり不可能だと判断され、普通にダンジョン攻略を進める事になった。
*****
その日の夜の事だった。
「アヒト!攻略出来るかもしれないぞ!」
ノックも無しにいきなりクレハの家に飛び込んできたカイト。
流石に失礼だろうと思ったが、クレハは気にした様子無く出迎える。
「いらっしゃいカイト君。何か分かったの?」
スッとさり気なくお茶を差し出しながら聞くクレハ。
カイトはそれをグイッと飲んで椅子に座りながら答えた。
「あぁ、5階層の窪みに嵌め込む宝石の1つが見つかったんだ!」
それは本当に偶然の発見だったらしい。
見つかったのは3階層のスライム戦の最中。
普通に攻略しようと挑んだパーティーが、初期の赤紫色に対応すべく赤と青のレバーを倒した。
その際、緑のレバー担当をしていたプレイヤーが誤ってレバーを倒してしまったそうだ。
更に、それによって魔法陣が白になってしまった為に攻撃しようとしていたプレイヤーも混乱し、対応属性のどれにも属さない魔法を発動させてしまったらしい。
だがそれが功を成し、スライムは急にプルプルしだした後に紫のアメジストをコロリと落っことしたとの話だ。
「このアメジストが、5階層の壁の窪みにピッタリ嵌ったんだ。多分、どの階層にも宝石が出る条件があるんだと思う」
「うわぁ、難しそうだな」
「まぁな。けど今回の発見で、看板の文章がヒントになるんじゃないかって改めて調べられてんだ」
看板にあった文章。
『この城にあるは刻の限りを持つ五つの階層。
導き手となり、一手を大事に、数多の色を操って、裏を詠み、最後は阿吽で敵を討て。
さすれば扉は開かれる』
という表側に書いてあった文だ。
言われてみれば、この文章の『数多の色を操って』の部分がスライム戦に当てはまっている気がしなくもない。
「みんな凄いな…。俺は絶対気付かない自信あるわ」
「伊達に攻略組を名乗ってはいないって事だな」
感心する俺にカイトも頷いて言う。
そしてゆっくりする事もなく直ぐに立ち上がった。
「とにかく、後はヒントを元に残りの宝石を見つけ出すだけだ!明日までには絶対完全攻略してやるから安心しろ!」
俺の目を見て力強く言ってくれるカイト。
サービス終了までの残り時間は24時間を切ってしまっている。
きっと俺の為に夜通し攻略に専念してくれるつもりなんだろう。
こうしてはいられない。
「よし、じゃあ俺も一緒に…」
「待て待て!いざ攻略方法わかった時にお前が万全の状態じゃなきゃ意味無いだろ?待ってるのも落ち着かないだろうけど…直ぐ行けるように、今は体力を温存しといてくれ」
な?と言って俺を止めるカイト。
正直、刻々と近付いている死が怖い。
今まではあまり考えないようにしていたが、期限が近付くにつれて徐々に恐怖となって押し寄せてきている。
こんな所でジッとしてないで、俺も攻略に参加したい。
でも、カイトの言う通りいざやっと攻略方法が分かった時に動けなくては元も子もない。
親友や両親達、それに他のプレイヤー達も頑張ってくれてるのだ。
俺が信じなくてどうする。
そう思い、一度浮かせかけた腰を下ろして目を閉じた。
震える拳をギュッと握り、息をひとつ吐いてカイトを見る。
「ありがとなカイト。…任せた」
「おう、任されよ」
俺を安心させるようにニッと笑って答えるカイト。
と、俺を見守っていたクレハも立ち上がった。
「ねぇカイト君、私にも手伝える事ない!?私もアヒト君の力になりたいの」
真剣な顔でそう言うクレハにジンとする。
そんなにも俺のことを考えてくれるなんて。
カイトはクレハの顔を見て少し考えた後、意を決したように口を開いた。
「…クレハちゃん。アヒトが悪い奴に騙されて契約を交わさせられたって話はしたよな?」
「え?ええ。明日の6時までにダンジョン攻略出来なきゃ帰れなくなるって話でしょう?」
「そう。その帰れなくなるっていうの…意味はかなり重い」
「…え?」
俺を前にしているからか直接的な言葉は口にしなかったが、クレハは察したのだろう。
驚愕の表情で俺へ振り返る。
「だから…さ、クレハちゃんにはアヒトのそばに付いててやって欲しいんだ。それは俺達には出来ない事だから」
攻略方法を見つける為というのも勿論だが、カイト達はプレイヤーでありこの世界の人間では無い。
ログインしないとここには来られないし、強制ログアウトもあるので本当の意味でずっと一緒にいる事は出来ないのだ。
クレハは少し考えるようにうつ向き、それからゆっくりと顔を上げた。
「うん…わかったわ」
その決意を固めたような表情に、カイトもこくりと頷く。
善は急げと言わんばかりにダンジョン攻略へと戻っていった。
それからクレハが用意してくれた晩ご飯は、いつもより更に豪華だった。
肉料理も魚料理もあるし、ポテトやチーズ、サラダなどサイドメニューも色々だ。
「おぉ、すごい!」
「えへ、ちょっと気合い入れちゃった」
クレハは努めて明るく言っているが、俺の為に出来る限りのことを探してくれてるんだろう。
その優しさが垣間見える料理の数々に胸が熱くなる。
それと同時に、これがクレハと食べる最後の晩餐かと思うととても寂しく感じた。
「いただきます」
その寂しさを紛らわすように食事に集中する。
どれも美味しすぎて涙が出そうだ。
クレハは俺が頬張る様子を眺めながら小さく言葉を溢した。
「アヒト君…ごめんなさい」
「ん?」
急に謝ったクレハに疑問符しか浮かばない。
何か謝られるような事をされただろうか。
クレハは少し泣きそうな顔をしながら言葉を続けた。
「私…ね、心のどこかでアヒト君が帰れなくなったら良いのになって思う気持ちもあったの。そしたら、ずっと一緒に居られるんじゃないかって…。そんな事、考えてる場合じゃなかったのに…」
心から後悔している様子のクレハに、俺は慌ててガタリと立ち上がる。
「い、いや!クレハは知らなかったんだし、ちゃんと言わなかったこっちが悪いっていうか…!それに俺だって、ずっとクレハといられたらって思ってたし!」
「え?」と小さく言いながら俺を見るクレハ。
自分で言った言葉を心中で反復し、顔が一気に熱くなる。
「そ、その、だから謝る必要もないというか…。むしろ、その、あ…ありがとう」
俺に釣られるかのようにクレハもカァっと顔を赤くした。
ヤバい可愛い語彙力死ぬ。
クレハは泣きそうな顔を少し残しつつも、嬉しそうに頬を染めたまま口を開いた。
「アヒト君も同じように思ってくれてたなんて…嬉しい。やだな。私、自分がこんなに単純だなんて知らなかった」
本当に恥ずかしそうに顔を覆うクレハ。
それはそれで可愛くて心臓に悪いが、さっきのような辛そうな顔をしているよりはずっと良い。
クレハは自分を落ち着けるように胸に手を置くと、笑みを作って言葉にした。
「私、これまで以上に頑張るから。…明日、絶対にダンジョン攻略成功させようね」
「…あぁ」
不思議だ。
今日は怖くて眠れないと思っていたけれど、何だか眠れるような気がしてきた。
本当に、クレハがそばに居てくれるだけで全然気持ちが違うのだ。
けれど、サービス終了と共にクレハも消えてしまう。
その事を、今は考えないようにした。
*****
それから翌朝を迎え、クレハと共にいつでもダンジョンへ出発できるよう待機していた。
けれど、何時間経っても迎えは来ない。
徐々に焦りが募る中、タイムリミットまで残り約8時間となっていた。
「来ない…な」
「そうね…」
気を紛らわせようとクレハに声を掛けるが、話題もろくに出てこない。
なんとか自分を落ち着かせようと大きく深呼吸をする。
と、そんな俺の手にあたたかな温もりを感じた。
クレハが俺の手を握ってくれたのだ。
「大丈夫だよ、アヒト君。きっともう直ぐみんな来るわ」
「…うん」
その優しさと手の温もりが不安を和らげてくれ、俺も自然とクレハの手を握り返……そうとした時だ。
ーーバァン!
と扉が激しく開き、慌ててバッと手を離す。
顔を出したのは案の定カイトだ。
「アヒト!宝石が4つ見つかったぞ!」
だからノックをしろ!!
という言葉を飲み込み、カイトの言葉を脳内でもう一度再生する。
意味を理解した途端に一気にテンションが上がった。
「ほっ、本当か!?」
「あぁ!今強制ログアウトされるだろうから詳しくは説明できないけど、後は5階層のボスを攻略するだけだ!絶対間に合うから、戦闘に向けて備えておいてくれ!」
そうカイトが言った直後に『♪ピュインピュインピュイン』という強制ログアウトの効果音が鳴り響いた。
本当にギリギリのところで来てくれたらしい。
「次来んのはダンジョン攻略一緒に行く時だからなー!」
と言いながら姿を消すカイト。
恐らく強制ログアウトまでの時間を最長に設定しているだろうから、朝の4時からぶっ続けでやってくれてたんだろう。
やっぱり、ただ待つだけなんて嫌だ。
俺にも何か出来ることがあるんじゃないだろうか。
そう思い、俺はクレハの方へ振り返った。
「クレハ、お願いがあるんだ」
急な事に首を傾げつつも聞く姿勢になるクレハ。
クレハは俺の頼みを聞き、快く承諾してくれたのだった。
*****
それからまた数時間が経過し、ついにサービス終了まで3時間と迫っていた。
流石にそろそろ攻略に行かなければ間に合わないのではないかと、俺もクレハも焦りが隠せなくなる。
そして、ついにその時がきた。
「悪いアヒト待たせた!!」
頭上から声が聞こえ、グリフォンから飛び降りながらカイト達が謝罪する。
思わず俺とクレハは顔を輝かせた。
「攻略方法わかったのか!?」
「ああ!とあるパーティーがやっと攻略に成功したんだ!」
喜びながら、カイトの後ろで待機している両親達にも顔を向けた。
カイトの言葉を肯定するように頷きながら皆んなが口を開く。
「今から行けば、確実に間に合う」
「行きましょうアっくん!」
「アタシ達が居れば余裕よ♪」
「ボク達もあれから更に戦闘に慣れたしね」
成功を疑わない表情で告げる面々。
本当になんて頼もしいんだろう。
希望が一気に胸に溢れてくる。
クレハも一緒に喜びながら声を掛けてくれた。
「良かったねアヒト君!これで助かるわ!あ、アレ取ってくるね!」
そう言いながら急いで家の中へ戻るクレハ。
すると、クレハが離れるのと同時にカイトがススッと隣に来た。
その顔は何かを企むような楽しげなものだ。
「アヒト、行く前にお前に見せたいモノがある」
「見せたいモノ?」
一体何だろうと首を傾げてしまう。
カイトは口の端を上げ、オプション画面を開いた。
俺が視認できる状態にして、メッセージ画面を開く。
よく分からず戸惑うも、促されるままに俺はそれを覗き込んだ。
「…!」
そこにあったのは、俺宛のメッセージだった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
『謎ウサ召喚氏さん、あの時はありがとう!お陰で貴重なアイテムを失わずに済んだよ!』
『なんか色々大変みたいだけど頑張って!応援してる!!』
『助けてもらって本当に助かりました!今回の攻略で恩返しになったら嬉しいです♪』
『絶対クリアできる!!ガンバレ!!』
『悪魔なんかに負けんなー!謎ウサには俺たちがついてる!』
ーーーーーーーーーーーーーーー
「え?これは…?」
「お前を助けるために掲示板に書き込みしたって話しただろ?それで集まってくれた有志達とフレンドになってさ、お前に送ってほしいっていうメッセージ預かったんだ」
今の俺は、アイテムと装備以外の機能を使えない状態だ。
なのでカイトが代わりに受け取ったんだろう。
他にもまだまだメッセージはあったが、涙で滲んでよく見えない。
俺の知らないところで、こんなにも沢山の人が動いてくれてただなんて。
目頭を押さえる俺を見ながらカイトが笑顔で言う。
「あの悪魔はさ『他人に手を貸して一体何の得になる?』なんて言ってたけど、お前のしてきた事は無意味な事なんかじゃなかった。もし俺がお前と同じ立場になってたら、こんなに人も集まんなかったと思うぜ?」
「ぅう…」
それ以上はやめてほしい。
マジで涙腺が崩壊する。
そんな俺の反応に気を良くして肩をパンパン叩きながら言葉を続けるカイト。
「さ、あとはみんなの期待に応えるだけだ!この世界が崩壊する前に、さっさと元の世界に帰ろうぜ!」
と、そうカイトが言った時だった。
ーーガサッーー
何かが落ちる音が背後からした。
その音のした方へ慌てて顔を向ける。
そこには、手にしていた袋を取り落とし顔面蒼白になったクレハの姿があった。
聞かれた。
瞬間的にそれを理解し、こちらも青くなる。
「この世界が、崩壊…?元の世界…って…?」
誤魔化せる状況ではない。
それに、ここに来て嘘もつきたくない。
「アヒト君、どういう事…?嘘…よね?」
「…ごめんクレハ」
俺に詰め寄ったクレハは、その謝罪で言葉を失う。
他の皆んなも止めようとする気配は無く、容認して見守ってくれているようだ。
俺は覚悟を決め、クレハに全てを話した。
この世界はあと3時間で消滅してしまうこと。
俺はこの世界の人間ではなく違う世界から来たこと。
元の世界へ帰る為にダンジョン攻略をしていたこと。
話を全て聞き、震えるクレハ。
慰めの言葉なんてある筈もない。
「そ…んな…。そんな、事って…。…っ」
ダッと、クレハは涙を浮かべたまま森の方へと駆け出した。
慌てて俺も後を追う。
「っクレハ!!」
「ダメだアヒト!!」
が、追いかけようとした俺の腕をカイトが掴んで止める。
聖騎士の筋力に召喚術士では敵うはずもなく、振り解けそうにない。
「離してくれカイト!クレハが…っ」
「時間が無い!間に合わなくなるぞ!?」
「けどっ!」
「それに、前にも言ったけどクレハちゃんはNPCだ!追いかけたところでどうにもならないだろ!?」
「…っ」
カイトの、言う通りだった。
俺がクレハにしてやれる事なんて何も無い。
掛ける言葉も無ければ、救ってやる事だって出来ないんだ。
ようやく大人しくなった俺の腕をそっと離し、カイトは励ますように言った。
「何も知らないままお前が目の前から消えるより、きっとこの方が良かったんだよ。これまで協力してくれたクレハちゃんの為にも、ダンジョン攻略成功させようぜ」
「…あぁ。そう、だな」
辛い気持ちを必死に押し込め、俺は顔を上げた。
皆んなの顔を見回し、大きく息を吐く。
「行こう、ロジピースト城へ」
クレハが落とした袋だけ拾い上げ、力強く頷いてくれた面々とダンジョン攻略に向けて歩き出す。
後ろ髪を引かれる思いはあるけれど、もう振り返らない。
最後のチャンスであり最終決戦へ、俺達は向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます