第11話 もう一つの道


「4階層の敵はセイレーン。人魚に鳥の羽が生えたようなやつだな。こいつはちょっと面倒臭い」


扉を開きながら説明をしてくれるカイト。

中を覗くと、なぜか敵の姿が見当たらなかった。

ボスが現れないのは5階層の話ではなかったかと首を傾げる。

ボスの代わりに入って直ぐのところに横に長い台座があり、その上に綺麗なデザインのグラスが並んでいた。


「あの8つのグラス、水が入ってて叩くとそれぞれ違う音が鳴るようになってる。予想つくと思うけど、左からドレミファソラシドだな」


よく見れば台座の真ん中部分にガラスか何かで出来た透明な棒も置いてある。

恐らくあれで叩けば良いのだろう。


と、横にいた母さんが嬉しそうに口を開いた。


「わぁ、あれ楽しいのよねぇ。最近やってなかったからワクワクしちゃうわ」


というのも、実は母さんの趣味だったりする。

俺の部屋で海斗と遊んでると時々階下から澄んだ音が聴こえてくるのだが、覗いてみると母さんがキッチンでグラスを叩いて遊んでいるのだ。

もちろん一緒に覗いているカイトも知っている訳で、母さんを見てニッと笑った。


「そう、今回は小春さんがいるから何とかなると思う。セイレーンは床を水みたいにして潜ってるんだけど、短く歌を歌うんだ。その歌と同じ音をあのグラスで鳴らすと、水から出て姿を現す。そしたら攻撃っていうのを繰り返すんだ」


要は、スライム戦の音版といった感じだろうか。

演奏しないといけない分、難易度は上がるが。


「スライムと違って、床に潜ってる間は攻撃できない…つまり無敵状態なんだ。演奏を間違えたからって失敗にはならないけど、やり直せばやり直すほど時間切れに近づく。でも一回の歌で奏でる音は5音くらいだから、小春さんなら落ち着いて聴けば大丈夫だと思う」


「そうなのね、任せて」


母さんがニコニコしながら胸を拳でトンと叩く。

責任重大なのに緊張した様子が全く無いのはある意味すごい。


「出現してる間は普通の戦闘と一緒だ。俺と朔也さんで敵を引きつけるから、みんなは攻撃よろしく」


その言葉に各々が返事をし、扉を潜った。

全員が通り抜けると前後が壁で閉鎖され、制限時間30分のタイマーが現れる。

すると、それと同時に不思議な歌が響き渡った。



〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪



5つの音で構成された短い歌。

これと同じ音でグラスを演奏すれば良いようだ。


「よーし」


と腕捲りするような仕草で透明なスティックを持つ母さん。

そして迷いなくグラスを叩いた。


左から、1つずつ順番に。


「母さん!?」


ドレミファソラシドという馴染み深い音階が響いてセイレーンらしき魔物が途中一度だけ跳ねる。

演奏する気ゼロの行動に思わず全力で振り向いた。


「まずはチューニングからと思って」


「要らないからね!?これゲームだから!普通に演奏して!」


なんというマイペース。

逆にもう少し緊張感を持ってほしい。


仕切り直すように再びどこからともなく同じ歌が響く。

今度はそれをよく聴いて、しっかりグラスを見据える母さん。



キーン♪キーン♪キーン♪



音を鳴らす度に床から飛び跳ねるセイレーン。

叩いたグラスは音ごとに違う色で光り、それだけでも幻想的な光景だ。

そんな淡い光に照らされる母さんを見ながら父さんがボソリと呟く。


「天使…」


クソ。

これが母さんじゃなくてクレハだったら俺も同じ事呟いてる。

こんな所で血の繋がりを感じたくはなかった。


最後の一音を叩き終えると、それまで飛び跳ねるだけだったセイレーンがザパリと床からその姿を現した。

全体的に青っぽく、人魚に天使の羽が付いたような見た目なのだが顔は凶悪だ。


「戦闘開始!」


カイトの言葉を合図に一斉に攻撃に入る。

手筈通り父さんとカイトがセイレーンの注意を引き、俺達は攻撃に集中した。


「うおっと」


もちろん、セイレーンも黙ってやられる訳がない。

水の槍を何本も作り投げつけるのだ。

その流れ弾が当たりそうになり慌てて避ける。


「大丈夫かアヒト!?俺達もそっちに攻撃いかないよう気をつけるから、俺らの背後には入らないようにしてくれ!」


「悪い、わかった!」


近距離の攻撃しかしない敵ならそこまで考えなくても良いが、遠距離まで飛ぶ攻撃をしてくる敵の場合はタンクの背後にいるのは危険だ。

基本の動きなのに僅かに射程内に入ってしまっていたとは。

当たらなかった事にホッとしつつも反省して、立ち位置にも充分注意した。

相手が水属性という事で雷の精霊トールを召喚し、クレハの反応に癒されながら攻撃を続ける。


「そろそろ潜るぞ!小春さん準備を!」


「ええ!」


父さんとカイトの回復に集中していた母さんが再び演奏台の前に立つ。

HPが5分の1ほど削られたところで再びセイレーンは床へと潜った。

そして響く歌声。



〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪



聴こえたのは最初とは違う音程の歌。

それを再び母さんが演奏する。

どうやらこれを繰り返して倒すらしい。

母さんが一発成功してくれるお陰で2巡目、3巡目とすんなり戦闘が進んでいく。


因みにこのギミック、今回は母さんがいたから良かったけれど楽器など出来ないプレイヤー達では大変なのでは。

そう思い後になってからカイトに聞いてみたところ、正解の音が鳴るとセイレーンが飛び跳ねる仕組みや叩くと綺麗に光るグラス、そして長めに設定された制限時間のお陰で意外とプレイヤーからは好評だったらしい。

正解の音程探しは案外楽しく、大抵のプレイヤーが時間内に演奏できたとの事だ。


因みに飛び跳ねている間も出現時間は短いものの攻撃自体は可能という事で、跳ねてる一瞬の間に攻撃しまくるというゴリ押しスタイルでクリアしたプレイヤーも居たとか。


「次でラストだ!」


だれる事なくあっという間に最終ターンに突入し、皆んな手を抜かず攻撃を続ける。

やはりこのパーティーでは安定していて、俺が攻撃を食らいかけた時以外は危なげなく戦えた。

最後の一撃を沙織さんが決め、ついに潜らずに床に倒れ伏すセイレーン。



〜♪〜…♪〜♪〜♪〜…♪



すると、倒れたセイレーンが掠れる声で最後の歌を歌った。


「鎮魂歌かしら」


もうHPは残っていないので必ず演奏する必要も無い。

けれど母さんは迷いなくその歌を演奏した。

歌を繰り返すように綺麗に音を鳴らし終えると、聴いていたセイレーンは幸せそうに微笑んで消えていく。


その様子を少しシンミリした気持ちで見ていると、カイトが事もなげに口を開いた。


「因みにこの演奏を間違えると憎々しげに睨みながら消えていくらしいぞ」


「怖っわ!」


成功してくれて良かったー!


なんて事もありつつ、ついに最後の5階層へ辿り着く。

扉の前に立ち、カイトが全員を振り返った。


「今のところボスの出現方法はわかってないから、今回も出るか分からない。でも短時間でここまで来れたから、もしボスの出現条件がスピードクリアなら出てくる可能性もある。クリア方法も分かってない敵だから、みんな充分に注意してくれ」


先程のセイレーン戦も20分掛かってなかった筈だから、確かにかなり進みは早いだろう。

父さんとカイトが敵のヘイトを高めるスキルを使い慎重に扉を開いた。

敵の見当たらないその部屋に、ゆっくりと入室する。


「……ダメか」


中央辺りまで歩を進めたところで、カイトが落胆するように言葉をこぼした。

敵が出てくる気配も無いし、半透明の壁やタイマーが現れることも無い。

恐らく何か失敗したのだろう。


「とりあえず、この部屋を探ってみない?」


と、諦めずにクレハがそう提案する。

もしかしたらボスが出現する条件がこの部屋の中にあるかもしれないし、何もせず帰るよりずっと良いだろう。


「そうだな、何かヒントがあるかもしれないし」


クレハに俺が返事を返し、みんなも肯定するように頷いた。

散り散りになってそれぞれ部屋を探り出す。


すると、割と直ぐに何かを見つけた恭介さんが口を開いた。


「ん?この窪みは?」


それにカイトが直ぐ様答える。


「あぁ、これが一番怪しまれてるやつなんだ。何かを嵌め込むんじゃないかってさ」


恭介さんが見つけたのは、壁にあった縦20センチくらいの楕円形の窪み。

よくよく注意して見ると、両サイドの壁に2箇所ずつ、合計4つの同じ形をした窪みがあった。

確かに何かを嵌め込めそうな形である。


「それと、あの扉にも似たようなのがあるんだ」


今までと違い、正面の階段があった位置にあるのは白い扉だ。

恐らくあそこがゴールになるんだろう。

そしてその扉の中央に、角が丸い正方形の窪みがあった。


「ふむ、確かに何か嵌め込めそうだな。だが…」


「そう。ここには何も無いし、ここに来るまでにもそれらしき物は無かった」


父さんの言いたい事を理解してカイトが続ける。

確かに、例えばゴーレムの時なんて制限時間が切れるまで隅々探し回ったが何も出てこなかった。

他の部屋だって、もしあの大きさの窪みに嵌るような物が在れば気付くはずだ。

ましてやカイトは窪みの存在も知っていたのだから。


「うーん…これは手詰まりっぽいわね」


窪み以外にこの部屋に怪しい所は無く、完全にお手上げといった感じで沙織さんが言う。

ここまで来て諦めたくはないが、ここは一旦引き返して仕切り直した方が良いだろう。


「とりあえずこのメンバーなら5階層まで直ぐ来れる事も分かったし、また攻略情報集めて再挑戦しようぜ」


カイトの言葉でそれしか無いと皆んな判断し散り散りになっていたメンバーが一箇所に集まる。

5階層入り口の扉から外へと出た。


このダンジョンは部屋の入り口を引き返すように出ると自動的にダンジョンの外まで出される仕組みのようで、扉を潜ったところであっという間にアーチの前に転移される。

前の階層に戻るということも出来ないようだ。


「くっそぉ、結局何もわかんなかったなぁー。一旦戻って攻略情報更新されてないからチェックするか」


体を伸ばしながら愚痴を溢すカイト。

どうやら現実世界に戻るつもりのようだ。


「アタシ達は他に何か無いかもっかい挑みながら探してみましょうか?」


「そうだね。サイトのチェックはカイトだけで良いだろう」


沙織さんが提案し、頷きながら恭介さんが返す。

父さんと母さんがこちらへ向いた。


「じゃあ俺達は時間ギリギリまで探ってみる。お前は体を休めてろ」


ポンと俺の頭に手を乗せ気遣って言ってくれる父さん。

ゲームと違って現実状態の俺は疲労も溜まるので、それが見た目でわかったんだろう。


「アっくんはクレハちゃんのお家に帰るのよね?折角だから街まで送ってあげるわ」


そう言って、母さんがポンと騎獣を取り出した。

その出てきた騎獣を見て俺とカイトが驚愕する。


「「グリフォン!?」」


俺達が驚いたのは仕方ないと思う。

鷲の上半身と翼、そして獅子の下半身をもつグリフォンはシリーズ毎のラスボス初撃破報酬の騎獣、その初代を飾った獣なのだ。

俺たち如きでは拝む事も叶わない筈の騎獣である。


そういえば、母さん達は初代ラスボスを初撃破した英雄達だった。

ならば持っているのも当然である。

するとカイトが嘆くように声を上げた。


「そうか忘れてた!そっちの手もあったんだった!!」


どうにも俺とは反応が異なる。

首を傾げていると、ビシッと入り口にある看板を指差した。


「あの看板の裏!裏にも文字が書いてあったろ!?」


「あぁ、あのフェンリルの速さならどうとかいうやつ?」


正確には、『答えが1つとは限らない。フェンリルの速さをもってすれば、最速で到達も可能である』という言葉である。


「そうそれ!あれ実は結構前に解明自体はされてたんだよ!」


「え!?」


それは初耳だ。

なぜ今まで言わなかったのだろうか。


カイトはその理由を説明すべく、アーチの前に手招きした。


「いいかアヒト?このアーチを潜ったと同時に城の最上階辺りを見てみろ」


「わ、わかった」


促されるまま、アーチを潜って橋を渡らずに城の上方を確認する。

と、最上階部分と思われる所の壁面に歪んだ空間が出現したのが見えた。

僅かな時間だけ現れ、直ぐにただの壁面へと戻る。


「え!?今のは?」


「あれが多分、もう1つの答えだ。このアーチを潜ってから5秒間だけ歪みが生じる。その間にあの空間へ飛び込めればクリアになるんだと思う」


なんて事だ。

歪みが現れていたなんて今まで全然気付いていなかった。

だが、ある事が引っ掛かりカイトに聞いた。


「…5秒以内にあそこに飛び込むとか無理じゃね?」


「それな」


ここから城の扉まででも100メートルほど距離がある。

更に一部屋一部屋広く高く造られている城なので、最上階の辺りは地上から40メートルくらいあるのだ。

最短の直線距離で行けたとしても5秒以内に辿り着くなんてまず無理だろう。


「大前提として、あそこに向かうには騎獣が必要だ。で、みんなありとあらゆる騎獣を使って挑戦したんだ。けどあそこに5秒以内に辿り着けるような騎獣は無かった」


「だよなぁ」


例えば俺のペガサスで向かっても、多分半分くらいの距離しか進めないだろう。

カイトのバイクとかならワンチャン間に合うだけのスピードが出せるかもしれないが、そもそも空を飛べないし壁だって走れない。


「結果的に、これは運営の悪ふざけかネタ枠だろうと早々に見切りがつけられた。けど、間に合う可能性があるけど試してない…いや、試せなかった騎獣がいるんだ」


「それがグリフォンか!」


グリフォンはこのゲームだと空を飛べる騎獣の中で最速だと言われている。

だが、持っているのは初代ラスボスを最初に倒したプレイヤー達だけだ。

つまり、父さん達しか持ってないのである。

そりゃあ試せる筈もない。


俺とカイトの会話を聞いていた母さんが、ズイと身を乗り出した。


「じゃあ、アっくんはこの子に乗ってあそこに飛び込めばクリアできるってこと?」


「うん、その可能性はある」


「じゃあ早速やってみましょ!」


嬉しそうに提案する母さん。

急にクリアの兆しが見えて皆んなの顔が明るくなる。

すると父さんが母さんより前に出た。


「グリフォンの操作はこの中だと俺が一番慣れてる。俺が乗せていこう」


「確かにそうね!朔也さんが適任だわ」


反対する事なくコクコク頷く母さん。

恭介さんと沙織さんも頷いている事から間違いは無いとわかる。


「よろしく、父さん」


「ああ」


父さんがグリフォンを出し先に飛び乗った。

その後ろに俺も跨る。


「成功すると良いね、アヒト君!」


クレハが心から期待した眼差しでそう言ってくれる。

ほんの少しチクリとしつつも、お礼を言った。


「ありがとうクレハ。それじゃあ父さん、行ってくれ」


俺の言葉を受けて、父さんは一度グリフォンを入り口から退がらせる。

そして助走をつけ、トップスピードでアーチを潜り出現した歪みに向かって一直線に飛び立った。


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