第5話 悪魔と契約


「え、帰れなくなっちゃったの?」


「うん、まぁ…たぶん」


膝の手当てをしてもらいながら、細かい説明などは全部省いてそれだけをクレハに伝える。

クレハは根掘り葉掘り聞くような事はせず、あやふやな言葉しか言えない俺の話も親身になって聞いてくれた。


クレハが住んでいたのは、デイ爺と同じ村の少しだけ外れの方の家だった。

木で出来た、ログハウスっぽい小さな一軒家だ。

村や街にある建物は自由に出入りできるものと鍵が掛かっていて入れないものがあり、クレハの家はその入れない類の建物だった。

以前試した時は無理だったが、どうやらそこの住人と一緒になら入る事も可能らしい。


「とりあえず、行く当てが無いならここに居たら良いわ。お昼ご飯作ってあるんだけど食べる?」


「え、ありがとう食べる!」


行く当てと言われればぶっちゃけどこにだって行けるが、今は誰かと一緒に居たくてついお言葉に甘えてしまう。

クレハは鍋からシチューのようなスープを盛ると、パンと一緒に出してくれた。

素朴なメニューだが、豪華な料理よりもなんとなく温かく感じる。


自分の分も盛り、俺の向かい側に腰掛けるクレハ。

一緒に「いただきます」と手を合わせ食べ始める。


「ん〜っっ、美味しい…っ」


目尻に涙を浮かべながら噛み締めると、「大袈裟」と笑いながら綺麗な所作でクレハもスープを口に運ぶ。

あんなに絶望していたのが嘘のように、今は気持ちが解れている。


「そういえば、クレハ1人なの?親御さんは?」


家の内観的に大人数が住んでるようには見えない。

俺の質問を受け、クレハは少しだけ目を伏せた。


「…お父さんとお母さんは、10年前に事故で亡くなっちゃったの。だからここで一人暮らししてるわ」


「…!ご、ごめん」


「ううん、かなり前だし平気よ」


なんて事だ…相手がNPCだという事もあって油断した。

まさかの重苦しい返答に、不躾な質問をしてしまった自分を殴りたくなる。


だがシュンと落ち込む俺に、クレハは笑顔を作った。


「1人で食べるご飯って、やっぱりちょっと寂しいの。だからアヒト君が一緒に居てくれて嬉しいわ。いくらでも居て良いからね」


この子は一体どこまで優しいのだろう。

俺が気を遣わないように言ってくれてるに違いない。

でもここまで親切だと、悪い人に騙されないか心配になった。


「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、あんまり初対面の人間を信用しちゃダメだよ。クレハ可愛いし、変な輩が近づいてきてもおかしく…ないと…いうか…」


言っていて恥ずかしくなり赤面しながら語尾がモゴモゴする。

クレハも『可愛い』という単語が出た辺りで少し頬を染め、それからそれを誤魔化すように笑った。


「あはは、私だってそこまで不用心じゃないわよ。アヒト君の事は前から知ってたから信用してるだけ」


「へ?」


必死に記憶を思い起こすが、俺はクレハと初対面の筈だ。

人の顔を覚えるのが得意とは言わないが、流石にこんな美少女なら一度会っただけでも忘れたりしない。

まさか、俺のそっくりさんでも居るのだろうか。


そんな感じで考えウンウン唸る俺に、クレハはピッと人差し指を立てながら言った。


「ほら、フェンさんよ」


「フェンさん…?」


誰だ。

やっぱりそっくりさんと間違えてるのでは。

いや、でもなんか聞き覚えがあるような…


ピンときてない様子の俺に、もしかして人違いかとクレハまで狼狽える。


「え?いつも送り届けてくれてるのってアヒト君よね?」


「…ぁあ!デイ爺か!」


「デイ爺…?」


「ごめんなさい。こっちの話です」


デイ爺は我々が呼んでる通称であって名前じゃなかった。

そういえばそんな名前だったかデイ爺。


俺がデイ爺を連れてきている人物だと再確認し、クレハもホッとしながら続ける。


「フェンさん、いっつもどこか行っちゃうじゃない?最初は色んな人が手を貸してくれるんだけど、暫くすると連れてきてくれなくなっちゃうのよね。3ヶ月くらい毎日連れてきてくれてた人も、ついには来なくなっちゃって…なんだか見捨てられたような気持ちになって、悲しくなっちゃった」


あぁ、それは続けたら何かが起こるのではと実験したプレイヤーの話だろう。

他にもっと稼げるクエストが沢山あるのだから、安い報酬のデイリークエストを続けるのは高レベルプレイヤーにとっては時間の無駄である。


クレハは寂しそうな顔をしてから、今度は一転して嬉しそうな顔で俺を見た。


「そんな中現れたのがあなただったの。最初はきっとそのうち来なくなるんだろうなと思ってたのに、初めて来た時から3年もずっと連れてきてくれるんだもん。あぁ、こんなに親切な人がいるんだって…いつか仲良くできたらなって思ってたの」


はにかんだ笑顔を作り、そう教えてくれるクレハ。

まさかそんな風に思ってくれている人が居ただなんて。


「そ、そうなんだ。なんていうか、あ…ありがとう」


やばい、なんか凄いむず痒い。

照れから2人してモジモジし始め、妙な空気が流れる。

それをお互いに誤魔化すように、そこからは食事に集中して黙々と食べた。



それからご飯を食べ終わり、食後にお茶も淹れてもらってほっと一息つく。

そうしてまったりと過ごしていると、突然それにそぐわない激しい音が響いた。


ーードンドンドン!


ノックにしては強すぎる力で扉が叩かれ、驚いて2人でそちらを向く。

すると直ぐに聞き慣れた声が耳に届いた。


「おいアヒト!アヒト居るか!?」


まるで取り立て屋である。

困惑した様子のクレハの横を走り抜け、慌てて扉を開いた。


「バ…っ、やめろカイト!迷惑だろ!?」


「え!?あ、いや、え?すまん」


声をひそめて焦りながら怒鳴った俺に、まさか怒られると思っていなかったであろうカイトが戸惑いながら謝る。

実際、もしこれが森の中とかでの再会なら来てくれたカイトに号泣しながら抱き着いただろう。


カイトは家の中にいるクレハに気付いて僅かに目を見開き、それからペコリと頭を下げた。


「あ、その、ちょっと取り乱していたというか…突然すみません」


「い、いえ。もしかしてアヒト君のお友達ですか?」


「はい、まぁ」


「そうなんですね。もしかしてお迎えに?」


「いや、お迎えというより安否確認というか…」


「そうなの?」と首を傾げつつ聞くクレハ。

よく分かってはいないようだが、取り敢えず俺を心配して来てくれたんだという事は分かったようだ。

カイトの色々話したそうな空気を感じ取り、立ち上がって鞄を手にする。


「積もる話でもあるのよね?私はちょっと出掛けてくるから、ここで話してて良いわよ。誰も来ないだろうし、ゆっくり話し合えると思うわ」


そう言って笑顔を作り、カイトと入れ替わる形で外に出る。

俺が慌てて「ありがとう」とお礼を言うと、小さく手を振りながらニコリと笑って出ていった。


「え、メッチャいい子」


「だよな」


両手を口元に添えて愕然と呟くカイトに全力で同意する。


そして、どちらからともなく目を合わせた。


「…アヒトももう気付いてるんだよな?」


「あぁ…。俺、このゲームの中に入っちゃってるんだろ?」


俺の言葉を聞き頷くカイト。


「ログアウトして見てみたら、現実世界の方にアヒトの身体は無かった。今のアヒトが本体って考えて間違いないと思う」


急激に重くなっていく空気。

やはりそうかと一縷の希望も失って俺も俯く。


それから、カイトは強制ログアウトされてから戻ってくるまでの事のあらましを話してくれた。


「とりあえず、順番に話してくな」


映写機能を使った事で、俺がゲームの中に入ってしまったと確信した母さんは泣きながら父さんに電話をしたらしい。

営業回りでたまたま家の近くまで来ていた父さんは、10分くらいで息を切らしながら駆け込んできたという。

大体の話を把握してこの非現実な状況も信じてくれ、「一先ず落ち着こう。海斗くん、まずは運営に問い合わせをしてくれるか?」と冷静に指示を出してくれたそうだ。


「…何気に小春さんと朔也さんゲーム詳しくない?」


「俺も自分の親ながら驚いてるわ」


説明しながら気づいた様子のカイトに頷いて同意する。

てっきり話について行けなくなるかと思っていた。


「あ〜けど、そういや母さん前に『昔はお父さんや沙織ちゃん達と4人で一緒にゲームして遊んだりしたわぁ。懐かしい〜』って言ってた気がする」


「マジかよ。じゃあウチの両親もか」


沙織ちゃんとは海斗の母親の名前だ。

考えてみれば不思議ではないが、きっと今の俺達のように学生時代はゲームで遊んだりしてたんだろう。

俺達がゲーム機を買ってくれと頼んだ時も特に反対されなかったのはそのお陰かもしれない。

家族仲は良い方だが、未だに知らない事もあるものだ。


そんな脱線をしつつも、再び話を戻す。


「それで、運営はなんて?」


「ダメだ。イタズラだって決めつけて全然取り合ってくれなかったわ」


「やっぱりか…こんな話信じてくれる訳ないよな」


「いやそれがさ、サービス終了を発表してから終了してほしくない一部の過激なファンが似たような電話をしてくるらしくて」


「マジすか」


そりゃあ余計に信じてくれる筈がない。

まさか作り話の中に紛れ込む事になるとは。


「ともかく、運営には頼めないから自分達で何とかするしかない。朔也さん達も出来る限りの事はするって言ってた」


「そっか…」


両親も俺を助けようとしてくれてるという事を知れて、少し勇気づけられる。

だが、一体どうすればこの世界から出られるのだろうか。


「せめてこの世界に入った原因が分かれば良いんだけどな…。アヒト、何か心当たりはないか?」


「心当たり…かぁ」


「そう、何か変わった事とかなかったか?」


「うぅーーん……。あ」


ふと、特別クエストの事を思い出した。

思い付いた顔をした俺にカイトが食い付く。


「何か分かったのか!?」


「え、えっとな、関係無いかもしれないけど…クエスト受けたんだよ。ロジピースト城をクリアしろっていう」


「え。それみんなじゃね?」


「いや、そうじゃなくてさ」


俺はロード中に突然クエスト画面が出現した事を説明した。

そこに書いてあった内容を聞いて、カイトの顔が険しくなる。


「…そんな画面、俺には出なかったぞ…。それに、クリアするまでそのエリアを出られないっていうのは」


それを聞いて俺もハッと気付く。


「このゲームの世界から出れないって意味か!」


カイトは俺の言葉にこくりと頷く。

どうやらあの特別クエストを受けた事が引き金になったと考えて間違いないようだ。


そして、そう2人で答えを出した時だった。



《やぁ〜っと気付いたか》



まるで二重に重ねたような普通じゃない声が突然聞こえ、驚いてバッと振り返る。

そこには、さっきまで居なかったはずの生き物が浮いていた。


ライオンと人間を掛け合わせたような不気味な姿。

黒いタテガミと体毛の体から、長い爪をした異様に細い手足が伸びている。

ニヤニヤと笑う口元には鋭い牙が並んでおり、タテガミの隙間からは赤く光る眼が覗いていた。

背中には蝙蝠のような羽まで生えている。


「な…んだ、こいつ…」


《俺か?俺様は悪魔だ。お前と契約したな》


ククク、と楽しそうに笑う悪魔。

混乱して言葉を発せられない俺の代わりに、カイトが前に出る。


「お前が!アヒトをこの世界に閉じ込めたのか!?何の為に…!」


怒声を上げながら剣を構えるカイト。

武器を向けられても、悪魔は余裕の表情を崩さない。


《まぁ待て待て。俺様を殺したらソイツは二度とここから出られなくなるぜ?良いのか?》


そう言われては手を出す事も出来ない。

悔しそうに顔を歪めるカイトに更に笑みを深める。


《ちゃあんと説明してやるから安心しろって。契約違反になっても困るしな》


そう言って、悪魔は空中で椅子に座ったかのように足を組んだ。


《俺様もな、この世界に閉じ込められたんだよ。クソッタレな神の手でな。ちょーっと人間界で悪さしたからって、まさかもう直ぐ消されるゲームの中に閉じ込められるとは思わなかったぜ》


ハァと呆れたように息を吐いているが、今の僅かなやり取りだけで悪いのはこの悪魔の方だと予想できる。

大人しく話を聞いている俺達に言葉を続ける悪魔。


《でな、俺様だってこんな所で死にたくないから考えたわけよ。どうやったらここから出られるかってな。で、人間と契約するしかないって結論に至ったわけ》


「契約…?」


その単語にやっと反応した俺に赤い眼がギラリと光る。


《そう、契約だ。命と命を賭けたな》


恐ろしい言葉に俺とカイトも青くなった。


「まさか…あの特別クエストって…」


《ご名答、あれが契約書だったのさ。つまり、この世界が消えるまでにお前がダンジョンをクリアできたら俺様が死ぬ。逆にクリア出来なければお前が代わりに死ぬ。そういう契約内容にお前は了承したんだよ》


「そ…んなの…っ、詐欺じゃないか!」


《ギャハハ!悪魔に正当性求めるつもりか?》


心底可笑そうに笑う悪魔に歯を食い縛る。

あの画面が契約書だなんて、誰が見たって分かるはずがない。

だがこの様子では無効にする事も不可能だろう。


《まぁ安心しろよ。この契約には制約ってもんがあってな。契約者に直接手を出して妨害する事は出来ないし、絶対に達成不可能な内容ではそもそも契約自体成立しない。つまり、お前は助かれる可能性があるって事だ》


「え…?」


肩をすくめて残念そうに言う悪魔。

相手が相手なだけに、無理難題を押し付けられたのかと思っていた。

助かれる見込みがあるのだと分かり、じわじわと喜びが湧いてくる。


が、悪魔はすぐに絶望を与えてきた。


《そういう訳で、出来るだけ俺様に有利で尚且つ相手にもちょーっとだけチャンスがあるっていうギリギリのラインを攻めたわけよ。おあつらえ向きなダンジョンも誕生したし、失敗する可能性の方が圧倒的に高い人間達の中からお前を選んでやったんだ。有り難く思え〜》


ヒャハハと下品に笑う姿はまさに悪魔で…俺は言葉を失ってしまった。

そんなの、クリア不可能だと言っているようなものじゃないか。


「何で…アヒトなんだ?」


絞り出すようにそう質問したカイト。

多分他には言葉が出てこなかったんだろう。


すると、それまで終始笑みを作っていた悪魔がスッと真顔になった。


《虫唾が走るからだ》


ゾッとするような低い声が響く。

不気味な赤い眼が、虫ケラでも見るように俺を捉えた。


《他人に手を貸して一体何の得になる?人のため人のためって行動してるお人好しなんて、見てるだけで寒気がする。そんなに誰かの役に立ちたいんなら、俺様の為に死ねば良いんだよ。本望だろ?》


そう言い放って再び不敵な笑みを作り、その場から姿を消してしまう悪魔。



後に残ったのは、呆然として何を言ったら良いかも分からなくなった男2人だけだった。


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