第6話 ウルフ再戦


「「はぁー……」」


「え、何この空気」


暫く時間を空けて帰ってきたクレハが、どんよりと落ち込む俺とカイトを見て目を見開く。

色々な事柄が一気に判明したのと絶望感を叩きつけられた事で頭がついて行かなくなった2人の図だ。


「あ、アヒト君大丈夫?何があったの?」


テーブルに肘をつき、組んだ手に額を乗せる形で溜め息を吐き続ける俺の肩をポンポンと叩きながらクレハが声を掛けてくれる。

ゲッソリとした顔を少しだけクレハの方に向けた。


「いやその…悪い奴に騙されて契約しちゃって、ロジピースト城を攻略できないと二度と帰れなくなっちゃったというか…」


悪魔とか何とか言っても流石に混乱するかと思い端的にそう説明する。

それでも何も知らないクレハからすれば意味不明な気がするが。


「ロジピースト城?それって統一エリアに出来たっていう新しいダンジョンの事?」


「え、クレハ知ってるの?」


「うん。噂で聞いただけだからよくは知らないけど」


なんと。

NPCの間でもそういう噂話って広がるのか。

意外な事実にカイトと2人でへぇーと間抜けな声を漏らす。


すると、急にクレハが怒ったような顔をした。


「それにしても、アヒト君を騙すなんてとんでもない奴ね。許せない!当然ダンジョン挑戦するんでしょ?そいつの鼻を明かしてやったらいいわ!」


プンプンという効果音が聞こえてきそうな風に言うクレハ。

俺の為に怒ってくれているようで嬉しい。

けれど、ダンジョン挑戦と聞いてまた少し気落ちする。


「いや実はさ、今日すでにカイトと一回挑戦してるんだ。けど、全然手も足も出なくて」


「え、そんなに敵強いの?」


「強いというか、攻略方法がわからないって感じかな」


「な?」とカイトに話を振ると、頷きながら俺の後に続く。


「最初のボスから倒し方がわからなくてさ。オマケに今日出来たばっかりのダンジョンだから、まだ攻略情報も出回ってないし」


カイトの言葉を聞き「そうなんだ…」と少し考え込むクレハ。

直後、パッと顔を上げた。


「でも、攻略できなきゃアヒト君帰れないのよね?」


「まぁ、うん」


「だったらやるしかないじゃない!私も一緒に戦うわ!」


「「え!?」」


突然の申し出にカイトと二人で声を上げてしまった。

まさかクレハが参戦を申し出るなんて思いもしなかった。


「い、いや、流石にそれは…」


「大丈夫よ。普段から魔物狩りして生計立ててるし、こう見えて結構強いんだから!」


そう言いながら腰の後ろにクロスさせて差していた2本の小刀を引き抜き、器用に両手でクルクルと回す。

鮮やかな手捌きを披露し再び腰の鞘へと刀を戻した。

確かに手練れている感はある。


その様子を見てカイトと顔を見合わせた。

小声で作戦会議をする。


「ど、どう思うカイト?」


「正直、俺は悪くないと思うぜ?野良でパーティー組むと当たり外れあるしな。普段なら良いけど、今回はお前に万が一の事があったらマズい」


というのも、強く頼もしく素晴らしい人格のプレイヤーがいる一方で、悪ふざけでわざとパーティーを窮地に陥れるような悪質なプレイヤーもいるのだ。

本来なら例え全滅しても普通に復活できるから良いが、今の俺は恐らく本当に死んでしまうのであまりリスクは冒せない。


「その点、NPCなら絶対に裏切らない確信が持てる。それに、もしかしたらNPCと一緒じゃないとクリア出来ないっていうギミックの可能性もあるしな」


「そっか、確かに」


頷き合い、こちらの様子を静かに伺っていたクレハに目を向ける。


「じゃあ…よろしくお願いします」


「ええ、任せて!」


笑顔が天使のように眩しい。

あの悪魔とは大違いだ。


こうして、俺達は今度は3人でダンジョンに挑戦する事にした。



*****



「悪いアヒト、一旦戻るな。出来るだけ早くこっち来るから」


「大丈夫。よろしくな」


ダンジョン挑戦の前に、カイトは念のため現実世界に戻って攻略情報が出てないか調べてくれるそうだ。

それと俺の両親に現状を伝える役目も任されてくれた。


ログアウトして姿が消えたと同時に、ガチャリとドアを開けてクレハが家から出てくる。


「あ、カイト君もう行っちゃったの?」


「あぁ。出来るだけ早く戻ってくるって」


情報収集に行ってくると伝えていたので、クレハは納得した様子で頷いた。


「そういえば、アヒト君って武器持ってないよね?もしかして魔導士?」


カイトが片手剣や盾を持っているのに対し、俺が持っているのは魔導書だ。

確かに疑問にも思うだろう。


「いや、俺は召喚術士なんだ」


「え!?本当!?私召喚精霊ってあんまり見た事なかったから、一度近くで見てみたいなって思ってたの!わぁ〜楽しみ!」


召喚術士と聞いて物凄く喜んでくれるクレハ。

確かに、このゲームの召喚精霊はどれもとても可愛いのでこの反応は納得だ。

正直悪い気はしない。

ニヤけそうになるのを必死に堪えて魔導書を構える。


「じゃあ…ちょっと今見てみる?」


「え?良いの?やったぁ!」


クレハはキラキラと目を輝かせて期待の眼差しを向けてきた。

心の中で、オレ召喚術士選んでて良かったー!!と叫んだのは秘密だ。


取り敢えず、俺の中で1番お気に入りの精霊を召喚した。


「トール!」


スキル発動と同時に魔導書から飛び出してきたのは雷の精霊。

短い手足につぶらな瞳、黄色と白の綺麗な毛並みをした犬…コーギーそっくりな精霊だ。

首回りや額部分の白い毛はギザギザしていて雷っぽさを出している。


トールはここが魔物の来ないセーフティゾーンである村の中だと分かると、俺に戯れようと短い足で走ってきた。

今まさに飛び掛かろうかというところで、俺は冷静に指示を出す。


「待て」


するとピタリとその場で止まって、ほぼ無い尻尾部分だけをピコピコピコピコ動かしている。

その愛くるしい姿にクレハが頬を紅潮させた。


「か、可愛い〜!しかもちゃんと言う事聞いてる!」


このちょっとのやり取りだけでもうメロメロだ。

俺も初めて召喚した瞬間に心臓を撃ち抜かれたから気持ちはすごく分かる。

調子に乗って「おすわり」「お手」と命令し、素直に座ったり短い前足を俺の手に乗っける姿にクレハも悶えた。

仕上げに「ハウス」と命令してトールが魔導書の中に戻ると、拍手をして喜ぶ。


「すごい可愛いー!召喚精霊がこんなに懐っこいなんて知らなかった!あぁ〜…私も召喚術士になりたい」


予想以上に喜んでくれて俺まで嬉しくなる。

再びトールを召喚してクレハの元に行くよう指示すると、トコトコと駆けていった。


「わぁ来てくれたの?いい子ね〜♪よしよし」


と言いながらクレハが満面の笑顔で撫でまわしている。


(ぐふぅっ!可愛い×可愛い…!!)


コーギーも勿論可愛いが、無邪気に犬と戯れる美少女の破壊力たるや。

目が幸せすぎて辛い。


自分の現状は命も掛かっていて危機的な筈なのに、クレハと居ると何故だか心が安らぐ気がした。

もしあの瞬間にクレハが現れなかったら、俺の精神状態はおかしくなっていたんじゃないかとさえ思う。


(けど…NPCなんだよな…)


俺はダンジョンを攻略することさえ出来れば現実世界に帰ることができる。

けれど、NPCであるクレハはこのゲーム終了と共に消えてしまうのだ。

そんな当たり前の事実を、どうしても寂しく感じてしまうのだった。



*****



「よっし、改めて行くか!」


「おう!」


カイトが戻ってきて、俺達は3人でロジピースト城の入り口前に来ていた。


因みにロジピースト城の攻略状況はというと、攻略組の人達でさえ未だに1階のウルフすらクリア出来ずにいるそうだ。

まだ登場したばかりのダンジョンだしそこまで期待していなかったとはいえ、誰も攻略方法が分かっていないというのにはやはりガッカリしてしまう。

今回の挑戦で何かが分かると良いのだが。


「前回ので分かってると思うけど、アヒトはヘイト稼ぎすぎないよう気を付けろよ。特に回復スキルは危ないからな。俺も出来るだけアイテムとかで回復するようにするから」


「わかった。ありがとな」


「クレハちゃんも気を付けてな」


「ええ、わかったわ」


カイト主導のもと、結束感を高める。

長い橋を歩いて渡り扉へと向かった。

その際、他の…特に男性プレイヤー達が美少女クレハをチラチラ見るのが目に入る。


やめろ。見るな。減る。

と思ったが、NPCだと分かると「なぁんだ」と言わんばかりに直ぐに興味を無くした。

そもそもゲームだけあってNPCは美形が多いのだ。


扉の前に立つと出る【ロジピースト城へ入りますか?】という表示に、俺とカイトがYESボタンを押すと転移が開始された。

因みにクレハはNPCなので、俺達が転移されれば自動的に一緒に転移されるようになっている。


景色が変わり、広がる本日2度目のボス部屋。

部屋の中には前回と同じように灰色ウルフが佇んでいた。


「っし、行くぞ」


カイトが前回と同じように、戦闘前に自分へのヘイトを高めるスキルを発動する。

そしてウルフへ近づくと、階段前と出入り口前に半透明の壁が出現しタイマーが作動した。

真っ先にカイトに狙いを定めるウルフ。


「じゃあ今回は…シルフ!」


俺がスキルを発動すると、猫の姿をした風の精霊が召喚される。

白と明るい緑の色合いをしたハチワレ猫だ。

シルフが空中を引っ掻くように前足をシャカシャカ動かすと、そこから風の刃がウルフ目掛けて飛んでいく。

勿論、カイトがヘイトを稼いでくれてるので攻撃しても敵がこちらに向かってくる事はない。


それと、凄いのがクレハだった。


「は!」


宙を舞い、体を回転させるようにして敵を斬りつけ着地する。

状況に合わせて身を翻しながら戦うその動きは、服装も相まってクノイチのようだ。

それでいてヘイトをカイトより稼ぎすぎないようにしっかり調整もしている。

その辺はプレイヤーよりもNPCの方が上手いだろう。


お陰で、前回よりかなり早いペースでウルフのHPが削られていった。

そして問題の場面に突入する。


ーーパァン!


「く…っ」


前回と同様、ウルフのHPが3分の1減ったところで銃声が響きカイトが撃たれる。

そろそろだと分かっていたのでしっかり周囲を観察していたのだが、それでもやはり敵の姿は捉えられなかった。


「くそっ、一体どこから撃ってるんだ!?」


「ダメ、私も見てたけどわからなかったわ!」


悔しげに溢した俺の言葉にクレハが応える。

事前にクレハにもウルフ戦の内容を伝えて注意してもらっていたが、NPCでも見つけられないらしい。


「マズいな、このままだと前回と同じパターンになる!」


カイトもウルフの攻撃に耐えながら銃弾攻撃もなんとかしようとするが、敵がどこにいるか分からない上に攻撃されるタイミングも分からないので防御スキルも上手く使えない。

範囲攻撃をしながら広い部屋をあちこち動き回ってみても、全然ヒットしないようだ。


そうして四苦八苦している間に、事が起こった。


ーーパァン!


「あぅ…っ」


ずっとカイトを狙っていた筈の銃口が、突然クレハへと向けられたのだ。

姿の見えない敵のヘイトを集めるというのは難しく、クレハへのヘイトの方が高くなってしまったんだろう。

二の腕に当たったクレハが傷口を押さえて片膝をつく。


表現規制があるので血が流れることはないが、プレイヤーと違ってこの世界の住人であるクレハは痛覚も当然有る。

苦痛に顔を歪め、痛みのせいで目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「クレハ…!!」


考えるより先に、発動させてしまったスキル。

金色の瞳をしたウサギが出現し、クレハの周りを飛び跳ねて光の粉を撒き散らす。


そう、俺は控えろと言われた回復スキルを咄嗟に使ってしまったのだ。

しかも、クレハが撃たれた事で焦ったカイトも、一旦ウルフを放置して見えない敵の方のヘイト集めに集中していた。

上手く範囲攻撃が届いたようで銃口は再びカイトに狙いを定めだしたが、代わりにウルフがこちらを向いた。


「アヒト!」


「アヒト君!」


2人の焦った叫び声が聞こえる。

俺へ向かって一直線に走ってくるウルフ。


「あ…」


避けられない。

回避したくとも間に合わないと瞬間的に分かってしまった。

死を目前に走馬灯が過ぎっていく。


そしてウルフが目の前まで迫った瞬間、俺はある言葉を口にしていた。

ダンジョン攻略前に似たような光景を見たからというのもあるだろう。

本当にそれは、咄嗟に出たものだった。



「待て!!」


目をつむり、手の平を前に出しながら叫んだ言葉。

来ると思っていた痛みや衝撃が来ず、恐る恐る目を開ける。


そこに居たのは…

俺の言葉に反応してピタリと立ち止まり、大きな尻尾をブンブンと振っている忠犬のような姿のウルフだった。


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