第3話 紅葉


「時間…切れ…?」


呟いたカイトの言葉で、立ち尽くしつつも制限時間の10分が経過して自動的に城から出されたのだと気付く。

理解した途端に力が抜け、ヘナヘナとその場に座り込んだ。


「はぁぁー…。怖、かった…」


余程酷い顔色でもしていたのか、ロジピースト城に挑戦しに来ていた他のプレイヤーが俺を見てギョッとしている。

「え?そんなにヤバいの?」「どうする?行く?」というヒソヒソ声が聞こえてくるが、反応するほどの余裕もない。


「大丈夫かアヒト?…少し休もう」


カイトが気遣いながら、座り込んだ俺に手を差し出してくれる。

自分から動く気力も出なかった為、有り難くその手を掴んで立ち上がった。

ここではあまりに人の目があるので、取り敢えず人気の無い所に移動する事に決める。



「っと、ここも混んでるんだった」


一度ファーストタウンまで戻ってきたがこちらもこちらで人が大勢いて落ち着けない。

人が少なそうな所へ…と考え、サービス終了直前にゲームを始める物好きな人間もそうそう居ないだろうとはじまりの街まで石碑で転移した。

それから更に近くの紅葉の森まで移動し、プレイヤーも全く居らずモンスターの姿もない所を見つけて大きな木の根に腰を下ろす。


ここに着くまで一切俺に詰め寄る事の無かったカイトが、同じように座ってからようやく静かに口を開いた。


「…ダンジョンの、アレ…演技とかじゃ無いんだよな?」


「…あぁ」


俺ですら信じられない出来事なのだから、カイトも信じ難いのだろう。

それでも嘘だと決めつけたりせず、真剣な顔付きで話をしてくれる。


「一応、運営にあのダンジョンがそういう仕様かどうか確認してみるか。もしそうなら注意喚起した方が良いと思うし。問い合わせしてる間、これでも食ってな」


カイトが自分で作ったのであろう回復できるクッキーを投げ渡してくれた。

何かを食べるのは、痛覚以外は普通に感じられるこのゲームの醍醐味だったりする。


お言葉に甘えて香ばしい香りのするクッキーを齧りながら、カイトの電話が終わるのを待った。

何を話しているのか他の人に分からないように、運営とのやり取りの間は音声も口の動きもオフになる。

なので状況は分からないのだが、美味しいものを口にしたからか気持ちはなんだか落ち着いてきた。


暫くすると、神妙な面持ちで電話を終えたカイトがこちらを向く。


「やっぱり…そういった仕様にはなってないって返事だ。怪我をしたっていうのも何かの見間違いじゃないかって言われた」


そういう回答になるだろうなとは思っていた。

もしもこのダンジョンのみ怪我などもするようになっているとかなら、カイトも今頃傷だらけだ。


でも、あんなに痛かったのにそれが勘違いとは到底思えない。

その思考を読み取ったようにカイトが言葉を続けた。


「あとな、もし痛みを感じたんなら現実世界の方の身体が怪我した可能性があるから、ログアウトして確認した方が良いって」


「あ、そっか。その可能性もあるのか」


なるほど。

ウルフからの攻撃を受けたと同時の激痛だった為、現実の身体の方という考えは全く無かった。

確かに、偶然同じタイミングで本体の方に何かがあったというのなら説明もつく。


「けどそれはそれで怖いな。よし、早くログアウトして確認………あれ?」


いつも通りオプション画面を開こうとしたのだが、なぜか開かない。


「あれ?これは違うし…んん??」


「ん?どした?」


何故かアイテムなど他の画面は開けるのにオプション画面だけが開けず、あちこちの画面を無駄に探して忙しなくする俺を見てカイトが首を傾げる。

何度か試すがやはり画面が出てこず、困り顔のままカイトを見た。


「…なんでか、オプション画面が開けない…」


「は?バグか?」


「そうかも…」


口元に手を当て、もしかしてあの怪我もバグのせいじゃ?と考え込むカイト。

あまりバグが無い事で定評のあるこのゲームにしては、今日はおかしな事が多すぎる。


「しょうがない。もっかい運営に問い合わせ…」

♪ピュインピュインピュイン


と、カイトが言い掛けたとき急に鳴り始めた効果音。

その音に2人でハッとする。


「強制ログアウトの時間か!」


「良かった、じゃあ勝手にログアウトしてくれるな」


強制ログアウト、とはその名の通り時間がくると強制的にログアウトが行われるシステムの事だ。

プレイヤーの健康を損ねないよう、最長6時間経過で必ずログアウトされるようになっている。

でもって強制ログアウトの後は休憩の為に1時間は再度ログイン出来ない。

さすがに会話イベントの最中だったりダンジョン攻略の途中などでいきなり切られたら困るので、そこはAIがちゃんと判断してログアウトも待ってくれ、キリの良いところで終わってくれるようになっている。


また用事などがあった際に遅れて困らないようにする為や、子どもが家庭で決めてるプレイ時間を破ってしまわないようにする為などの理由で、強制ログアウト時間を自分達で設定する事もできる。

俺たちは昼ご飯の時間に間に合うように2時間設定にしてから遊んでいた為、早々にログアウト時間となったようだ。


「じゃあアヒト、お先〜」


「おう」


少しばかりカイトのログインの方が早かったからだろう。

先にカイトの体が透けていき、シュンッと姿を消した。

ほぼ同時に始めたので俺も直ぐログアウトされるだろうとその場で待つ。


…が、いくら待っても何も起こらない。


「え、俺設定間違った?」


カイトと一緒に強制ログアウトの時間設定をしたし間違えたとは思えないが、一向にログアウトされる気配が無い。

おまけにオプション画面が開けない為、自分から運営に問い合わせる事もできない。


ログアウトされる事もなく、1人だけで立つ森の中。

紅葉が綺麗なはずなのに何故だか薄気味悪さすら感じ、段々不安になってきた。


「…せめて、村に移動しよう」


現金なもので、さっきまでは落ち着く為に人の居ない所を探してたのに今度は人の気配が恋しい。

元より村の直ぐ近くにいたので、ちょっと歩けば村人の1人くらい出てくるだろう。


「そういや、あの村ってデイ爺が住んでるとこだっけ」


受験勉強などでログインできなかった時以外、毎日のように通っている村だ。

目印なんて無くても迷わずサクサク進める。


だが、その慣れが仇となったようだ。


「うわ!」


舗装も何もされてない森の中を慎重になる事もなく歩いていたせいで、ウッカリ木の根に足を取られてしまった。

そのままズベッと間抜けに転んでしまう。


「痛ってて…。うわダッセぇ〜、誰も見てないよ…な…」


羞恥心の直後に襲ってきた恐怖心。

痛い…そう感じてしまったのだ。

痛覚なんて無い筈なのに。


恐る恐る体を起こし目線を足の方に向けると、転んだ拍子に枝か何かに引っ掛けたのか一部ズボンが破けている。

そしてそこから覗く膝は擦りむいており、僅かだが血が滲んでいた。


「…!!」


ダンジョンでの事が勘違いじゃなかったと確信させるには、充分だった。

どうしてかはわからないが、俺だけが現実のように怪我をしてしまう。

それに服だって、本来破けたりなんてしない。

更にはログアウトする事もできないこの状況。


…まさか


「ゲームの中に…転移してる…?」


口に出した途端に、ぶわりと鳥肌が立った。

ログインした時から、確かに違和感はあったのだ。

あまりにも、体感がリアル過ぎた。

気のせいなんかで、片付けられないレベルに。


「嘘…だろ…」


頭が混乱してどうしたら良いか分からず、立ち上がる事すら出来ない。

絶望感に耐えきれなくて、こんなこと実際に起こるはずがない…きっと夢なんだ…という現実逃避する考えが頭の中をグルグルグルグル廻っていく。

それでもやはり傷の痛みは本物で、この状況を否定することは叶わない。


「…誰、か…」


助けて


助けて


虚しく叫び声を上げる心。

誰も応えるはずが無いのに、救いを求めながらうつ向き歯を食いしばる。



と、その時だった。


「大丈夫?」


不意に聴こえた、優しい声。

顔を上げると、そこには長い黒髪をポニーテールにしてファンタジー服と和服を掛け合わせたような格好の日本人らしき美少女が立っていた。

多分俺と同じくらいの歳で、意識しても頭上に名前が表示されないのでNPCだろう。


1人でメチャクチャ心細かった事と、親近感のある見た目だった為か、様々な感情が込み上げてきた俺はドバッと滂沱の涙を流してしまった。

無論、いきなり目の前で泣かれた少女は慌てふためく。


「ちょっ、ちょっと!何で泣くのよ!?そんなに痛かった!?」


転んだ痛みで泣いたと勘違いしたようで、手を伸ばし必死に立ち上がらせようとしてくれる。


「もうっ、男が簡単に泣くんじゃないの。ほら、立って!」


情けないが、一度流れた涙は簡単には止まらない。

えぐえぐ言いながら彼女の手を取り立ち上がった。


「ご…ごめん…。ちょっと色々あって…」


泣きながら言い訳する俺。

初対面でいきなりこれではドン引きだろう。


けれど彼女は呆れる事もなく、少し困ったように笑った。


「そう。何か事情があるのね?取り敢えず、私の家近くだから来て。傷の手当てもしてあげる」


優しい言葉に余計に涙が止まらなくなりながらコクコクと頷く。

素直に了承した俺にくすりと笑い歩き出す少女。


取り敢えずせめて自己紹介はしようと、ついて行きながら口を開いた。


「あの…あ、ありがとう。俺、アヒトって言います」


その言葉に、少女は歩みを止める事なく振り返りながら応えてくれる。


「私はクレハよ。よろしくねアヒト君」


舞い散る美しい紅葉の中、屈託なく笑う姿に涙も一気に引っ込んで心臓が跳ねた。

鮮やかな赤い葉に染められたかのように、急激に頬が熱くなる。

突然ドクドクと高鳴りだした鼓動に戸惑いながらも、大人しく後を着いていった。




それが彼女…クレハとの最初の出逢いだった―――。





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