第2話 ロジピースト城
「うわ、流石に人多いな〜…」
新ダンジョンの発表があっただけに、街はいつも以上にプレイヤーがひしめき合い賑わっていた。
カイトとの待ち合わせ場所に向かうべく、人々の間を縫いながら街の中央へと移動する。
「おぉ…こっちもか…」
街の中心部にある英雄像は、現実世界の忠犬ハチ公よろしく集合場所の定番と化していてこちらも人が多い。
2メートルくらいの台座の上に4人の英雄達が象られ、全体で4メートル近い像は遠目でもとてもわかりやすいのだ。
因みにこの銅像、初代BTOで最初にラスボスを撃破したプレイヤー達をモデルにしているという運営の粋な計らいだったりする。
剣士・法術士・弓術士・魔導士と定番中の定番で固められた男女2人ずつのパーティーなので、正直言われなければプレイヤーモデルとは気づかなかった。
一応ここで職業について説明すると、どの職業もタンク・アタッカー・ヒーラーの3種類に分けられる。
タンクは敵の攻撃を自分だけに向けさせ、仲間を守りながら戦う責任重大な役目だ。(←カイトがコレ)
アタッカーは防御力が低い代わりに攻撃力が高く、攻撃だけ集中して行える一番気楽な職業。(←俺がコレ)
ヒーラーは攻撃力が低い代わりに怪我や状態異常などを治せる欠かせない職業となる。
でもってカイトと俺は2人でやる事が多いので、ヒーラーが居ない代わりに一応ちょっとした回復も行える聖騎士と召喚術士でプレイしている。
「お、先に着いてたかアヒト」
カイトに到着したとメッセージを送ろうかと思ったら聞こえた当の本人の声。
それぞれ色々やってたのにこんなにタイミングが合うのも珍しい。
「ちょうど今な。んじゃあダンジョン向かうか」
「そうしようぜ!地図で確認したらこの街からそこまで遠くなかったし、騎獣で行くべ!」
余程嬉しいのかテンション高々に街の出入り口へ向かうカイト。
因みに騎獣とは、字の如く移動用の騎乗できる獣の事だ。
ストーリーを進めたり期間限定のイベントをクリアすれば貰う事ができ、また課金すれば人とは違った個性的な騎獣もGETできる。
そのため昔は魔獣などの獣型のものしか無かったが、最近では多種多様になり車など獣とは言えないものまで出ていて、乗り物なら何でもアリの状態だったりする。
「今日はどれにしよっかな」
フィールドに出た所でこれまでプレイして集めた騎獣を吟味し、今日の気分はコレだ!とクマ型の騎獣を選ぶ。
茶色くて大きく、青いベストを着た可愛らしいクマだ。
対してカイトは厳ついバイクに跨っていた。
メタリックな銀と黒の装甲に赤の差し色が映えている。
装備の見た目までちゃっかりバイカー風にチェンジしていた。
騎獣によって速度も変わってくるので俺の方がちょっと遅くなるが、まぁ構わないだろう。
「っしゃ行くぜぇー!」
アクセルをひねっていきなりスタートダッシュをかますカイト。
その後ろを慌ててクマに跨り追いかける。
カイトの言った通り街から割と近い所にあるようで、数分で遠くに城の姿が見え始めた。
城壁が黒に近いグレーで屋根は黒の、全体的に黒っぽいディ○ニー映画とかに出てきそうな見た目の城だ。
城は湖の真ん中に建っている状態で、白いアーチ状の石の入り口から城の扉まで石畳の橋が掛かっていた。
橋の両側には入り口から城に向かって徐々に背が高くなる形で石柱が建っている。
一番城に近い石柱は城の最上階付近まで高さがあった。
「おー、結構デカいなぁ」
雄大に聳え立つ城を見上げ、はえ〜と感嘆のため息が漏れる。
俺たち以外のプレイヤーも、到着したばかりの人達は同じように見上げていた。
「アヒト、こっちに看板あるぞ。見てみ」
呆けている俺と違って、直ぐに攻略の為に情報収集を開始していたカイトに手招きされる。
そこには攻略のヒントになりそうな文章が書かれていた。
『この城にあるは刻の限りを持つ五つの階層。
導き手となり、一手を大事に、数多の色を操って、裏を詠み、最後は阿吽で敵を討て。
さすれば扉は開かれる』
正直何を言っているのかさっぱり解らない。
唯一分かったのが5階建てって事だけだ。
「おいアヒト、これ裏にも何か書いてるぞ」
「マジか。よく見つけたな」
親友のチェック力が半端ない。
普通看板の裏まで見なくない?
驚愕しつつ裏側を覗き込むと、確かに表側とは違う文章が綴られていた。
『答えが1つとは限らない。
フェンリルの速さをもってすれば、最速で到達も可能である』
「フェンリル…」
文字を読みながらその名前をこぼす。
「フェンリルって、このゲームだと絶滅した事になってるよな?」
「あぁ。史上最速の伝説の獣だって名前だけはよく出てくるけど…フェンリル欲しさにこの世界を隅々まで探索した攻略組も結局居ないって結論づけたしな」
「だよな。じゃあ要はスピードクリアしろって事か?」
「だろうな。ラスボス初撃破報酬の騎獣にも、結局最後までフェンリルは登場しなかったし」
このラスボス初撃破報酬とは、シリーズ毎のラスボスを初めて倒したパーティーに送られる特別報酬だ。
今作含め5作品が出ているので、全シリーズ通してたった5パーティーしか持っていない激レアな騎獣である。
20年通してプレイヤー総数約6,000万人の内の20体だ。
始めるのも遅かった俺達では、貰うどころかその姿を拝む事すら叶わない。
「まぁ最初だし、スピードクリアとかは考えずに挑戦してみようぜ。取り敢えず俺とアヒト2人でやってみて、無理そうならパーティーメンバー募集して再挑戦しよう」
そうカイトから提案を受け、了承して入り口へと向かう。
他のプレイヤー達も続々とアーチを潜っていて、ゾロゾロと城までの地味に長い橋を騎獣で移動した。
木で出来た大きな扉の前まで行くと、【ロジピースト城へ入りますか?】という画面が出たのでYESボタンを押す。
パーティーメンバーが全員承認すれば中へと転送される仕組みだ。
今はカイトと2人だけでパーティーを組んでいるので、お互い直ぐに承認し転送される。
あんなに沢山のプレイヤーが居たが、中に入るとパーティー毎に分けられるため俺とカイトの2人だけだった。
開けた視界に映るのは、黒っぽい石壁と床のだだっ広いフロアだ。
「うお、いきなりボス部屋?」
「珍しいな」
大抵は通路などを進んで雑魚モンスターを倒しながらボス部屋を目指す造りになっている為、いきなり部屋へと転送される事は無い。
よく見ればフロアの突き当たりに上階へと続く階段があり、その道を阻むように恐らく中ボスであろう大きな灰色ウルフが立っていた。
それを見たカイトが、自分へのヘイト(敵視の度合い)を高めるスキルを発動して戦闘準備をする。
「最初の敵だし、そこまで馬鹿みたいには強くないだろ。様子見ながらやってみようぜ」
「了解」
返事を返し俺も戦闘態勢に入った。
カイトが前衛として前に出たポジションのままウルフへと近づいていく。
近くまで行きウルフがこちらを認識したら戦闘開始だ。
出入り口側と階段前に半透明の壁が出現し逃げ道も塞がれる。
戦って相手を倒すか、こちらが全滅しない限り出る事は出来ない。
ところが、その流れを覆す物が1つ新たに出現した。
「! 何だあれ?タイマー?」
カイトが驚いて見上げた先に視線を送ると、階段の上の方側に大きなタイマー画面が表示されていた。
どう見ても制限時間を知らせるものである。
【10.00】という表示から1秒毎に減っていくタイマーを見て、気持ちも焦りはじめる。
「これ、10分以内に倒せって事だよな!?」
「だな。刻の限りってそういう意味か…!」
看板の文字を思い出しながら俺と同じ様に少し焦りを見せるカイト。
だが、次の瞬間にはニヤリと口の端を上げた。
「面白れーじゃん。やってやろうぜアヒト!」
「おう!」
早速カイトが先制攻撃を仕掛け、先にヘイトを高めていた事もありウルフはカイトにだけ攻撃モーションを向ける。
その間に俺も攻撃用の召喚精霊を繰り出す。
「まずはイフリート…!」
スキルを発動したと同時に、俺の持つ魔導書から少しデフォルメされた見た目で体高が膝くらいまでの小さいキツネが飛び出す。
このゲームの召喚精霊は全て小動物っぽい見た目をしている為、召喚術士は女子にも人気の高い職業だ。
そして俺も可愛いモフモフ達に癒されながら戦っている。
因みに火の精霊であるイフリート狐は、頭の方がほぼ白に近い黄色で尻尾にいくにつれて赤くなっており、尻尾は炎の形でまさに火をキツネの形にしたような見た目だ。
可愛らしい4本足が地面に着いた瞬間、口を開けて炎を吐き出す。
見た目にそぐわぬ大きな炎がウルフに直撃した。
「グゥガアァアッ」
ウルフが悲鳴を上げ、HPバーが少し減る。
しかしカイトがしっかりヘイトを稼いでくれてるので、攻撃を当ててもウルフはこちらに見向きもしない。
カイトは時々自己再生のスキルを使いつつ、自分だけに敵が集中するよう上手く戦ってくれてるので心置きなく攻撃できる。
そうして割と順調に戦っていたのだが、ウルフのHPが3分の1程削られたところで突然思わぬ事が起こった。
ーーパァン!
「ぐあっ!」
突然響いた銃声と共にカイトがダメージを受ける。
どうやら何処かから銃か何かで撃たれたらしい。
「大丈夫かカイト!?」
「大丈夫だ!急に衝撃きたからビックリして声出ただけで痛くねぇし!クソっ、けどもう一匹敵が居たなんて…!」
フルダイブ型なのでリアルではあるが、あくまでゲームなので痛みはほぼなく怪我もする事はない。
カイトの無事を確認してから、急いで撃ってきた敵を視認する為に辺りを見回す。
しかし、いくら目を凝らしても敵の姿を見つける事が出来ない。
そうこうしている間にまたしても銃声が響きカイトに攻撃が命中した。
「く…っ、どうなってんだ!?」
見えない敵からの攻撃に流石のカイトも戸惑いを見せる。
壁からの攻撃ギミックが発動したようにも見えないし、もう1匹敵が居る筈なのだがどこに居るか分からないことには対処のしようもない。
ウルフの攻撃だけに集中していた時と違い、避けるのも難しい攻撃を受けながら戦わなければならずカイトのHPがゴリゴリと削られていく。
タンクであるカイトがやられればアタッカーの俺なんて直ぐ倒されて全滅してしまう。
そう考え、慌てて攻撃からカイトの回復へとシフトチェンジする。
「マズいマズい!ルナ!」
イフリートが姿を消し、入れ替わるようにウサギの姿をした光の精霊が召喚された。
真っ白い体に金色の瞳が輝いている。
光の粉を撒き散らしながらカイトの周りを飛び跳ねると、少しずつカイトのHPが回復していった。
まだまだピンチから抜けてはいないが、僅かでも立て直しを図れてホッと息が漏れる。
だが次の瞬間、これまでずっとカイトだけに集中していたウルフがグルリとこちらを向いた。
「やべ、ヘイト稼ぎすぎた…!」
回復系のスキルは敵のヘイトを稼ぎやすい。
オマケに見えない敵に翻弄されたせいでカイトもウルフのヘイト集めが疎かになってしまい、ついに俺へのヘイトの方が上回ってしまったのだ。
「! 避けろアヒト!!」
直ぐ様カイトが挑発スキルを発動してくれたが間に合わず、ウルフがこちらに飛び掛かってくる。
カイトの声に体が反応して左に跳んだが、ウルフの爪が僅かに右腕を掠めた。
その直後の事だ。
本来なら決して来るはずのない激痛が、腕を走りぬけた。
「い…あぁぁああっ!」
腕を押さえ、あまりの痛みに叫び声をあげる。
再びウルフを引き付けてくれたカイトが、驚いて俺の方を見た。
「は!?こんな時になに冗談言…」
が、俺がふざけているだけだと思ったカイトも目を見開き固まる。
なんと俺の右腕が引き裂かれ、夥しい量の血が流れていたのだ。
「なっ、は…!?あ、アヒト!とにかく回復薬飲め…!!」
「う…ぐぅ…っ」
痛みに耐えながら、言われた通りに上級ポーションを口にする。
するとみるみる内に痛みが退き、傷も塞がった。
怪我が治った事には安堵するも、冷や汗が止まらない。
「どうなってんだ…?今までこんな事無かったのに…」
表現規制もあるので、ゲームではプレイヤーも敵も血を流すような演出は無い。
他の感覚はあれど、痛覚は感じないようにもなっている。
先程攻撃を食らったカイトだって怪我をするような事は無かった。
それなのに…
先程の激痛を思い出し、呼吸が浅くなる。
カイトが1人で戦っている状態なのに、足がすくんで参戦できない。
「アヒト!俺は大丈夫だから少し離れてろ!」
本当は大丈夫ではないだろうに、ポーションを飲みながらも俺を気遣って声を上げるカイト。
さっきの状況と俺の顔を見て異常事態だと判断したのだろう。
しかし、いくら防御力が高く回復しながらと言っても、1人で戦うのは無理がある。
徐々に無くなっていくカイトのHP。
このままでは倒されてしまう…そう互いに思った時だった。
ビーーーーーー!!
突然フロア中に響き渡った機械音。
それと同時に俺とカイトの体が白く光り始め、気づいた時には城の外のアーチの前に立っていた。
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