持ったが病

三鹿ショート

持ったが病

 私は、自分のことで手一杯だった。

 ゆえに、他者と共に生活をすることや、恋人を作ることなどは、考えていなかったのである。

 だが、現在の私は、友人である彼女と共に生活をしている。

 これは私が望んだものではないが、そうしなければ、彼女が不幸に見舞われると考えたために、このような生活を開始したのだった。


***


 ある日、彼女が何者かに尾行されているようだと相談してきた。

 気のせいではないかと一蹴することができなかったのは、私もまた、彼女の異変に気付いていたからだった。

 最近の彼女は、やたらと周囲に目を向けては、安堵したような表情を浮かべることが多かった。

 その行為に疑問を抱いていたが、何者かに尾行されているのならば、そのような様子を見せることは仕方のないことである。

 しかし、相談をされたところで、私に何が出来ると言うのだろうか。

 私がそう告げると、彼女は手を一度叩いた後、

「あなたという恋人が私に存在していることを知れば、尾行している人間は私のことを諦めるのではないのでしょうか」

 確かに、彼女が何者かの所有物であることが分かれば諦める人間も存在するだろうが、それは相手を刺激することにも繋がってしまう場合もある。

 後者の場合、腹を立てた人間が、彼女を奪うために私のことを傷つけようとするのではないか。

 私がそのような懸念を伝えるが、彼女は私の話を聞くこともなく、勝手に話を進めてしまった。

 その夜には、彼女は私の自宅に自身の荷物を運んでいた。

 思い立ったら即座に行動するというその姿は素晴らしいものだが、今の私にとっては、迷惑以外の何物でもない。

 かといって、このまま彼女に協力することがなかった結果、彼女が傷つけられるような事態に至れば、私が後悔することは間違いなかった。

 幼少の時分からの付き合いゆえに分かっていたことだが、やはり彼女には敵わなかった。


***


 彼女と共に生活をして以来、私もまた、何者かの視線を感ずるようになっていた。

 それは、彼女と共に行動しているときだけではなく、私が一人で動いているときも含まれていた。

 彼女を奪うために私を物理的に引き離そうとしているのではないかという、かねてより恐れていた事態に身を震わせる日々を送る羽目になってしまった。

 だが、この恐怖は、彼女もまた味わっていたのである。

 このような苦痛を共有することができたということから、なおさら自分たちの安全のことを考える必要が生じた。

 私は、暴漢などを撃退するための道具を数多く購入し、尾行をしている人間に立ち向かおうと決めた。

 私の決意を知った彼女は、私を案ずるような表情を浮かべながら、

「先に手を出せば、返り討ちにされたとしても、文句を言うことができないではありませんか。相手が勝手に諦めるまで、気長に待った方が安全ではないでしょうか」

「それが何時訪れるのか、分からないではないか。明日にでも終了するかもしれないが、永遠に続く可能性もまた、存在しているのだ。ゆえに、早いうちに行動しておくべきなのだ」

 そう告げてから、私は自室の窓掛を少しばかりずらすと、外の様子を確認する。

 近くの電信柱の陰から、私の部屋を見つめている人間を目にすることができた。

 私は深呼吸を繰り返し、頬を何度も叩いた後、部屋を飛び出した。

 私が突然現われたことに驚いたのか、私の部屋を見つめていた人間は逃げ出した。

 しかし、私は、逃がすつもりはない。

 徐々に距離が縮まり、やがて相手は、逃げ込んだ公園の中央で転倒した。

 荒い呼吸を繰り返しながら、私は相手の胸座を掴むと、接吻するかのような位置で問うた。

「何故、我々を尾行しているのだ。言いたいことがあるのならば、言えば良いだろう」

 私の言葉に、相手は慌てた様子で手を左右に振りながら、

「何やら誤解しているようですから、説明させてください」

 そう告げると、相手は被っていた帽子を取った。

 現われたその顔面には、見覚えがある。

 確か、彼女の友人だったはずだ。

 相手の名前を口にすると、眼前の人間は首肯を返した。

「私は、彼女に頼まれてやっていただけなのです」


***


 彼女の友人いわく、彼女は恋心を抱いている私との距離を、少しでも縮めようと考えたらしい。

 其処で、何者かに尾行されていると相談し、共に生活を始めることで、私に彼女のことを嫌でも意識させようと計画したということだった。

 その事実に、私は思わずその場に座り込んでしまった。

 なんという人騒がせな計画だろうか。

 彼女が私に対して特別な感情を抱いていることには驚いたが、他にも方法は幾らでも存在しているのではないか。

 思いつきで即座に行動するあたり、彼女は昔から何も変わっていなかった。

 迷惑だと感じながらも、何処か安堵にも似たような感覚を覚えていることから、彼女に対する感情は悪いものばかりではないようだった。

 私が胸座から手を放すと、彼女の友人は何度か咳き込んだ。

 そして、私に対して謝罪の言葉を吐き始めた。

 私は頭を抱えながら、

「事情は理解した。彼女には私から話しておくために、このような計画にはもう付き合う必要はない」

 追い払うような動作をすると、彼女の友人は再び謝罪の言葉を吐いた後、その場から去って行った。

 これからは彼女とどのように接するべきだろうかと考えていたところで、背中に何かがぶっつかった。

 何事かと振り向こうとしたが、私はそのまま、地面に倒れてしまった。

 少しばかり遅れて、背中に激痛を感じ始めた。

 何者かに刺されたのだと気が付いたときには、その犯人が、私を見下ろしていた。

 それは、先ほど姿を消したはずの、彼女の友人だった。

 相手は口元を緩めながら、

「安心してください、これからは私が、あなたの分まで彼女のことを愛しますから」

 その言葉から、先ほどの発言が虚言だったことに気が付いた。

 だが、気付いたところで、私にはどうすることもできない。

 公園を去って行く彼女の友人を追うこともできず、眠気に襲われ始めた私は、目を閉じた。

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