第三十四話 焚き火を囲んで語り合う夜②
涙でぐちゃぐちゃになりながら、私はぶちまけた。ぶちまけてしまった。
私の正体。転生のこと。私とアイリーンがこの五年間をどうやって共存してきたか――。
そして、フェリシア王女の中身が彼の妹とは違ってしまっているということについても。
「にわかには信じられない話だね」
私の肩を抱き、慰めるような優しい手つきで髪を撫でるファブリス王子が、あくまで静かな調子で言った。
当事者でない彼からすれば、あまりに現実味のない話に感じることだろう。
大して驚かれないのは呆れられているからか? いいや、きっと違う。
「でも、心当たりは、あるでしょう」
私はできるだけアイリーンを演じてきたつもりだ。
でも全ての場面において、うまくできていたわけではない。違和感の一つや二つは持たれていただろう。
「ないと言えば嘘になるかな。アイリーンがたまに『ファブリス王子』って僕のことを呼ぶ度、ほんの少しだけど引っかかっていたんだ」
「……ぁ」
そういえば確かに、と思った。
『殿下』なんて言うのはなんだか堅苦しく思えて、無意識に避けてしまっていた気がする。
「でももしアイリーンと君……アイ嬢が共にあるとして、嫌いになったりはしないよ。だってアイ嬢はずっと、アイリーンを支え続けてくれていたんだろう?」
優しい。なんて優しく、心に染み渡るような言葉なのだろう。
突然わけがわからない話を聞かされて、妹に死を突きつけられて、泣きたいのは彼の方のはずだというのに。
「どうして? どうしてですか?
フェリシア王女が別人になってしまったのは私の責任です。私が死ななければ妹は死なず、転生することもなかった。そうすればフェリシア王女はきっと、正しく命を終えていたでしょう」
私の場合のように、体を共有できるならまだしも、元人格が死んだ状態での転生はただ成り代わったに過ぎない。
妹に再会できて嬉しかった。でも、元々のフェリシア王女の魂がとっくに尽きているのにそこに紫彩が入り込み、在り続けるのは果たして正しいことなのだろうか。
そしてファブリス王子はそれを許せるというのだろうか。
「私はずっとあなたを騙していたんです。騙したままでここまで連れて来たんですよ」
「――フェリシアは、本当にどこにもいないんだね?」
「ご病気で、亡くなったそうです」
無情と知りつつも、首を縦に振るしかなかった。
そしてそれを受けたファブリス王子は――。
「そうか……そう、か……。教えてくれて、ありがとう」
切なそうではあったけれど、肩を落としたり項垂れたりはしなかった。
「悔しい。たまらなく悔しい。なのにどうしてだろうね、涙が流れないのは。
僕はフェリシアを守れなかった。守るまでもなく、死という形でフェリシアは解放されてしまったらしい。でも僕の妹は今もいて、僕たちの帰りを待っているんだ。……もちろん、アイ嬢の妹さんも」
「そんなの……っ!」
「アイリーンならきっとこう言うよ。『何をぐだぐだつまらないことを言っているの? 救って決めたからには救うだけでしょ』ってね。
だから明日、高山に登って目的を果たそう。それが僕たちの今やるべきことだ。それから無事に帰って、今のフェリシアとしっかり話をしたい」
私はうぐっと言葉に詰まった。
ファブリス王子への罪悪感はまだ消えていない。けれども彼がそれでいいというのならそれ以上のことを言うべきではないし――それに、アイリーンが鼻で笑い飛ばすところは確かに想像がついてしまったから。
「そう……ですね」
ぎこちない笑みを浮かべて、手の甲でそっと涙を拭う。
結局、何も解決していない。ただファブリス王子が私とアイリーンのことを知って、私が彼の覚悟を知ったくらいなものだ。
たったのそれだけ。でもなぜか、私の心は不思議と軽くなっていた。
すっかり朝が近づいて焚き火の炎が弱くなっても、私たちは身を寄せ合い続けた。
眠りに落ちる、その時まで。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いよいよ山登りね! ファブリス殿下、寝不足みたいだけどしっかりついて来なさいよ!」
――翌朝。
アイリーンは朝陽が地平線から顔を覗かせると同時に飛び起きると、さっさと焚き火を片付けていた。
いつものことながら、なんとも元気なものだ。
昨晩の出来事を、私はアイリーンに教えていない。
ファブリス王子と二人きりで話したあのひとときを、胸に秘めておきたいからかも知れなかった。
(心機一転したことだし、今日の登山に集中しないと。この冒険の中で一番危険に違いないもの)
一体何が待っているかはわからない。だがなんとしても生き延びて、帰らなければと気を引き締める。元々死んでやるつもりはなかったが昨夜の話でその気持ちはさらに強くなった。
ファブリス王子に妹に会わせてあげたいし、私も紫彩と話したいことがたくさんある。
早くそれを叶えるために、ぐずぐずしてはいられない。
私もファブリス王子も眠い目を擦りつつ、用意を済ませて馬に跨る。
こうして五日目の旅が始まったのだった。
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