第二十二話 ヒロイン転生してる!? 〜side芽亜〜
可愛い子に生まれたかった。
皆にチヤホヤされて、人並みの生活を得て、素敵な彼氏と結婚して大金持ちになりたかった。
でも全部アタシには縁遠いものだ。だってアタシはもうすぐ死ぬ。
熱に浮かされ、ふわふわとした頭。風邪薬や熱冷ましなんて誰も買ってきてくれやしない。第一そんなお金もない。だから野垂れ死ぬ運命しかないのだった。
(せっかくの華の女子高生なのに、ここで死ぬのかぁ)
悔しい。
どうしてアタシばかり不幸なんだろう、とずっと腹立たしく思っていた。
極貧の母子家庭。いくら母親が丸一日働いても賃金は雀の涙だ。
みんなが当たり前に食べられるようなものを、アタシは食べたことがない。他の人なら普通に与えられる親からの愛というものをアタシは知らなかった。
貧乏なのが全部悪い。金持ちにさえなれれば……そう思って、男に媚びを売って稼いできたものの、それも限界らしい。
「来世ではちょっとくらい幸せになれるかな」
まあ、来世なんて信じてないけど。
そう呟いたのがアタシ――
それなのに。
「んぁ……?」
アタシは気づいたら、ごとごとと揺れる乗り物に乗せられていた。
窓の外に流れる見たこともない異国風の景色。前方から聞こえてくる馬の声。そして、アタシのすぐ隣に座ってじっと顔を覗き込んでくる謎の男。
わけがわからなかった。
つい先ほどまでアタシはボロボロのアパートの一室で、流行り病によりぶっ倒れていたのは間違いない。
しかしなぜか今アタシは乗り物――おそらく馬車に乗っていて、目線を下にやればそこにはフリルのついたお高そうなワンピースが見えるという奇怪な状況に陥っている。
もちろんアタシは本物の馬車なんて目にしたこともなければこんなフリフリワンピースも持っていなかった。
「……ここどこ?」
「どうした、メアリ」
謎の男が心配そうに言ってくる。
衣装は上等。ヨーロッパの貴族みたいな服を着た中年らしきおじさんだ。
でも散々たくさんのおじさんに媚びを売って生きてきたアタシは、少しの嫌悪感も表に出さずに甘い声で答えた。
「あのぉ。ごめんなさいおじ様、ちょっとぼぅっとしちゃってて。メアリって、アタシのことですか?」
「そうだ。今日からお前はメアリ・ハーマン。ハーマン男爵家の娘として恥じぬ淑女になってくれよ」
男爵家の娘とかはさっぱり意味不明なので一旦置いておこう。
メアリ・ハーマン。アタシの名前と少し似てるけど、全くの別人らしい。
だって、顔をペタペタと触ってみたら、たくさんのニキビを化粧で誤魔化していたアタシ自身の顔とは思えないくらいツルツルだし。髪は桜色のようなピンクだし。
(ますますわけわかんないけど、これってもしかして、あれかな)
アタシは確信した。
(乙女ゲームのヒロイン転生してる!?)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
話題のアニメで乙女ゲーム転生というものがあるらしい。
同級生たちが話題にしていたので、アタシも家にテレビがなかったからスマホで無料分だけ観たことがある。
過労死した現代人が異世界の悪役姫だか悪役令嬢だかに転生。王子様に婚約破棄されてなんたらかんたら……という話だ。最後まで見ていないので詳しくは知らない。
そこに登場するピンク髪の女の子。あれが『ヒロイン』で、乙女ゲームにおける主人公。つまり王子様とくっつくキャラだろう。多分。
アタシがアニメで見たピンク髪と、この体は顔立ちも目の色も違うから同一人物ではない可能性が高い。ここはアニメそのままの世界というよりかは、その題材になった乙女ゲームの世界と思ったほうがいい。
多分アタシは一度死んで、その『ヒロイン』とやらに転生した。
普通なら困惑するところかも知れない。でもアタシは大歓喜した。
だって――。
「玉の輿が狙えるってことじゃん!!」
馬車を降り、おじさん――ハーマン男爵とかいう人と離れ、屋敷の一室でだらだらしていたアタシは叫んだ。
この屋敷は決してキラキラしていたお城みたいな場所とは言えないが、前世の家に比べたらずっとマシ。男爵というのが貴族の一員だと、馬車の中で会話して初めて知った。
貴族なら身分差とかはおそらく問題ない。つまり玉の輿を簡単に狙いやすい。
しかも今のアタシはすらっと細い体型だし爆乳という、男好きのするもの。さすが『ヒロイン』。これならあっという間に王子様を落とせる。
玉の輿。玉の輿さえ成功すれば、アタシは金持ちになれる。金持ちになったら幸せになれる。
アニメみたいに悪役令嬢がいたら蹴落とせばいい。悪役っていうくらいだし、アニメでも断罪されていた。
そして王子の妃の座はアタシが奪ってやる。
転生の原理なんてわからないけど、降って湧いた奇跡に感謝した。
と、その時だ。
アタシの口が勝手に動き、小鳥のさえずりのような可愛らしい声が漏れ出したのは。
「……あの、あなた、誰なの」
間違いなくアタシがアタシに言った。あなたは誰だと。
でもその言葉を吐いたのはアタシの意思じゃない。感覚的にわかった。
「は? お前こそ誰なわけ? せっかく楽しい気分になってたのに邪魔しないでほしいんだけど」
「あたしはメアリ。メアリ・ハーマン。お義父様の養子になって連れてきてもらった、平民上がりで」
気弱そうなそいつはアタシの新しい名を口にし、辿々しく何か話そうとした。
しかしアタシはそれを遮る。
「この体はアタシのものだから」
たとえそいつが今までこの体で生きてきたとしても、そんなのは無関係。
だって転生したのはアタシだ。アタシが今日からメアリ・ハーマンとして生きる。だから邪魔者はいらない。
「ここまで可愛い体を用意してくれたならそれはありがたいけど、元々のキャラクターなんて消えるべきでしょ? なんかのバグ? ならさっさと引っ込んどいて」
「で、でも!」
ああもう、うるさい。アタシが口を塞ぐと、邪魔者の声は聞こえなくなった。
(それにしても厄介なことになったなぁ、二重人格か。でもま、いっか)
あいつ――便宜上メアリと呼ぶ――が抵抗してこないところを見るに、体の主導権とでも言うべきのものはアタシの方にあるらしい。
多少の口出しをされる可能性はあるが、大した問題ではないだろう。無理矢理黙らせればいいだけなのだから。
そんなことより。
「早く王子様と出会う方法考えなくちゃ。確かアニメには貴族学園とかいう場所があったよね。ああ、学園入学が楽しみ!」
まだ見ぬ王子様を夢見て、アタシは目を輝かせた。
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