第二十三話 首席を目指す悪役令嬢

 基本的には授業を聞くだけのことが多かったが、貴族学園にもちゃんとテストというシステムがあるらしい。

 初めてその話が出たのは入学から二ヶ月目くらいのある日のことだった。


「半月後、筆記試験を行います。各々己の名に恥じぬよう頑張りなさい」


 担任から告げられた瞬間、教室の空気が一気に変わったような気がした。


 成績が低いと見くびられがちになる。それすなわち家の不利になるということらしい。

 最低でも及第点、できればトップを目指さなければいけない故に、のほほんと過ごしてはいられなくなる。


「まあ、わたくしは成績なんて関係なしに人気者だから問題ないけれど」


「何を他人事みたいに言ってるんですか。ファブリス王子を超えるんでしょう?」


 初期の頃よりはずっと勉強への姿勢がマシになったアイリーン。しかしまだまだ、授業中うとうとしていることもよくあった。

 私のサポートもあれば間違いなく及第点を取れるとは思うが、できれば彼女自身の力だけでやってほしい。だってせっかく毎日勉強会をしているのだ。きちんと成果を見せてもらわなければ困る。


 だから私は彼女をその気にさせるべく、言った。


「アイリーン様、成績優秀者になったら――いいえ、首席を取ったらいいことづくめですよ。

 まず、周囲に自慢できます。ファブリス王子を超えれば王族よりも賢いということになるわけですからね。そしてファブリス王子にも褒めてもらえるどころか尊敬の目を向けられるようになるかも知れません。結果、今までよりもずっとさらに人気者になれること間違いなしです」


 アイリーンはあまり物で釣られるタイプではない。私が転生したばかりのあの頃にあらゆる方法を試し、全敗した苦い想い出がある。

 だから今度は別の方向でのアプローチをしてみようと思いついたのだ。


「それは本当なの? 嘘だったら承知しないわよ」


「嘘なんて吐きません。アイリーンの評判が上がれば得をするのは私でもあるんですから」


「……ふーん、悪くないわね。つまりはわたくしが首席を取ってやればいいのね!」


 そんなことくらい簡単よ、とでも言いたげな口ぶりをするアイリーン。

 だが実際のところはかなり難しいだろう。成績優秀者になるならともかく、首席を目指すとなればたったの半月程度で足りるかと言えばかなり微妙なところだ。


 ただ、目標は高ければ高いほどいい。


「頑張ってくださいね、アイリーン様。なんなら勉強会のあとも予習復習に付き合いますよ」


「面倒臭いけれどやってあげるわ」


 そういうわけで、半月後の筆記試験までの期間、アイリーンは人生初の猛勉強をすることになった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 アイリーンが決して馬鹿ではないことは知っていた。

 私が異世界の食文化を話すとそれをかなり忠実に再現できるし、授業をあまり聞いていないにしては勉強会だけでそれなりに勉強できるようになったし。


 でも本気で取り組むだけでここまで変わるなんて、普通思わないだろう。


 放課後の勉強会のあと、それまで全く興味がなかった歴史書を学園の書物庫という場所で読み漁ったり、この世界において有名な古典文学の一節を暗唱できるようになったりだけではない。

 計算問題――と言っても配られるモノではなく、この世界で教えられてきたこと、そして前世の知識をもとに私が作ったものだ――に繰り返し取り組み、特訓し始めたのだ。


 そのおかげで十日経つ頃には秒で問題を解くようになっていた。


「もうできたんですか……!?」


「相変わらずつまらない内容ばかりで辟易するけれどね。でもさっさと済ませて次に取り掛かった方が早くていいわ!」


 そうして早々に自習時間を終えてしまうと、「ちょっと甘いものでも食べたいわね」なんて言い出して、菓子作りを開始するのだから本当にすごい。疲れ知らずもいいところだ。


 私には絶対に真似できないと断言できる。

 その有り余る体力と溢れ出んばかりの行動力には振り回されることも多いが、そのおかげで詰め込み過ぎな勉強も苦にならないのだろうなと思った。


(もしかしてだけど、このままいけば――)


 本気でファブリス王子を超えられるのではないだろうか。


 アイリーンは今、ファブリス王子と同程度まで勉強を進めている。

 もちろん王子教育というものを受けてきた彼の方が有利であることには変わりないけれど、それでも。


 筆記試験まであと少し。

 どうか彼女の努力が報われますようにと願わずにはいられない。




 そして運命の日がやって来る。


 ただただ静寂が落ち、羽ペンの音だけが響き渡る緊張感いっぱいの教室の中で、アイリーンは悠々と試験を終えた。

 隣のファブリス王子もやがて手を止め、ゆっくりとこちらを振り向いた。


 それから周囲には聞こえないような小声で問いかけてくる。


「自信のほどはどうだい、アイリーン」


「言うまでもないわ」


「そうか。僕もだ」


 アイリーンはもちろん私も、それにファブリス王子だって、できることは全部やり切った。

 これでダメならアイリーンはどう思うだろうかと不安になって丸一日眠れなくなりつつも、翌日の成績発表を迎え――。



 発表された上位五位、その中にアイリーン・ライセットの名前はあった。

 ただしファブリス王子と横並びになって、ではあったけれど。

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